生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里

文字の大きさ
21 / 126
第一章 生まれ変わったみたいです

老婦人の困りごと

しおりを挟む
 日傘を落とし、両手を合わせてびくびく怯えている。

「あっレーゼっ」

 私はいてもたってもいられず二人のところに走る。

「あのっ剣を下ろしてください」
「テレーゼ様、ですがっ」

 護衛としてはここで追及の手を止める訳には行かないのだろう。けれど。

「首筋に剣をあてられるのは……誰であっても想像以上の恐怖を覚えます」

 ぎゅっと傘の柄を握りしめながら俯き加減に私は続ける。

 剣が首にあたるひんやりとした感触に、身体の奥から這い上がってくる恐怖は、それに直面した当事者にしか分からない。

 相手が手を誤れば一秒先では首を刎ねられているかもしれないのだ。恐怖から正常な判断やまともな受け答えを出来なくなってしまう。

「それに、この方は悪い人ではないと思います。私、これでも人を見る目は自信があるので信じてくれませんか……?」

 見たところ凶器となるようなものは所持していない。小さな巾着袋と日傘だけだ。盗人にしては服装は綺麗で、ただ迷い込んでしまっただけだろう。ここは観光として開放されている砂浜からも近い。

 護衛は渋々剣を鞘に納めた。

「おばあさま、念の為巾着の中身だけ確認してもいいですか?」

 私はしゃがんで目の高さを合わせ、恐怖を解くため少し微笑む。
 するとおばあさまの強ばっていた顔が緩む。

「ええ、それで許してくださるなら」

 おばあさまは巾着を騎士に渡した。

「どうですか」
「怪しいものは入ってないですね」

 剣を差し向けたことに良心の呵責が生まれたのだろうか。護衛はバツが悪そうに目を逸らしながら巾着を返却する。

「申し訳ありません。夫人に剣を向けるなど野蛮なことを」
「いいんですよ。迷い込んでしまったわたくしが悪いのですから。貴方の対応は正当な行いです」

 私は落ちていた日傘を拾い、おばあさまに手渡した。

「助けてくれてありがとうね」
「いえ、お怪我はありませんか」
「大丈夫よ」

 スカートに付着した砂を払い、おばあさまは立ち上がる。その拍子に彼女からはらりと何かが落ちた。

「それは……?」
「あっ、これはね。亡くなった主人が生前使っていた書斎の本棚の隙間から見つけたの」

 おばあさまが広げると何やら文章が綴られていた。
 いつの間にか隣に来ていたエステルが覗き込む。

「見覚えあるようでない言語ですね……」
「そうなの。わたくし全く読めなくて。おそらく主人が研究していた言語ではあるのだけど」
「この内容を知るためにここに来たのですか?」
「そうよ。一緒に挟んであったもう一枚の図に、ヴィンメールと書かれていたから。主人とわたくしはよくこの土地を訪れていたし、何かあるんじゃないかって」

 おばあさまは頭を下げる。

「それで、海岸沿いを散策していたら貴方達の敷地内に迷い込んでしまったらしいわ。ごめんなさい。わたくし、リリアナと申します」
「私はエステルで、この固まっているのはテレーゼです」
「まあ、可愛らしいお名前ね」

 そこで一人じっと文字を眺めていた私はぽつりと呟いた。

「──シルフィーア」
「え?」
「これシルフィーア語ですよ」

 紙を拝借してゆっくり眺めるが、やっぱり間違えようがない。

(この独特の文字に、羅列。習ったものと一緒)

「私、多分読めますが……もしよかったら解読しましょうか?」

 言えば、周りがみんな呆気に取られている。

「レーゼ読めるの?」
「うん、習ったもの」

 イザベルの時だけど。他の科目は家庭教師が付いていたが、シルフィーア語だけはイザークお父様から直々に教わった。というのも、シルフィーア語は他言語より極端に話者が少ないのである。

 その最大要因として上げられるのは、神聖語に連なること。シルフィーアというのは『女神の吐息』という意味を持つ。この大陸が信仰している宗教──シルフィーア教の古代から引き継がれてきた言語である。

 今では過去の教典くらいでしか見かけることはなく、それ以外では重要な儀式の神に捧げる祈り文にさりげなく登場する程度。

 現代とは発音も文字も違い、一般人には読むことなど不可能だ。教団内部でも読み書き出来る人は少ない。幹部くらいの要人ならば多少読めるだろうが、それでも完璧な人はそうそういない。

 私が会得しているのは一重に、幼い時から長い期間教わっていたからだ。

「リリアナ様、久しぶりに読むので誤読する可能性もありますが……代わりに中身をお伝えしましょうか?」

 何せ十六年ぶりだ。暗記した単語や文法も、抜けているところがあるに違いない。ぬか喜びさせたくはないが、とても困っているようだしリリアナ様の力になりたかった。

(もしかしたら重要なことが書かれているのかもしれないし)

 推測になってしまうが、誰にも解読できないようわざとシルフィーア語で書いた可能性がある。そのくらい読める人間は存在しないのだ。
 そうなるとリリアナ様宛ではないのかもしれないが、解読したあとからそれらは考えればいいだろう。

 もし、お宝の場所などが書かれているとしても私はどうこうしたいなどと邪な考えを持っていないし。金・銀財宝には興味無い。

「お願いしても宜しいかしら。屋敷の者も、知り合いも、誰も読めなくて半ば諦めかけていたのよ」
「もちろんですよ」

 日差しが強いので、砂浜に建てられた屋根付きの東屋へ一旦移動する。

 リリアナ様の了承を得て紙を広げ、ちょうどバッグに入れていた白紙のメモ用紙とペンを取り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

絶対に近づきません!逃げる令嬢と追う王子

さこの
恋愛
我が国の王子殿下は十五歳になると婚約者を選定される。 伯爵以上の爵位を持つ年頃の子供を持つ親は娘が選ばれる可能性がある限り、婚約者を作ることが出来ない… 令嬢に婚約者がいないという事は年頃の令息も然り… 早く誰でも良いから選んでくれ… よく食べる子は嫌い ウェーブヘアーが嫌い 王子殿下がポツリと言う。 良い事を聞きましたっ ゆるーい設定です

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...