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第一章 生まれ変わったみたいです
老婦人の困りごと
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日傘を落とし、両手を合わせてびくびく怯えている。
「あっレーゼっ」
私はいてもたってもいられず二人のところに走る。
「あのっ剣を下ろしてください」
「テレーゼ様、ですがっ」
護衛としてはここで追及の手を止める訳には行かないのだろう。けれど。
「首筋に剣をあてられるのは……誰であっても想像以上の恐怖を覚えます」
ぎゅっと傘の柄を握りしめながら俯き加減に私は続ける。
剣が首にあたるひんやりとした感触に、身体の奥から這い上がってくる恐怖は、それに直面した当事者にしか分からない。
相手が手を誤れば一秒先では首を刎ねられているかもしれないのだ。恐怖から正常な判断やまともな受け答えを出来なくなってしまう。
「それに、この方は悪い人ではないと思います。私、これでも人を見る目は自信があるので信じてくれませんか……?」
見たところ凶器となるようなものは所持していない。小さな巾着袋と日傘だけだ。盗人にしては服装は綺麗で、ただ迷い込んでしまっただけだろう。ここは観光として開放されている砂浜からも近い。
護衛は渋々剣を鞘に納めた。
「おばあさま、念の為巾着の中身だけ確認してもいいですか?」
私はしゃがんで目の高さを合わせ、恐怖を解くため少し微笑む。
するとおばあさまの強ばっていた顔が緩む。
「ええ、それで許してくださるなら」
おばあさまは巾着を騎士に渡した。
「どうですか」
「怪しいものは入ってないですね」
剣を差し向けたことに良心の呵責が生まれたのだろうか。護衛はバツが悪そうに目を逸らしながら巾着を返却する。
「申し訳ありません。夫人に剣を向けるなど野蛮なことを」
「いいんですよ。迷い込んでしまったわたくしが悪いのですから。貴方の対応は正当な行いです」
私は落ちていた日傘を拾い、おばあさまに手渡した。
「助けてくれてありがとうね」
「いえ、お怪我はありませんか」
「大丈夫よ」
スカートに付着した砂を払い、おばあさまは立ち上がる。その拍子に彼女からはらりと何かが落ちた。
「それは……?」
「あっ、これはね。亡くなった主人が生前使っていた書斎の本棚の隙間から見つけたの」
おばあさまが広げると何やら文章が綴られていた。
いつの間にか隣に来ていたエステルが覗き込む。
「見覚えあるようでない言語ですね……」
「そうなの。わたくし全く読めなくて。おそらく主人が研究していた言語ではあるのだけど」
「この内容を知るためにここに来たのですか?」
「そうよ。一緒に挟んであったもう一枚の図に、ヴィンメールと書かれていたから。主人とわたくしはよくこの土地を訪れていたし、何かあるんじゃないかって」
おばあさまは頭を下げる。
「それで、海岸沿いを散策していたら貴方達の敷地内に迷い込んでしまったらしいわ。ごめんなさい。わたくし、リリアナと申します」
「私はエステルで、この固まっているのはテレーゼです」
「まあ、可愛らしいお名前ね」
そこで一人じっと文字を眺めていた私はぽつりと呟いた。
「──シルフィーア」
「え?」
「これシルフィーア語ですよ」
紙を拝借してゆっくり眺めるが、やっぱり間違えようがない。
(この独特の文字に、羅列。習ったものと一緒)
「私、多分読めますが……もしよかったら解読しましょうか?」
言えば、周りがみんな呆気に取られている。
「レーゼ読めるの?」
「うん、習ったもの」
イザベルの時だけど。他の科目は家庭教師が付いていたが、シルフィーア語だけはイザークお父様から直々に教わった。というのも、シルフィーア語は他言語より極端に話者が少ないのである。
その最大要因として上げられるのは、神聖語に連なること。シルフィーアというのは『女神の吐息』という意味を持つ。この大陸が信仰している宗教──シルフィーア教の古代から引き継がれてきた言語である。
今では過去の教典くらいでしか見かけることはなく、それ以外では重要な儀式の神に捧げる祈り文にさりげなく登場する程度。
現代とは発音も文字も違い、一般人には読むことなど不可能だ。教団内部でも読み書き出来る人は少ない。幹部くらいの要人ならば多少読めるだろうが、それでも完璧な人はそうそういない。
私が会得しているのは一重に、幼い時から長い期間教わっていたからだ。
「リリアナ様、久しぶりに読むので誤読する可能性もありますが……代わりに中身をお伝えしましょうか?」
何せ十六年ぶりだ。暗記した単語や文法も、抜けているところがあるに違いない。ぬか喜びさせたくはないが、とても困っているようだしリリアナ様の力になりたかった。
(もしかしたら重要なことが書かれているのかもしれないし)
推測になってしまうが、誰にも解読できないようわざとシルフィーア語で書いた可能性がある。そのくらい読める人間は存在しないのだ。
そうなるとリリアナ様宛ではないのかもしれないが、解読したあとからそれらは考えればいいだろう。
もし、お宝の場所などが書かれているとしても私はどうこうしたいなどと邪な考えを持っていないし。金・銀財宝には興味無い。
「お願いしても宜しいかしら。屋敷の者も、知り合いも、誰も読めなくて半ば諦めかけていたのよ」
「もちろんですよ」
日差しが強いので、砂浜に建てられた屋根付きの東屋へ一旦移動する。
リリアナ様の了承を得て紙を広げ、ちょうどバッグに入れていた白紙のメモ用紙とペンを取り出した。
「あっレーゼっ」
私はいてもたってもいられず二人のところに走る。
「あのっ剣を下ろしてください」
「テレーゼ様、ですがっ」
護衛としてはここで追及の手を止める訳には行かないのだろう。けれど。
「首筋に剣をあてられるのは……誰であっても想像以上の恐怖を覚えます」
ぎゅっと傘の柄を握りしめながら俯き加減に私は続ける。
剣が首にあたるひんやりとした感触に、身体の奥から這い上がってくる恐怖は、それに直面した当事者にしか分からない。
相手が手を誤れば一秒先では首を刎ねられているかもしれないのだ。恐怖から正常な判断やまともな受け答えを出来なくなってしまう。
「それに、この方は悪い人ではないと思います。私、これでも人を見る目は自信があるので信じてくれませんか……?」
見たところ凶器となるようなものは所持していない。小さな巾着袋と日傘だけだ。盗人にしては服装は綺麗で、ただ迷い込んでしまっただけだろう。ここは観光として開放されている砂浜からも近い。
護衛は渋々剣を鞘に納めた。
「おばあさま、念の為巾着の中身だけ確認してもいいですか?」
私はしゃがんで目の高さを合わせ、恐怖を解くため少し微笑む。
するとおばあさまの強ばっていた顔が緩む。
「ええ、それで許してくださるなら」
おばあさまは巾着を騎士に渡した。
「どうですか」
「怪しいものは入ってないですね」
剣を差し向けたことに良心の呵責が生まれたのだろうか。護衛はバツが悪そうに目を逸らしながら巾着を返却する。
「申し訳ありません。夫人に剣を向けるなど野蛮なことを」
「いいんですよ。迷い込んでしまったわたくしが悪いのですから。貴方の対応は正当な行いです」
私は落ちていた日傘を拾い、おばあさまに手渡した。
「助けてくれてありがとうね」
「いえ、お怪我はありませんか」
「大丈夫よ」
スカートに付着した砂を払い、おばあさまは立ち上がる。その拍子に彼女からはらりと何かが落ちた。
「それは……?」
「あっ、これはね。亡くなった主人が生前使っていた書斎の本棚の隙間から見つけたの」
おばあさまが広げると何やら文章が綴られていた。
いつの間にか隣に来ていたエステルが覗き込む。
「見覚えあるようでない言語ですね……」
「そうなの。わたくし全く読めなくて。おそらく主人が研究していた言語ではあるのだけど」
「この内容を知るためにここに来たのですか?」
「そうよ。一緒に挟んであったもう一枚の図に、ヴィンメールと書かれていたから。主人とわたくしはよくこの土地を訪れていたし、何かあるんじゃないかって」
おばあさまは頭を下げる。
「それで、海岸沿いを散策していたら貴方達の敷地内に迷い込んでしまったらしいわ。ごめんなさい。わたくし、リリアナと申します」
「私はエステルで、この固まっているのはテレーゼです」
「まあ、可愛らしいお名前ね」
そこで一人じっと文字を眺めていた私はぽつりと呟いた。
「──シルフィーア」
「え?」
「これシルフィーア語ですよ」
紙を拝借してゆっくり眺めるが、やっぱり間違えようがない。
(この独特の文字に、羅列。習ったものと一緒)
「私、多分読めますが……もしよかったら解読しましょうか?」
言えば、周りがみんな呆気に取られている。
「レーゼ読めるの?」
「うん、習ったもの」
イザベルの時だけど。他の科目は家庭教師が付いていたが、シルフィーア語だけはイザークお父様から直々に教わった。というのも、シルフィーア語は他言語より極端に話者が少ないのである。
その最大要因として上げられるのは、神聖語に連なること。シルフィーアというのは『女神の吐息』という意味を持つ。この大陸が信仰している宗教──シルフィーア教の古代から引き継がれてきた言語である。
今では過去の教典くらいでしか見かけることはなく、それ以外では重要な儀式の神に捧げる祈り文にさりげなく登場する程度。
現代とは発音も文字も違い、一般人には読むことなど不可能だ。教団内部でも読み書き出来る人は少ない。幹部くらいの要人ならば多少読めるだろうが、それでも完璧な人はそうそういない。
私が会得しているのは一重に、幼い時から長い期間教わっていたからだ。
「リリアナ様、久しぶりに読むので誤読する可能性もありますが……代わりに中身をお伝えしましょうか?」
何せ十六年ぶりだ。暗記した単語や文法も、抜けているところがあるに違いない。ぬか喜びさせたくはないが、とても困っているようだしリリアナ様の力になりたかった。
(もしかしたら重要なことが書かれているのかもしれないし)
推測になってしまうが、誰にも解読できないようわざとシルフィーア語で書いた可能性がある。そのくらい読める人間は存在しないのだ。
そうなるとリリアナ様宛ではないのかもしれないが、解読したあとからそれらは考えればいいだろう。
もし、お宝の場所などが書かれているとしても私はどうこうしたいなどと邪な考えを持っていないし。金・銀財宝には興味無い。
「お願いしても宜しいかしら。屋敷の者も、知り合いも、誰も読めなくて半ば諦めかけていたのよ」
「もちろんですよ」
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リリアナ様の了承を得て紙を広げ、ちょうどバッグに入れていた白紙のメモ用紙とペンを取り出した。
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