結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの

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16:嘘の積み重ね

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 ある日の週末、わたしとルーカスはお義母様から呼ばれ、急きょヴェーデナー公爵家へと向かっていた。
 馬車の中。
「急なお話ですが、もしやお義父様に何かあったのかしら?」
 わたしたちを呼び出したのがお義母様だったので、お義父様に何かあったのだろうと想像したのだ。
 少しだけ視線を彷徨わせたルーカス。
「いや。とんと見当がつかんな」
 彼は普段、領地の仕事の手伝いでお義父様と一緒に過ごしている。しかし昨日、特に変わった様子はなくすこぶる元気だったという。
 つまり思い当たる節は無かったらしい。

 そうなると……
「まさかバレたとか?」
「いやそれは無いだろう」
 この人は本邸の裏手に愛人を囲い、毎日足げに通っている癖になぜこれほど自信満々なのだろう?
「やけに自信があるようだけど、その根拠を聞かせて貰えるかしら」
「俺とお前、そして使用人、すべてが口を閉ざしているのだ。どうやって秘密が漏れようか」
 どうやら根拠らしい根拠は無い様だ。
 わたしは不安でたまらないというのに、幼馴染のこの能天気さが恨めしい。


 わたしだけが不安を抱えたまま、馬車がヴェーデナー公爵邸に到着した。
 通された応接室には、すでにお義母様が待っていた。
「よく来たわね。さあ座って」
 促されてわたしはルーカスと共にソファに座った。
 ソファに座っただけなのに、向かいに座るお義母様の目元が少しきつくなったような気がする。
「知り合いのご夫人の話なのだけど、今度お婆ちゃんになるそうよ」
「へえ」
 んんっ!?
 ルーカスはそれがどうしたとばかりに気のない返事をしたが、わたしはその台詞を聞いて嫌な予感が当たったことを知った。

「ところで、あなたたちは結婚してどのくらい経ったかしら?」
「お忘れですか母上、そろそろ半年になりますよ」
「あらもう半年になるのね」
 お義母様は感慨深くそう言うと、テーブルに置かれていたカップを手にとり口に運んだ。再びカップが戻り、テーブルに置かれる。
 ほんの少しの沈黙なのに、先ほどの台詞の所為でやたらと空気が重く感じる。
「こんなことを聞くのは失礼だけど……
 あなたたち上手くやっている?」
「もちろんですわ」
 わたしは間髪入れずに答えを返した。
 とっくに予想していた質問だから、声が震える事も無く、微笑混じりに上手く返せたと自負した。
「本当に?」
「もちろんですよ。母上は一体何を仰りたいのです?」
「例えば、あなたたち新婚よね」
「半年経ってもそう言うのならばそうでしょうね」
「わたくしが若いあなたたちの年頃だったころは、そうねぇ少なくともソファに並んで座る際に、それほど間を開けていた記憶は無いわね」
 言われてみれば確かに、三人掛けのソファに座ったわたしとルーカスの間は幼児一人くらいが入りそうな隙間が開いていた。
 だからさっき視線が険しくなったのかと、わたしは遅まきながらに気付いた。

「おいおい勘弁してくれよ。いくら新婚でも、親の前でいちゃつくなんて恥ずかしい真似が、出来る訳がないだろう」
「ふぅん……」
 ルーカスが漏らしたもっともらしい言い訳もお義母様は全く信じた様子はない。
「申し訳ございませんお義母様。
 それなりに頑張ってはいるのですが、残念ながらお義母様のご期待に沿えるようなお話はまだございませんわ」
「そうなのね。
 ねえエーデルトラウト・・・・・・・・、我が家は知っての通り公爵家なの。そしてルーカスは公爵家の嫡男だわ。
 幼い頃からよく知っているあなたにこう言うのはとても辛いのだけど、半年経ってまだ子供が出来ないとなると、流石にね。
 解るでしょう?」
 言われてみればその通り、なんで偽装結婚これを提案された時にここまで考えなかったのか、過去の自分を叱りつけたい。
「それはエーデラだけの責任ではないな。俺の方に原因があるかもしれん」
「あら貴方でも人を庇うことがあるのね」
「当たり前だろう、エーデラは俺の妻だぞ」
「良いでしょう。貴方のその態度に免じてもう少しだけ待ってあげるわ」
「要件はそれだけか?」
「ええそうよ。今日の所はこれだけ」
 ルーカスは不機嫌そうに立ち上がった。そのあまりの素早さに驚いていると、「ほら帰るぞ」と手を引いて立たせてくれた。
「お、お義母様、失礼いたします」
「またね、エーデラちゃん・・・・・・・
 次は良い報告を待っているわ」
 最後は微笑、ただし目は全く笑っていない。
 おば様、いやお義母様の、これほど怖い微笑みは初めて見た気がする。



 帰りの馬車の中。
「お義母様が怖すぎる……」
「あんなの気にするな」
「気にするわよ! どうするのよこれ!?」
「なあ結婚してからずっと思っていたんだが……」
 ルーカスが急に真剣な表情を向けてきた。
 目が少し潤んでいて熱を帯びているような、とても熱い視線。
 まさか愛人との関係を清算するから、わたしに子供を産んでくれとでもいうつもりじゃないでしょうね?
「な、なによ?」
 少々身構えてそう返せば、
「俺は常々マルグリットとの子が欲しいと思っていたんだ。
 どうだろうこの機会に考えてみてくれないか?」
「ハ?」
 完全な肩すかしを喰らって、思わず素の声が出たわ。
「だからマルグリットとの子だよ」
「もう一度言うわ、ハ?」
「おい何が不満なんだよ」
「不満以外なにがあるってのよ!!
 だいたい愛人と子供を作ってどうすんの? もしかしてそれをわたしたちの子だとでも言うつもりかしら!?」
 じゃあ俺たちでと言われても嫌だけどさ!!
 誰がこんな馬鹿と!!

「俺の言いたいことをちゃんと理解してくれるとは流石はエーデラだな!」
「ねえ知ってる? 普通の女性は子供が出来るとお腹が大きくなるのよ」
 馬鹿あんたの思考を理解したわたしを普通の女性じゃないとでも思ってるのかしら?
「おい馬鹿にしているのか。そのくらい知っているぞ」
「いいえ馬鹿にはしてないわ。
 知りうる限り最悪の馬鹿を、改めて馬鹿者呼ばわりなんてしないでしょう」
「チッ! 口が減らない女だな! いいかよく聞けよ!
 実際に俺が子供を作るのはマルグリットとだ。エーデラはその間、お腹に詰め物でもしておけば誤魔化せるだろう」
「つまりわたしに妊婦のふりをして過ごせってことかしら」
「そうだと言っている」
「そして愛人との子を、わたしが産んだ子ってことにするのね」
「ああ」
「あーその先は分かったわ、乳母に愛人を雇うつもりね」
「うっ……まあそうなるだろうな」
 実際に妊娠していないのだからわたしは母乳が出ない。しかし貴族が乳母を雇うのは良くあることだから何の問題も無い。
 偽装結婚だと知られるよりは、マシな案かしら?
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