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21:暴露
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その日は朝から慌ただしく、使用人らが本邸と別邸を忙しそうに行き来していた。これほど人が行き来することは過去になく、なんだろうと首を傾げる。
するとイルマが彼らから事情を聞いてくれた。
どうやら今朝早くからマルグリットが産気付いているらしい。
産気づいたらすぐに呼びなさいと両方の親から言われているが、当然呼べる訳がないので、子供が生まれてから、忙しくて忘れていた体を装って、呼ぶ手筈になっていた。
昼下がりになり、やっと子供が生まれたと報告があった。
産気付いたのは陽が登る前と聞いて、実際に子が産まれたのは昼下がり。たっぷり八時間ほど掛かったようだ。
程なくして本邸にルーカスがやって来た。
彼は手ぶらだった。
出産で体力を使ったらしいマルグリットは別邸で眠っているらしく、赤子も彼女の隣で寝かせてあるらしい。
「子供が生まれたんですってね」
「ああ男の子だったよ」
「そう、良かったわね」
「先ほど実家とシュナレンベルガー邸に使いをやったよ」
「分かったわ、すぐにイルマにメイクをお願いしなきゃ」
「ああ……」
何やら気のない返事が返って来た。しかしルーカスは朝から愛人に付き添っていたというしきっと気疲れに違いない。
ルーカスと話してから時間にしてほんの一〇分。わたしたちの両親はほぼ同じ時間にやって来た。
わたしは寝台に反身を起こして座って両親らを出迎えた。
寝台の隣には赤ちゃんを入れた籠と、それを見守るルーカス。もう一歩下がってマルグリットが控えていた。
出産疲れなのかマルグリットの顔色は決して良くはない。
「まあ可愛い子。エーデラ良く頑張ったわね」
「男の子だと聞いたぞ。
これでヴェーデナー家は安泰だな」
わたしが両親から労いを受ける度に、ルーカスとそしてマルグリットの表情は沈んでいった。
そりゃあそうよね。
事情を知る者からするととんだ茶番だもの。
「父上、母上、お話があります」
「どうしたルーカス、真剣な顔をして」
「ふふふっやあねえあなた。今日からルーカスは父親になったんですもの、真剣な顔くらいするわ」
「はははっそれもそうか!」
そう言ってお義父様とお義母様は二人で笑い合った。
いいえ違うわ。
ルーカスはそんなことを思ってはいない。
だって彼の顔はとても冷たく見える……
その表情が何かを決意しているかのように見えて不味いと思った。しかしそれを言う訳がないと頭のどこかで否定した。
「どうだい可愛いだろう?」
「ええとても」
「うむ顎の細さなんてエーデラそっくりだ。将来はきっとモテるぞ」
「それは無いよ」
「ハ?」
自分でも驚くほど乾いた声が出た。
その声を聞いたわたしの両親はギョッとしてわたしを見つめてくる。
「な、なにを言っているんだルーカス!?」
「それは無いと言ったんだ。
おいエーデルトラウト、もう芝居は終わりだ。君は好きにしたらいい」
「それ本気で言ってる?」
「ああ勿論だ」
世継ぎの話が出た時から、赤ん坊が生まれたら~というつもりだったんだろう。そう告げたルーカスの顔に迷いは無かった。
そう。あなたは自分勝手に幕を下ろすのね。
「この後のことはあなたがすべて説明する、それで良いわね」
「ああ」
答えを貰うとわたしはベッドを降りて立ち上がった。
それを見て母が慌てる。
「エーデラ出産後なんでしょう、いまは体を休ませないといけないわ」
「ごめんなさいお母様、その子はわたしの子じゃないのよ」
「え? どういう……、ええ?」
「ルーカス! どういう事だ!!」
「この子は俺と彼女の子だ」
ルーカスが後ろに控えていたマルグリットの手を引いた。
これで満足? とマルグリットの顔を見れば、彼女の顔は真っ青で、喜びよりも驚きやら恐れの様な感情が見て取れた。
ああそうか、またルーカスの独りよがりなのね。
相談も無しに無茶をする。それは昔から変わらないルーカスの悪い癖。幼い頃からわたしやハロルドが何度、その尻拭いをやった事か。
しかし今回はもう知らない、あなたの責任ですべてを背負いなさい。
「お前はまだその売女とまだ関係を!?」
「二度と売女と呼ぶな! 彼女の名はマルグリット、俺の愛する女性だ!」
※
部屋からは流石に出して貰えず、ルーカスの説明が終わるまで待った。
「偽装結婚だと……」
「まさか生まれたのが愛人との子供だなんて……
ああ許して……、ルーカスの言う事をちゃんと聞いて上げれば良かった」
「エーデラ、知っていて加担したなんて……
君はなんてことを仕出かしたんだ」
「おいヴェーデナー!
エーデラに責任を擦り付けるのは止めろ! 最初に話を持ち込み、うちの娘をたぶらかしたのはお前の馬鹿息子の方だぞ!」
「馬鹿息子だと?
その馬鹿の提案に乗ったのはどこの小娘だっ! 企みに乗らなければ何事も起きなかったというのに、お前の娘こそ本当の馬鹿だ!」
「止めてあなた! それにヴェーデナー様も。
いまはそんなことを言っている場合じゃないでしょう?」
「そうね。もう子供が生まれてしまったのですもの、考えるべきことは他にあるわ」
「何を馬鹿な。これは平民の子だぞ?
彼女には生活に困らない程度の金を与えて、この国から出す以外にないだろう」
「ああその通り、エーデラ以外が産んだ子など無効だ」
「父上母上、はっきり言います。
俺はマルグリット以外と子を作るつもりは有りません」
「馬鹿な! ならばうちの娘はどうするんだ!?」
「エーデラとは元々何もありません。このまま離婚を考えています」
「離婚だと!?
小僧、本気で言っているのではあるまいな?」
「ルーカス! 馬鹿なこと言うな。さぁシュナレンベルガーに謝るんだ」
「いいえ。例え父上の命令でも意に反した事には従えません」
「ほぉ……小僧、その言葉しかと聞いたぞ。
おい帰るぞ」
怒りに任せてお父様がわたしの手を引いた。
「で、でも」
「お前はっ! これ以上、儂に迷惑を掛けるな!!」
急に腕を引かれて抗うと、間髪入れずに怒声が飛んで来た。
「エーデラいまはお父様に従うのです。いいわね」
「……分かりました」
するとイルマが彼らから事情を聞いてくれた。
どうやら今朝早くからマルグリットが産気付いているらしい。
産気づいたらすぐに呼びなさいと両方の親から言われているが、当然呼べる訳がないので、子供が生まれてから、忙しくて忘れていた体を装って、呼ぶ手筈になっていた。
昼下がりになり、やっと子供が生まれたと報告があった。
産気付いたのは陽が登る前と聞いて、実際に子が産まれたのは昼下がり。たっぷり八時間ほど掛かったようだ。
程なくして本邸にルーカスがやって来た。
彼は手ぶらだった。
出産で体力を使ったらしいマルグリットは別邸で眠っているらしく、赤子も彼女の隣で寝かせてあるらしい。
「子供が生まれたんですってね」
「ああ男の子だったよ」
「そう、良かったわね」
「先ほど実家とシュナレンベルガー邸に使いをやったよ」
「分かったわ、すぐにイルマにメイクをお願いしなきゃ」
「ああ……」
何やら気のない返事が返って来た。しかしルーカスは朝から愛人に付き添っていたというしきっと気疲れに違いない。
ルーカスと話してから時間にしてほんの一〇分。わたしたちの両親はほぼ同じ時間にやって来た。
わたしは寝台に反身を起こして座って両親らを出迎えた。
寝台の隣には赤ちゃんを入れた籠と、それを見守るルーカス。もう一歩下がってマルグリットが控えていた。
出産疲れなのかマルグリットの顔色は決して良くはない。
「まあ可愛い子。エーデラ良く頑張ったわね」
「男の子だと聞いたぞ。
これでヴェーデナー家は安泰だな」
わたしが両親から労いを受ける度に、ルーカスとそしてマルグリットの表情は沈んでいった。
そりゃあそうよね。
事情を知る者からするととんだ茶番だもの。
「父上、母上、お話があります」
「どうしたルーカス、真剣な顔をして」
「ふふふっやあねえあなた。今日からルーカスは父親になったんですもの、真剣な顔くらいするわ」
「はははっそれもそうか!」
そう言ってお義父様とお義母様は二人で笑い合った。
いいえ違うわ。
ルーカスはそんなことを思ってはいない。
だって彼の顔はとても冷たく見える……
その表情が何かを決意しているかのように見えて不味いと思った。しかしそれを言う訳がないと頭のどこかで否定した。
「どうだい可愛いだろう?」
「ええとても」
「うむ顎の細さなんてエーデラそっくりだ。将来はきっとモテるぞ」
「それは無いよ」
「ハ?」
自分でも驚くほど乾いた声が出た。
その声を聞いたわたしの両親はギョッとしてわたしを見つめてくる。
「な、なにを言っているんだルーカス!?」
「それは無いと言ったんだ。
おいエーデルトラウト、もう芝居は終わりだ。君は好きにしたらいい」
「それ本気で言ってる?」
「ああ勿論だ」
世継ぎの話が出た時から、赤ん坊が生まれたら~というつもりだったんだろう。そう告げたルーカスの顔に迷いは無かった。
そう。あなたは自分勝手に幕を下ろすのね。
「この後のことはあなたがすべて説明する、それで良いわね」
「ああ」
答えを貰うとわたしはベッドを降りて立ち上がった。
それを見て母が慌てる。
「エーデラ出産後なんでしょう、いまは体を休ませないといけないわ」
「ごめんなさいお母様、その子はわたしの子じゃないのよ」
「え? どういう……、ええ?」
「ルーカス! どういう事だ!!」
「この子は俺と彼女の子だ」
ルーカスが後ろに控えていたマルグリットの手を引いた。
これで満足? とマルグリットの顔を見れば、彼女の顔は真っ青で、喜びよりも驚きやら恐れの様な感情が見て取れた。
ああそうか、またルーカスの独りよがりなのね。
相談も無しに無茶をする。それは昔から変わらないルーカスの悪い癖。幼い頃からわたしやハロルドが何度、その尻拭いをやった事か。
しかし今回はもう知らない、あなたの責任ですべてを背負いなさい。
「お前はまだその売女とまだ関係を!?」
「二度と売女と呼ぶな! 彼女の名はマルグリット、俺の愛する女性だ!」
※
部屋からは流石に出して貰えず、ルーカスの説明が終わるまで待った。
「偽装結婚だと……」
「まさか生まれたのが愛人との子供だなんて……
ああ許して……、ルーカスの言う事をちゃんと聞いて上げれば良かった」
「エーデラ、知っていて加担したなんて……
君はなんてことを仕出かしたんだ」
「おいヴェーデナー!
エーデラに責任を擦り付けるのは止めろ! 最初に話を持ち込み、うちの娘をたぶらかしたのはお前の馬鹿息子の方だぞ!」
「馬鹿息子だと?
その馬鹿の提案に乗ったのはどこの小娘だっ! 企みに乗らなければ何事も起きなかったというのに、お前の娘こそ本当の馬鹿だ!」
「止めてあなた! それにヴェーデナー様も。
いまはそんなことを言っている場合じゃないでしょう?」
「そうね。もう子供が生まれてしまったのですもの、考えるべきことは他にあるわ」
「何を馬鹿な。これは平民の子だぞ?
彼女には生活に困らない程度の金を与えて、この国から出す以外にないだろう」
「ああその通り、エーデラ以外が産んだ子など無効だ」
「父上母上、はっきり言います。
俺はマルグリット以外と子を作るつもりは有りません」
「馬鹿な! ならばうちの娘はどうするんだ!?」
「エーデラとは元々何もありません。このまま離婚を考えています」
「離婚だと!?
小僧、本気で言っているのではあるまいな?」
「ルーカス! 馬鹿なこと言うな。さぁシュナレンベルガーに謝るんだ」
「いいえ。例え父上の命令でも意に反した事には従えません」
「ほぉ……小僧、その言葉しかと聞いたぞ。
おい帰るぞ」
怒りに任せてお父様がわたしの手を引いた。
「で、でも」
「お前はっ! これ以上、儂に迷惑を掛けるな!!」
急に腕を引かれて抗うと、間髪入れずに怒声が飛んで来た。
「エーデラいまはお父様に従うのです。いいわね」
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