山猿の皇妃

夏菜しの

文字の大きさ
6 / 47

06:対立

しおりを挟む
 あの日から数日後、祖国のライヘンベルガー王国から手紙が届いた。
 封書が開いているのは手紙を受け取った帝国に検分されたからであろう。
 しかし中身は読まれても問題ない文のはず。私は王族にだけ伝わる読み方をして手紙を解読する。
 そこには、私がまだ一度も抱かれていない事と、そして晩餐にさえも呼ばれていない事を叱責する内容が書いてあった。
 もっと従順になり若い皇帝を誘惑しろと。姉のアニータだったらとっくに上手くやっているだろうとも書いてある。
 アニータお姉様だったらですって?
 年齢の釣り合いが問題だからこんなことになっているのに。だったらなんでアニータお姉様を出さなかったのよ!?
 無理やり私に決めておきながら何を勝手な!!
 私はいきり立ち手紙を暖炉に投げ捨てた。

 手紙が火に包まれて黒く変色していくと、逆に私は徐々に冷静になりいつもの様に頭が回り始めた。
 あの手紙の内容を見るに、どうやらここでの生活は完全に筒抜けの様だ……
 つまり侍女や護衛はすべて私を監視する者と言う事だろう。例え私にあの策に加担する意思がなくとも、懐妊すればその情報はライヘンベルガー王国に伝わる。
 恐ろしい計画に手を貸さないと言えば、私は、私を護る護衛らによって拉致されるのではないか?
 いや……
 もっと最悪な事がある。
 ヘクトールに一度でも抱かれでもすれば、そもそも私など要らないのではないか?
 私が他の男の子を産む必要もなくヘクトールと私を殺せばすべては闇の中だ。
 つまり最悪の三つ目のシナリオは、私が拉致され殺される未来だ。


 それから私は時間がある限りそのことを考え続けていた。
 まず祖国の者はすべて国に帰すのが良いだろう。返す手段はまた考えるとして……
 その後はどうするか?
 自分にまで虚勢を張る意味は無いので素直に考えれば、私には生活力が皆無だ。きっと一人では着替えも、食事も、いやお湯さえも沸かせないに違いない。
 頼れる者、いやこの際だ利用できる者でも構わない。それがどこかに必要だ。
 ヘクトールは役立たずで将軍らはもっての外よね。
 宰相のラースがギリギリかしら?
 しかしラースも裏では何を考えているかは分かったもんじゃない。


 護衛や侍女を除けば私は異国で一人きりだ。ヘクトールから頻繁にお呼びが掛かれば暇も潰せようが、声が掛かるどころか存在すらも忘れられている様な気がする。
 そんな訳で私の予定は真っ白け。
 祖国なら仲の良い令嬢とお茶会を開いたり出来たのに……

 こちらに来たばかりなので、どこに何があるかも知らないから、私は暇に任せて城の庭を散策していた。
 城にやや近づいた所で前方から紫の派手なドレスを着た女が歩いてきた。彼女は一人ではなくて、その後ろにオレンジと若草のドレスの令嬢を引き連れている。
 顔が判別できるほどに接近して、あの女だと気付いた。
 それは晩餐の席でヘクトールの隣に座って酌をしていたあの派手な女!

 相手もこちらに気付いた様で、ニヤニヤと嗤いながら近づいて来た。
 ただ道ですれ違うだけで済む話だったのだが、すれ違いざまに、
「あらあら、お花の香りに混じってどこかからあまーい香りがしない?」
「ふふっ言われてみれば、なんだか乳の匂いがしますわ」
「ああそうよ。おっぱいの匂いだわ。変ねぇどこから匂うのかしら~」
「変ですね、お城には淑女しか居ませんのに。乳離れしていないガキが混じるなんてあり得ませんわ」
「そうよね、気のせいかしら。あはははっ!」
 どうやら彼女たちは私に喧嘩を売りたいらしい。
 買ってやるわと、踵を返すと護衛隊長が私と女の間にスッと入り妨害した。
「どいて……」
「いけませんレティーツィア様」

「あら~そこに居るのは皇妃様じゃないですか、ごめんなさい小さくて・・・・見えなかったわ~」
「そう見えなかったのなら仕方がないわね。
 挨拶が遅れた事は今回だけは許してあげるわ。でも次からは許さないから、その軽そうな頭にちゃんと刻んでおくことね!」
「ふんっお飾りの皇妃の分際で随分と馬鹿にしてくれるじゃないの」
「今のは侮辱罪に訪える発言ね、衛兵を呼ばれたいの?」
「あら証人はどこにいるの?」
 取り巻き二人は自分は聞いてないとニヤニヤ笑いながら首を振った。令嬢なら兎も角、護衛は証人にならない。私の分が悪いのは明らかだった。

「数を頼みにしてみっともないわね。
 現実を見ていない貴女達にも分かるようにちゃんと教えてあげるわ。
 どう言われようがこの国の皇妃は私です。私が居る限り貴女に出番はないのよ」
「ガキの分際であたしにそんな台詞を吐くなんて! 絶対に後悔させてやるわ」
「好きにすれば、お・ば・さ・ん」
「あ、あたしはまだ二十一よ!」
 効果はてき面だったらしく、それを聞いた女は顔を真っ赤にしていきり立った。
「あっそ、私は十六歳なのよ。二十一なんて十分におばさんよ」
 このガキぃぃ~と言う呪詛の様な叫びを聞きながら私は歩き去った。

 十分に離れた頃に護衛隊長が、
「言い過ぎですよ」と諌めてきた
「うっ……」
 自分でも言い過ぎたな~とは思っていた。だけどここに来てからの鬱憤は自分で思っていたよりも溜まっていたようで、勢いが止まらなかった。
 どうせ忠告するなら言う前にしてよ……



 その夜、私の暮らす離れの屋敷に初めての訪問者がやって来た。ヘクトールではなくて、宰相のラースと見知らぬ事務官が二人。
 残念? いや良かったのか?
 まだ私にはその決心が無いので、ヘクトールに抱かれる訳にはいかない。

 応接室に通したラースは終始困った顔を見せていた。ハァとため息も多い。なお事務官二人はソファに座らず、ラースの後ろに立っている。
「さっきからワザとらしいため息が鬱陶しいんだけど、さっさと話したらどうかしら」
「誰の所為でそうなっていると……
 いえ済みませんでした。ちゃんとお話いたします。
 まず皇妃様にお聞きします。皇妃様には現在、皇帝陛下の侮辱罪の疑いが掛かっております。何か心当たりは有りますか?」
 侮辱と言われて最初に思い浮かんだのは〝山猿〟だ。
 祖国ではまだしも、こちらに来てからは口に出した覚えは無し。心の中まで裁かれると言うのならば侮辱に当ろうが、そうではなかろう。
 だったら覚えはない。
「何もないわね。それはいつの事かしら?」
「本日のお昼すぎです」
 これは侮辱じゃないわよと前置き、
「悪いのだけど、私はヘクトール様の事なんてこれっぽっちも思い出しても居ないわ。つまり関心が無いのよね。そんな相手をわざわざ名指しで侮辱すると思う?」
「そうですか……
 ちなみに皇帝陛下の事をおじさんと呼んだりは」
「しないわ」
 ヘクトールは二十三歳だったはずだ。まだおじさんなんて年じゃない。
「リブッサ様が確かに聞いたと仰っていたのですが……」
「ちょっといいかしら。リブッサって誰?」
「ハアッ?」
 そんな間抜けな顔を見せられても困る。
「リブッサ様をご存知ではない?」
「ええ聞いたことないわね」
「ネリウス将軍の娘のリブッサ様ですよ」
 そこまで聞けばピンと来た。
「ああ判ったわ、紫ドレスの色気だけの馬鹿女ね!」
「皇妃様口が過ぎます」
「へぇ~あの女の名前はリブッサって言うのね。名乗りもしない無礼者だから全然知らなかったわ。そうそう侮辱罪だったかしら。
 えーと、あの女が二十一歳だと言った後に、おばさん呼ばわりしてやったのよ。きっとそれでしょうね」
「なるほど……、十分に理解できました」
「理解ついでに良いかしら?」
「なんですか」
「私があいつをおばさん呼ばわりしたのは認めます。
 でもヘクトール様を直接おじさん呼ばわりしたのはリブッサじゃない? つまりそう言うことなんだけど」
 後は判るでしょ~と言葉半分で止めておく。こういうのはすべて言わない方が効果があるのだ。

「皇妃様は可愛らしい顔に似合わず随分と悪辣ですね……」
「可愛いと言う枕詞を付けたら後は何を言っても良いってわけじゃないのよ。私を悪辣と言うなら貴方も侮辱罪で訴えましょうか?」
 幸い法管理の事務官も連れていることだしね~と笑ってやった。
「申し訳ございません皇妃様、謝罪させて頂きます。
 今回の件はまだ陛下のお耳には入っていませんので最悪の事態は避けられそうです」
 そう言って宰相は去って行った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】ありのままのわたしを愛して

彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。 そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。  私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?  自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。 見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。 「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」

処理中です...