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22:晩餐
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ラースが帰った後、今さらヘクトールが私を晩餐に誘う意味について考えてみた。
一番有りそうなのは、私と将軍の前で〝リブッサを妾にする〟と宣言することだろう。しかしそれに私が必須かと言うと、そうとは思えない。
そもそも私は妾を取ったらどうかと逆に薦める発言をしているのだから、今さら私の確認は不要だろう。
じゃあ私が必要な理由は?
皇妃の座をリブッサに譲り、私を妾に落とすかしら……、いいえそれは飛躍しすぎよね。そこまで大事にするとライヘンベルガー王国も流石に黙っていないはずよ。
傀儡にする案も潰えるし、形だけとは言え、私は〝友好の品〟なのだものね。
ある程度考えが纏まると昨夜のツケが一気に襲ってきた。
ふわぁぁと欠伸を一つ。
まだ耐えられないほどの眠気ではない。しかし少し寝ておく方がこの後の晩餐も上手く行く様な気がする。
そうね無理は止めて少し寝ておきましょうか。
「レティーツィア様、起きてください」
「ああロザムンデ、おはよう」
「本日は皇帝陛下の晩餐に呼ばれておいででしょう。そろそろ準備をなさいませんと間に合いませんわ」
「そう言えばそうだったわね」
伸びをしながらそう返しながらそう返すと、行儀が悪いですと叱られた。
「準備と言ってもね、準備するような物が何もないでしょ。
どうせただの晩餐だしこのまま行くわ。ねぇロザムンデ、髪に寝癖は無いわね?」
「レティーツィア様!」
「無いものは無いの。気にしたら負けよ」
平気そうに言ってみたが、脳裏ではしっかり紫ドレスのリブッサの隣で笑われる自分を想像してイラついていた。
またあの乳だけの馬鹿女と比べられるのか……
私はロザムンデに連れられて、すっかり暗くなった城へ向かう道を歩いていた。
「お帰りはいつ頃になりますでしょうか?」
迎えに来ると言う意味だろうと解釈し、
「早ければすぐよ」と軽口を返す。
これは私がヘクトールを怒らせて早々に追い出されるパターンだ。
「レティーツィア様はもう少し努力をなさってくださいませ」
「そう言ってもこればっかりはねぇ?」
「良いですか、『迎えなんていらないわよ』と言うのが理想です」
「それはヘクトール様の部屋に泊まれと言う意味かしら」
もちろんですわと軽口が帰って来た。
一緒に暮らし始めて半年。最初は警戒していたけれど、これだけ一緒にいるとどうしても情は移る。
しかし彼女は決して裏切る事のない監視役だ……
当然のことだが、私はロザムンデが来てすぐに、商人のエルミーラに金を払って彼女の素性を調査するように依頼していた。
ロザムンデは小さな領地を持つ男爵の家に生まれた長女だ。
小さいながら領地があるから派手な生活をしなければ問題なかった。しかし父親がギャンブルと酒に転んだ所から話が変わってくる。
領地の収入だけでは暮らしていけなくなり、ロザムンデの母が働く様になった。細々と生活していた所で母が体を壊して倒れる。
それでも父はギャンブルと酒を辞めない。その態度にロザムンデは怒り、父を叱責したそうだ。
娘に涙ながらに叱られて目が覚めた父。
苦労しても借金を返したならば良い話で終わったのだろう。しかしロザムンデの父親は間違えた。ギャンブルの負けを、ギャンブルで返そうとしたのだ。
領地を担保に金を借り、すべてを取り返す為にそれを賭けた。
負けが決まった後に彼は首を吊って死んだらしい。
こうしてロザムンデは領地と住む家、そして父を失った。残ったのは無理がたたり体を壊した母と妹が二人。
生活を支える為にロザムンデは爵位を返還して、給料が高い侍女になる道に進んだ。彼女は給料が上がるためには何でもしたそうで、護衛術を学び、護衛侍女になった。
そのお陰と、御しやすいと言う二面から、ロザムンデは私の監視役になった。
彼女が忠実に仕事をしている間、ライヘンベルガー王国に残した母と妹たちの生活は国から保障されている。
それを聞いて虫唾が走った。
こっちに来て数ヶ月、私はロザムンデが一度も賃金を受け取っているのを見たことが無かった。それもそのはず、彼女の働いた代金はすべて国に残してきた家族に支払われているのだから……
どうにかして家族を救おうかと提案したこともある。
しかし彼女は苦笑しながら、
「自分の仕事は忠実にこなします。ですがわたしの仕事にテーアを巻き込む様な事は致しませんから、どうか放っておいてください」
と悲しそうに呟いた。
いつか助けてあげたいとは思うが、今の私にはまだその力が無い。
ロザムンデは城の入口まで、後は兵に連れられて晩餐の部屋に入った。
以前に見た記憶の通り、部屋のドン真ん中に大きな足の短いテーブルが一つ。
テーブルの上には酒や食べ物、それにフルーツが適当に置かれている。前回と違って今日はまだ始まっていないから誰もそれには手を付けていない。
テーブルに座る者をぐるりと見渡す。
私が視線を彷徨わせたときに将軍の幾人かが睨みつけ、逆に幾人かは表情にそれとなく会釈をくれた。
前者の筆頭は、ヘクトールにもっとも近い場所に座る東部を治めるネリウス将軍で、後者の筆頭はその斜め向かいに座る南部のトロスト将軍だ。
なおネリウス将軍の向かいに座っている西部のミュンヒ将軍はどちらとも言えない感じかしら?
前にヘクトールが言った言葉通り、〝命を懸けて戦ってくれている猛者たち〟だからここに呼ばれているのは本当に将軍だけで領主は不在だった。
その偏った考え方に私は眉を顰めた。
「皇妃様~こんな所になにしに来たんですか?」
「大方道に迷ったんだろ」
一向に席に着かない私に将軍たちが嗤い始める。
そんな事、山猿に言われるまでもないわ。
私だってロザムンデに急かされて早く着すぎたなと思ってるわよ!
しかしほんの一分も経たず、その笑い声はピタリと止まった。
「何を笑っているか」
ヘクトールの声が後ろから聞こえた。どうやら彼が部屋に入ってきたから口を噤んだらしい。
「ヘクトール様……」
次の言葉が出てこないうちにヘクトールはさっさと自分の席へ座ってしまった。
「どうしたレティーツィア、早く座るが良い」
「皇妃様~ここ開いてますぜ」
末席の将軍がニタニタと笑いながら手を振った。
ブンッ!
ドガッ!
ヘクトールがその大きな腕を突然振った。私には何が起こったのか分からなかったのだが、今の動作でこの部屋は一瞬でシンと静まり返ったのは間違いない。
えーとテーブルの上のフルーツを掴んで投げつけた? まさかね……
「レティーツィアはここだ」
ヘクトールが指したのは、最初の日、リブッサが座っていた場所だった。
なるほどやっと解ったわ……
彼は昨日の仕返しの為に私をここに呼んだ。そして将軍らの前で、自分に酒を注がせて辱めたいのだと。
最初の日の様に、─どうせ止められるだろうけど─引っ叩いて帰ろうかと思った。しかし私も少しくらいは成長したつもりだ。
それに……ロザムンデに悪いしね。
ハァと一息吐いて、ヘクトールの隣に腰を下ろした。
椅子もない所に座ったのは初めてかもしれないなとぼんやり思った。
ヘクトールが軽く杯を持ち上げて乾杯を言うと食事が始まった。
私がここに居る理由について、何の説明もなかったから末席の方の将軍らが不思議そうな顔をしているのだけど、これは良いのかしら?
しかしヘクトールの付近の将軍らは物怖じなしで、横から手が伸びてきて私の前のお肉やフルーツを掴んで去っていく。
フォークもナイフも関係なし。すべて手づかみだ。
おおよそ食事とは思えない雰囲気に気圧されて、私の手は食事が始まってから全く動いていなかった。
隣に座るヘクトールの杯が開いた。
いよいよ酌をしろと言われるのかとヘクトールに視線を向けた。座ってなお頭一つ違うから完全に見上げる状態だ。
それに気づいてヘクトールの視線が降りてくる。彼は手近な酒瓶を手にして、自分の杯にドクドクと注いで満たす。
そのついでと言う様な風に、
「肉は食ったか?」
「お肉?」
酌をさせるでもなくその質問の意図が分からない。
「今朝贈ったはずだが、届いておらんのか」
「ああっ。あのお肉はどういう意味でございましょうか」
「肉を喰えばきっと健やかに育つだろう」
なるほど私は肉付きが悪くて胸が小さいと言いたいらしい。
大きなお世話だとは思ったが、あのお肉に裏が無くてちょっと安心した。
一番有りそうなのは、私と将軍の前で〝リブッサを妾にする〟と宣言することだろう。しかしそれに私が必須かと言うと、そうとは思えない。
そもそも私は妾を取ったらどうかと逆に薦める発言をしているのだから、今さら私の確認は不要だろう。
じゃあ私が必要な理由は?
皇妃の座をリブッサに譲り、私を妾に落とすかしら……、いいえそれは飛躍しすぎよね。そこまで大事にするとライヘンベルガー王国も流石に黙っていないはずよ。
傀儡にする案も潰えるし、形だけとは言え、私は〝友好の品〟なのだものね。
ある程度考えが纏まると昨夜のツケが一気に襲ってきた。
ふわぁぁと欠伸を一つ。
まだ耐えられないほどの眠気ではない。しかし少し寝ておく方がこの後の晩餐も上手く行く様な気がする。
そうね無理は止めて少し寝ておきましょうか。
「レティーツィア様、起きてください」
「ああロザムンデ、おはよう」
「本日は皇帝陛下の晩餐に呼ばれておいででしょう。そろそろ準備をなさいませんと間に合いませんわ」
「そう言えばそうだったわね」
伸びをしながらそう返しながらそう返すと、行儀が悪いですと叱られた。
「準備と言ってもね、準備するような物が何もないでしょ。
どうせただの晩餐だしこのまま行くわ。ねぇロザムンデ、髪に寝癖は無いわね?」
「レティーツィア様!」
「無いものは無いの。気にしたら負けよ」
平気そうに言ってみたが、脳裏ではしっかり紫ドレスのリブッサの隣で笑われる自分を想像してイラついていた。
またあの乳だけの馬鹿女と比べられるのか……
私はロザムンデに連れられて、すっかり暗くなった城へ向かう道を歩いていた。
「お帰りはいつ頃になりますでしょうか?」
迎えに来ると言う意味だろうと解釈し、
「早ければすぐよ」と軽口を返す。
これは私がヘクトールを怒らせて早々に追い出されるパターンだ。
「レティーツィア様はもう少し努力をなさってくださいませ」
「そう言ってもこればっかりはねぇ?」
「良いですか、『迎えなんていらないわよ』と言うのが理想です」
「それはヘクトール様の部屋に泊まれと言う意味かしら」
もちろんですわと軽口が帰って来た。
一緒に暮らし始めて半年。最初は警戒していたけれど、これだけ一緒にいるとどうしても情は移る。
しかし彼女は決して裏切る事のない監視役だ……
当然のことだが、私はロザムンデが来てすぐに、商人のエルミーラに金を払って彼女の素性を調査するように依頼していた。
ロザムンデは小さな領地を持つ男爵の家に生まれた長女だ。
小さいながら領地があるから派手な生活をしなければ問題なかった。しかし父親がギャンブルと酒に転んだ所から話が変わってくる。
領地の収入だけでは暮らしていけなくなり、ロザムンデの母が働く様になった。細々と生活していた所で母が体を壊して倒れる。
それでも父はギャンブルと酒を辞めない。その態度にロザムンデは怒り、父を叱責したそうだ。
娘に涙ながらに叱られて目が覚めた父。
苦労しても借金を返したならば良い話で終わったのだろう。しかしロザムンデの父親は間違えた。ギャンブルの負けを、ギャンブルで返そうとしたのだ。
領地を担保に金を借り、すべてを取り返す為にそれを賭けた。
負けが決まった後に彼は首を吊って死んだらしい。
こうしてロザムンデは領地と住む家、そして父を失った。残ったのは無理がたたり体を壊した母と妹が二人。
生活を支える為にロザムンデは爵位を返還して、給料が高い侍女になる道に進んだ。彼女は給料が上がるためには何でもしたそうで、護衛術を学び、護衛侍女になった。
そのお陰と、御しやすいと言う二面から、ロザムンデは私の監視役になった。
彼女が忠実に仕事をしている間、ライヘンベルガー王国に残した母と妹たちの生活は国から保障されている。
それを聞いて虫唾が走った。
こっちに来て数ヶ月、私はロザムンデが一度も賃金を受け取っているのを見たことが無かった。それもそのはず、彼女の働いた代金はすべて国に残してきた家族に支払われているのだから……
どうにかして家族を救おうかと提案したこともある。
しかし彼女は苦笑しながら、
「自分の仕事は忠実にこなします。ですがわたしの仕事にテーアを巻き込む様な事は致しませんから、どうか放っておいてください」
と悲しそうに呟いた。
いつか助けてあげたいとは思うが、今の私にはまだその力が無い。
ロザムンデは城の入口まで、後は兵に連れられて晩餐の部屋に入った。
以前に見た記憶の通り、部屋のドン真ん中に大きな足の短いテーブルが一つ。
テーブルの上には酒や食べ物、それにフルーツが適当に置かれている。前回と違って今日はまだ始まっていないから誰もそれには手を付けていない。
テーブルに座る者をぐるりと見渡す。
私が視線を彷徨わせたときに将軍の幾人かが睨みつけ、逆に幾人かは表情にそれとなく会釈をくれた。
前者の筆頭は、ヘクトールにもっとも近い場所に座る東部を治めるネリウス将軍で、後者の筆頭はその斜め向かいに座る南部のトロスト将軍だ。
なおネリウス将軍の向かいに座っている西部のミュンヒ将軍はどちらとも言えない感じかしら?
前にヘクトールが言った言葉通り、〝命を懸けて戦ってくれている猛者たち〟だからここに呼ばれているのは本当に将軍だけで領主は不在だった。
その偏った考え方に私は眉を顰めた。
「皇妃様~こんな所になにしに来たんですか?」
「大方道に迷ったんだろ」
一向に席に着かない私に将軍たちが嗤い始める。
そんな事、山猿に言われるまでもないわ。
私だってロザムンデに急かされて早く着すぎたなと思ってるわよ!
しかしほんの一分も経たず、その笑い声はピタリと止まった。
「何を笑っているか」
ヘクトールの声が後ろから聞こえた。どうやら彼が部屋に入ってきたから口を噤んだらしい。
「ヘクトール様……」
次の言葉が出てこないうちにヘクトールはさっさと自分の席へ座ってしまった。
「どうしたレティーツィア、早く座るが良い」
「皇妃様~ここ開いてますぜ」
末席の将軍がニタニタと笑いながら手を振った。
ブンッ!
ドガッ!
ヘクトールがその大きな腕を突然振った。私には何が起こったのか分からなかったのだが、今の動作でこの部屋は一瞬でシンと静まり返ったのは間違いない。
えーとテーブルの上のフルーツを掴んで投げつけた? まさかね……
「レティーツィアはここだ」
ヘクトールが指したのは、最初の日、リブッサが座っていた場所だった。
なるほどやっと解ったわ……
彼は昨日の仕返しの為に私をここに呼んだ。そして将軍らの前で、自分に酒を注がせて辱めたいのだと。
最初の日の様に、─どうせ止められるだろうけど─引っ叩いて帰ろうかと思った。しかし私も少しくらいは成長したつもりだ。
それに……ロザムンデに悪いしね。
ハァと一息吐いて、ヘクトールの隣に腰を下ろした。
椅子もない所に座ったのは初めてかもしれないなとぼんやり思った。
ヘクトールが軽く杯を持ち上げて乾杯を言うと食事が始まった。
私がここに居る理由について、何の説明もなかったから末席の方の将軍らが不思議そうな顔をしているのだけど、これは良いのかしら?
しかしヘクトールの付近の将軍らは物怖じなしで、横から手が伸びてきて私の前のお肉やフルーツを掴んで去っていく。
フォークもナイフも関係なし。すべて手づかみだ。
おおよそ食事とは思えない雰囲気に気圧されて、私の手は食事が始まってから全く動いていなかった。
隣に座るヘクトールの杯が開いた。
いよいよ酌をしろと言われるのかとヘクトールに視線を向けた。座ってなお頭一つ違うから完全に見上げる状態だ。
それに気づいてヘクトールの視線が降りてくる。彼は手近な酒瓶を手にして、自分の杯にドクドクと注いで満たす。
そのついでと言う様な風に、
「肉は食ったか?」
「お肉?」
酌をさせるでもなくその質問の意図が分からない。
「今朝贈ったはずだが、届いておらんのか」
「ああっ。あのお肉はどういう意味でございましょうか」
「肉を喰えばきっと健やかに育つだろう」
なるほど私は肉付きが悪くて胸が小さいと言いたいらしい。
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