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01:序章
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国と国を繋ぐ辺境地の街道。王都付近のそれとは比べ物にならず荒れていて、とても街道と呼べるような代物ではない。
それもそのはず、ここは戦争が終わり新たな領地として加わった土地なのだ。
荷の略奪を繰り返す蛮族が潜んでいたこの土地を、同じくそれに困っていた隣国と協力して掃討したのは二年前の事だ。
蛮族の長は討ち取られて彼らの部族は滅んでいるが、しかし討ち漏らした蛮族らは逃げそのまま賊へと変わった。
だからここは国一番の危険な道と言って良いだろう。しかしこの道が無ければ荷はさらに五日ほど遅れる。ゆえに人が通り、そのために荷の行き来は多い。
そして荷が多いと言う事は、蛮族だけではなくただの賊も多いと言う事だ。
街道の前方。火でも使われたのか何かが燃える黒い煙が見えていた。
騎士のオレーシャが現場に駆け付けた時には三台の大型馬車のうち二台が横転していた。荷を運んでいた者たちは逃げたか、殺されたか?
「掃討せよ!」
オレーシャの命令で荷を荒らしていた賊どもに騎兵が突っ込んでいく。
騎兵の後ろ、幌のない荷馬車からは幾人もの兵が飛び降りて、弓を射たり、または槍を持って賊を討伐していく。ほんの一〇分ほどの戦闘。
運よく生き延びた賊の一味は国境の方へ逃走していった。
オレーシャは二年前にあった東の蛮族との戦で功績を立てた騎士爵を賜っていた。彼女はそれ以降ずっとここ東方で隊長として兵を率いている。
また逃げられたとオレーシャは臍を噛む。
街道は長く辺境に配属された騎士や兵士の数は足りない。
「弓兵は樹に登り監視を続けよ。他の者は負傷者の手当を頼む。責任者を見つけたら私の元へ連れてくるように」
今回は比較的早い段階で間に合った。せめていつもより死者が少なければ良いのだがなとひとりごちた。
程なくして兵士が一人の男を連れてきた。
「ボロディン隊長失礼します。この男がこの商団の主を名乗っております」
「ご苦労様、あとは私の方で話を聞きます」
兵士を持ち場に戻し、オレーシャは男の方へ視線を向けた。
これほどの商団を引いていたから身なりはそれなりに良い様だが、中年と言ってよい年齢に中肉中背の男。顔は十人前で取り柄は無い。
「私はこの隊の隊長を務めています。オシュケナート王国東方辺境騎士団に所属するボロディンと申します。
貴方の名前を伺っても良いだろうか?」
そう問い掛けをしたが男はぼぅとしていて一向に要領を得ない。
私の悪い癖だと臍を噛んだ。
「これは失礼しました。商団の事は残念でしたね」
「あ、ああ。こちらこそ命を助けて頂いたのに済みません、思わず見惚れていました。
わたしは商人のムトツェルと申します。隣国より品を積んで来ましたが、賊に襲われてご覧の有様のようです」
「被害の報告は後ほどバーゼルトの街にある騎士団の方へお願いします。
虚偽のない報告が認められれば多少なりの保障は降りるでしょう」
「判りました。帳面がございますのでペン一本の漏れもなく申告いたします」
「それから馬車馬がやられている様ですね。
十分な数とは言えないですがうちの隊の馬をお貸ししましょう。なに足が遅くなった分は我らが護るゆえにご安心ください」
「おお、重ね重ねありがとうございます」
早かったと自負しただけの事はあり、荷の損失は二割ほど。そして死者の数もかなり少なかった。
今日は不味い酒を飲まなくても良さそうだと、オレーシャはひとりごちた。
※
二年ほど経った頃、辺境の街道は整備を終えてすっかり見晴らしが良くなり、それ以降はめっきり賊が減った。蛮族以外の賊が割に合わないとして去ったのだろう。
それに伴い東の辺境を護る騎士団の数も減っていく。
オレーシャが東方辺境騎士団から南方辺境騎士団の勤務になったのは、騎士爵を賜ってから三年目の事だ。彼女はさらに二年、南方で同じように街道の警備をした。
そして現在。
オレーシャは左手を白い布で吊り、南方の騎士団本部へ出頭していた。
二ヶ月前の戦いで商人に化けた賊から不覚を取り落馬して、無様にも手綱を操る方の左肩を骨折した。骨が繋がれば復帰するつもりだったが、上手く握力が戻らなかった。とは言え一般人ほどには戻っているのだが……
それはほんの少しの差。
中にはその程度の後遺症ならば気にせずに復帰した者もいただろう。しかしオレーシャは少々真面目過ぎた。
以前の通りにはならないならと、彼女は騎士団を退役することに決めた。
「そうか残念だ」
事情を聞いた直属の上官である白騎士団団長アヴデエフは目を伏せてそう言った。
アヴデエフは家督を継いだ長男だけが何とか暮らせる程度の貧乏貴族に生まれた。名をフェリックスと言う。貧乏であるが曲がりなりにも貴族なので、出世は人よりも早く三十台前にして南方の一つの騎士団の団長を命じられている。
ここ南方を護る騎士団三つ。それぞれ青白赤の三色に分けられている。所属を表す腕章以外にも、支給されているベルトやブーツ、それにグローブや外套など端はしにその色が配してあるのでどこの所属かは一目で分かるようになっている。
近隣の町や村に配属されていて警備に当たるのが青騎士団。町中まで入り込む様な武装集団はいないから、彼らの役目は主に町の治安維持だ。スリや強盗、はては夫婦喧嘩の仲裁まで幅広い。衛兵とも呼ばれており住人からもっとも親しまれている。
街道警備を行っていたオレーシャの所属は白騎士団。主に街道の警備を担当し、町から町を巡回して旅人や商人を狙う賊と戦う。ゆえに一番戦闘する機会が多いと言えよう。
最後の赤騎士団は国境付近の警備を担当している。彼らは普段、町に戻ることは無く国境の砦で集団生活をしている。平時の時はそれほどでもないが、有事の際には真っ先に戦うことになる特に大切な任務だ。
「騎士爵は一代限りと言う縛りはあるが、騎士団を辞めても褒賞金は変わらず受け取ることが可能だ。今後の生活は困るまい」
騎士団を辞めたオレーシャにはもう給金が支払われることは無い。しかしオレーシャは騎士爵を持つので、国から一定額の名誉手当が支払われることになっている。
派手な生活は出来ないだろうが、普通に暮らす分には十分な額だろう。
「はい存じております。
ただ私は兵舎に士官用の部屋を借りておりますので、本来なら早々に退去しなければなりません。身勝手に退役願いを出して置いて申し訳ないのですが、行き先が決まるまで今しばらくお時間を頂けないでしょうか?」
「うん? ボロディン隊長は田舎に帰らないのかね」
「私は母が亡くなってから天涯孤独です。帰る様な場所はございません」
二年前にいた東方にも特に愛着は無いから、だったらここでいいかと考えたのだ。
「それは……。知らぬこととは言え済まなかった」
「いいえ構いません」
「退去の件は兵舎の管理局にしばし待つように言っておこう。とは言え無期限と言う訳にはいかん。一週間の猶予で良いだろうか?」
「はいそれで問題ございません。
ありがとうございます」
「ところでボロディン隊長、君はこの後の事は何か考えているのか?」
「団長、私はもう隊長では……」
「ああそうだったなすまん。悪いが今日くらいは許せよ」
そう言いつつそちらも俺の事を〝団長〟呼びではないかと苦笑する。
「私は剣を振るう以外に出来る事はございません。
幸い蓄えはありますので何が出来るか探してみたいと思っています」
とても前向きな回答なのだが、残念ながらそれはフェリックスが聞きたかったことではなかった。
「いやそうではなく。
下世話な話だが、君もそろそろいい年だろう。相手はいないのか?」
確か二十二歳だったはずと記憶から部下の情報を思い出していた。
貴族令嬢ならば行き遅れ側に片足どころか半身まで突っ込んでいるだろうが、結婚の遅くなりがちな軍人ならばまだまだまったく問題のない年齢だ。
「相手?」
「ああ結婚する様な相手だ」
「残念ですが私の様な女は男性に嫌われていますので……」
そうかなとフェリックスは首を捻る。
長年このような職に就いていたからキツイ印象は受けるだろう。しかしオレーシャの凛とした瞳は人を惹きつける。きっと誰もが美しいと思うだろう。
ただ彼女が言う通り、女騎士となれば並みの男、つまり兵士らでは手を出し難いのも事実だ。なるほどな。
男は自分より格が高い女には憧れるが、確かに嫁にはすまい。
しかし謝るのも違うかと、フェリックスその話を流すことに決めた。
オレーシャはフェリックスの執務部屋を出る時に右腕を胸の前にだし、つまり騎士の礼を取って出て行った。
フェリックスはそれを見て「生真面目な性格だな」と苦笑した。
それもそのはず、ここは戦争が終わり新たな領地として加わった土地なのだ。
荷の略奪を繰り返す蛮族が潜んでいたこの土地を、同じくそれに困っていた隣国と協力して掃討したのは二年前の事だ。
蛮族の長は討ち取られて彼らの部族は滅んでいるが、しかし討ち漏らした蛮族らは逃げそのまま賊へと変わった。
だからここは国一番の危険な道と言って良いだろう。しかしこの道が無ければ荷はさらに五日ほど遅れる。ゆえに人が通り、そのために荷の行き来は多い。
そして荷が多いと言う事は、蛮族だけではなくただの賊も多いと言う事だ。
街道の前方。火でも使われたのか何かが燃える黒い煙が見えていた。
騎士のオレーシャが現場に駆け付けた時には三台の大型馬車のうち二台が横転していた。荷を運んでいた者たちは逃げたか、殺されたか?
「掃討せよ!」
オレーシャの命令で荷を荒らしていた賊どもに騎兵が突っ込んでいく。
騎兵の後ろ、幌のない荷馬車からは幾人もの兵が飛び降りて、弓を射たり、または槍を持って賊を討伐していく。ほんの一〇分ほどの戦闘。
運よく生き延びた賊の一味は国境の方へ逃走していった。
オレーシャは二年前にあった東の蛮族との戦で功績を立てた騎士爵を賜っていた。彼女はそれ以降ずっとここ東方で隊長として兵を率いている。
また逃げられたとオレーシャは臍を噛む。
街道は長く辺境に配属された騎士や兵士の数は足りない。
「弓兵は樹に登り監視を続けよ。他の者は負傷者の手当を頼む。責任者を見つけたら私の元へ連れてくるように」
今回は比較的早い段階で間に合った。せめていつもより死者が少なければ良いのだがなとひとりごちた。
程なくして兵士が一人の男を連れてきた。
「ボロディン隊長失礼します。この男がこの商団の主を名乗っております」
「ご苦労様、あとは私の方で話を聞きます」
兵士を持ち場に戻し、オレーシャは男の方へ視線を向けた。
これほどの商団を引いていたから身なりはそれなりに良い様だが、中年と言ってよい年齢に中肉中背の男。顔は十人前で取り柄は無い。
「私はこの隊の隊長を務めています。オシュケナート王国東方辺境騎士団に所属するボロディンと申します。
貴方の名前を伺っても良いだろうか?」
そう問い掛けをしたが男はぼぅとしていて一向に要領を得ない。
私の悪い癖だと臍を噛んだ。
「これは失礼しました。商団の事は残念でしたね」
「あ、ああ。こちらこそ命を助けて頂いたのに済みません、思わず見惚れていました。
わたしは商人のムトツェルと申します。隣国より品を積んで来ましたが、賊に襲われてご覧の有様のようです」
「被害の報告は後ほどバーゼルトの街にある騎士団の方へお願いします。
虚偽のない報告が認められれば多少なりの保障は降りるでしょう」
「判りました。帳面がございますのでペン一本の漏れもなく申告いたします」
「それから馬車馬がやられている様ですね。
十分な数とは言えないですがうちの隊の馬をお貸ししましょう。なに足が遅くなった分は我らが護るゆえにご安心ください」
「おお、重ね重ねありがとうございます」
早かったと自負しただけの事はあり、荷の損失は二割ほど。そして死者の数もかなり少なかった。
今日は不味い酒を飲まなくても良さそうだと、オレーシャはひとりごちた。
※
二年ほど経った頃、辺境の街道は整備を終えてすっかり見晴らしが良くなり、それ以降はめっきり賊が減った。蛮族以外の賊が割に合わないとして去ったのだろう。
それに伴い東の辺境を護る騎士団の数も減っていく。
オレーシャが東方辺境騎士団から南方辺境騎士団の勤務になったのは、騎士爵を賜ってから三年目の事だ。彼女はさらに二年、南方で同じように街道の警備をした。
そして現在。
オレーシャは左手を白い布で吊り、南方の騎士団本部へ出頭していた。
二ヶ月前の戦いで商人に化けた賊から不覚を取り落馬して、無様にも手綱を操る方の左肩を骨折した。骨が繋がれば復帰するつもりだったが、上手く握力が戻らなかった。とは言え一般人ほどには戻っているのだが……
それはほんの少しの差。
中にはその程度の後遺症ならば気にせずに復帰した者もいただろう。しかしオレーシャは少々真面目過ぎた。
以前の通りにはならないならと、彼女は騎士団を退役することに決めた。
「そうか残念だ」
事情を聞いた直属の上官である白騎士団団長アヴデエフは目を伏せてそう言った。
アヴデエフは家督を継いだ長男だけが何とか暮らせる程度の貧乏貴族に生まれた。名をフェリックスと言う。貧乏であるが曲がりなりにも貴族なので、出世は人よりも早く三十台前にして南方の一つの騎士団の団長を命じられている。
ここ南方を護る騎士団三つ。それぞれ青白赤の三色に分けられている。所属を表す腕章以外にも、支給されているベルトやブーツ、それにグローブや外套など端はしにその色が配してあるのでどこの所属かは一目で分かるようになっている。
近隣の町や村に配属されていて警備に当たるのが青騎士団。町中まで入り込む様な武装集団はいないから、彼らの役目は主に町の治安維持だ。スリや強盗、はては夫婦喧嘩の仲裁まで幅広い。衛兵とも呼ばれており住人からもっとも親しまれている。
街道警備を行っていたオレーシャの所属は白騎士団。主に街道の警備を担当し、町から町を巡回して旅人や商人を狙う賊と戦う。ゆえに一番戦闘する機会が多いと言えよう。
最後の赤騎士団は国境付近の警備を担当している。彼らは普段、町に戻ることは無く国境の砦で集団生活をしている。平時の時はそれほどでもないが、有事の際には真っ先に戦うことになる特に大切な任務だ。
「騎士爵は一代限りと言う縛りはあるが、騎士団を辞めても褒賞金は変わらず受け取ることが可能だ。今後の生活は困るまい」
騎士団を辞めたオレーシャにはもう給金が支払われることは無い。しかしオレーシャは騎士爵を持つので、国から一定額の名誉手当が支払われることになっている。
派手な生活は出来ないだろうが、普通に暮らす分には十分な額だろう。
「はい存じております。
ただ私は兵舎に士官用の部屋を借りておりますので、本来なら早々に退去しなければなりません。身勝手に退役願いを出して置いて申し訳ないのですが、行き先が決まるまで今しばらくお時間を頂けないでしょうか?」
「うん? ボロディン隊長は田舎に帰らないのかね」
「私は母が亡くなってから天涯孤独です。帰る様な場所はございません」
二年前にいた東方にも特に愛着は無いから、だったらここでいいかと考えたのだ。
「それは……。知らぬこととは言え済まなかった」
「いいえ構いません」
「退去の件は兵舎の管理局にしばし待つように言っておこう。とは言え無期限と言う訳にはいかん。一週間の猶予で良いだろうか?」
「はいそれで問題ございません。
ありがとうございます」
「ところでボロディン隊長、君はこの後の事は何か考えているのか?」
「団長、私はもう隊長では……」
「ああそうだったなすまん。悪いが今日くらいは許せよ」
そう言いつつそちらも俺の事を〝団長〟呼びではないかと苦笑する。
「私は剣を振るう以外に出来る事はございません。
幸い蓄えはありますので何が出来るか探してみたいと思っています」
とても前向きな回答なのだが、残念ながらそれはフェリックスが聞きたかったことではなかった。
「いやそうではなく。
下世話な話だが、君もそろそろいい年だろう。相手はいないのか?」
確か二十二歳だったはずと記憶から部下の情報を思い出していた。
貴族令嬢ならば行き遅れ側に片足どころか半身まで突っ込んでいるだろうが、結婚の遅くなりがちな軍人ならばまだまだまったく問題のない年齢だ。
「相手?」
「ああ結婚する様な相手だ」
「残念ですが私の様な女は男性に嫌われていますので……」
そうかなとフェリックスは首を捻る。
長年このような職に就いていたからキツイ印象は受けるだろう。しかしオレーシャの凛とした瞳は人を惹きつける。きっと誰もが美しいと思うだろう。
ただ彼女が言う通り、女騎士となれば並みの男、つまり兵士らでは手を出し難いのも事実だ。なるほどな。
男は自分より格が高い女には憧れるが、確かに嫁にはすまい。
しかし謝るのも違うかと、フェリックスその話を流すことに決めた。
オレーシャはフェリックスの執務部屋を出る時に右腕を胸の前にだし、つまり騎士の礼を取って出て行った。
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