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03:新しい生活の始まり
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フェリックスに連れられて町外れ付近にある家の前にやって来た。
一階建ての漆喰と煉瓦で造られた家。家の周囲には木で作られた柵があり、その中には小さな野菜畑が造られていた。
よく手入れされているのは見れば解る。忙しいのに随分とまめな事だなとぼんやりと思った。
「馬屋は裏にある。案内しよう」
「はい」
裏手にあったのは馬がせいぜい三頭入れば良い程度の馬屋だ。その隣には羊と鳥、そして犬の小屋があった。
「小さい馬屋なのですね」
「まあそうだな。だが団長の俺の給料だとこの辺りが妥当だと思って欲しい」
「フェリックスの給料でこれと言う事は、もしや私は高望みし過ぎたのでしょうか?」
「まあそれもあるがな……」
「つまりほかにも何か問題があったのですね……」
「その辺はここで暮らしながら覚えてくれ。さあ中を案内しよう」
馬を繋ぎ玄関に回った。
玄関のドアを開けるのかと思っていたら、フェリックスはドアをノックして、
「帰ったぞ」と声を掛けた。
すると中から鍵が開く音が聞こえてきて、
「お帰りなさい!」
ドアが開くや明るい声の少年が飛び出してきた。
「あっごめんなさいお客様でしたか! どうぞお上がりください」
ちょっとすまんなとフェリックスは私に断りを入れると、少年と一言二言、話をした。少年は「はい分かりました!」と明るい返事を残して家の中に消えて行った。
フェリックスは「ま、こういう訳だ」と呟いた。そう言われて、彼が居たから私を一人で行かせる訳にはいかないと言っていたのだと気付く。
いやそれよりもだ。
「あのぉフェリックス。
未婚とお聞きしたと思いましたが、もしや私の聞き間違えでしたでしょうか?」
「いや間違っていない」
「ですが今の少年は? 彼はフェリックスの息子ではないのですか?」
「それも含めて後でちゃんと紹介する。まずは家に入ろう」
「はあ……」
本当に来てしまって良かったのかと思いながら、私はフェリックスの家に入った。
玄関を抜けると小さなホールになっていた。もちろんダンスをするようなホールではなく、靴に付いた土を払ったり、コートなどを掛けたりする所だ。
玄関の右手は水場で台所やお風呂、それに食事を取ったりする食堂兼リビングがあると教えて貰った。
言われてみれば確かに、そちらの方からは美味しそうな匂いが漂ってきて、匂いに釣られてお腹がくぅと鳴った。
「空腹をアピールしているところ悪いが、まずオレーシャを部屋に案内しよう。
こっちだ」
みっともないと自分でも思った事を、改めて口で指摘されて情けなくなる。それにしても先ほどからのフェリックスの態度ったら、団長の頃には考えられない意地悪さを発揮している。
もしやこちらが彼の地なのだろうか?
玄関ホールの奥側にフェリックスの部屋があり、左手は客間が二つあるそうだ。
他に部屋が無いので「あの少年は?」と聞くと、ひょいと上を指す。
上?
「屋根裏部屋だ。そこの奥に階段があるんだよ」
「そうですか」
聞けば、私は客間の一つを使ってよいそうで、
「手前と奥だとどっちがいい?」
「どちらでも構いません」
「奥側だと馬屋の近くだからきっと煩いだろう。手前にしておくか?」
しかし窓から身を乗り出せば馬屋が見えると言われれば、私としてはそちらを選ばない訳には行かない。
「いいえ馬が見える奥側でお願いします」
「そんな理由で決めたのは君が始めてかもしれないな」
部屋に荷物を入れて─と言っても騎士時代の装備に少々の衣服だけだ─、右手のリビングの方へ向かった。
テーブルの上には暖かい食事が、三人分準備されていた。
台所の方から先ほどの少年がサラダの乗った皿を持って来て、テーブルに並べていく。挨拶もそこそこ、彼はまた台所の方へ戻っていく。
彼は最後にパンを乗せた大皿を持って帰って来て、
「準備終わりましたよ」と声を掛けた。
「じゃあ座ろうか」
どこに座って良いか分からないのでしばし静観する。
フェリックスの向かいに少年が座った。きっとこれがいつもの配置なのだろう。残った皿の場所はフェリックスの隣だ。
「私はこちらでよいですか?」
「ああそうしてくれ」
全員が席に着いたところでフェリックスが、
「俺の元部下だった騎士のオレーシャだ。行く所が無いからしばらくここに住むことになった。よろしく頼む。
それでオレーシャ。こっちの小さいのはルスランだ。
自己紹介できるな?」
すると少年はコクリと頷き、
「僕はルスランです。今年で十一歳になりました。
五年前からアヴデエフさんの家でお世話になってます」
「私は騎士のオレーシャです、短い間だがよろしくお願いします。ところでルスラン、君はフェリックスの息子さんではないのですか?」
「おいオレーシャ、お前まだ疑ってたのか?
俺はまだ二十七歳だぞ。こんな大きな子供がいてたまるか!」
逆算して十五~六歳の頃の子供か。
騎士団はある意味で閉鎖された空間だから、若くして親になる者も少なくない。ただしその様な者は、自制が効かないとして評価が悪くなる。しかしフェリックスは若くして騎士爵と、騎士団長に任命されているから違う理由であろう事は想像できる。
だがその先は、判らなかった。
「実は僕は戦災孤児なんです」
フェリックスはハァとため息を吐いた。
「お前も騎士になった時に、戦災孤児を引き取る制度があると話を聞いただろう。
つまりそう言うことだよ」
確かに聞いていた。しかし兵舎暮らしだったオレーシャは自分には関係ない事だと幾ばくかの寄付金を支払っただけで、すっかり聞き流してしまっていた。
両親を戦争で失ったという事、それをこんな小さな子に言わせてしまったのかと私は自分の無頓着さに落胆した。
「申し訳ない、ルスラン」
「い、いえ僕は大丈夫ですよ!」
少年の明るい笑顔に救われた気がした。
だからこの子は努めて笑顔を見せていたのかと、改めてルスランの真っ直ぐな性格に感謝した。
「ところでオレーシャさん。
オレーシャさんはアヴデエフさんの恋人ですか?」
「ブホッ!」
その質問にお茶を噴出したのは隣に座っていたフェリックスだ。その被害者は正面に座っていた質問者のルスラン。
こういうのも自業自得と言うのだろうか?
「いいえ違いますよ。私と団長は部下と上官の関係です」
フェリックスから「元な」とぼそりと指摘が入ったが無視した。
「そうなんですね」
ルスランは顔をタオルで拭きながら残念そうに言った。
「そもそも私の様な女が団長のお眼鏡にかなう訳がありません」
「そうでしょうか? きっとオレーシャさんはアヴデエフさんの好みにぴったりだと思いますよ?」
「はぁっ!?」
お茶が器官に入りゲホゲホしていたフェリックスはやっと立ち直り、今度はすっきょんとうな声を上げた。
「団長それは本当ですか?」
「いや違う。俺がオレーシャを誘ったことに他意はない。
いいかルスラン。お前も馬鹿な事を言うのは止めろ」
最初から解っていたつもりだったが、やはり面と向かって言われると私でもちょっと堪える。
食事が終わり、これからの生活について話し聞くことになった。普段は無いそうだが話をするならとルスランが気を効かせてお茶を淹れてくれる。
その後姿を眺めながら、
「ルスランは随分と利発な子ですね」
「ああ助かっている」
十一歳と言えば私はまだ母と暮らしていた。その頃の私は母と死に別れるなんてこれっぽっちも思っていなくて、すべてを委ねて甘えきっていた。
ルスランがお茶を淹れ終わると、ルスランも聞く様にとフェリックスは彼を席に座らせた。
「まず悪いが無償と言う訳には行かない」
「はいお聞きしています。如何ほどお支払いたしましょう?」
「いや金は不要だ」
「はあ……」
「実はいま家の中の家事はルスランがすべてやってくれている。明日からはルスランに習ってそれを一緒にやってくれ。
それから空いた時間はルスランに文字や計算を教えてくれると助かる」
「畏まりました。が……」
「が?」
「そんなことでよろしいのですか?」
「ああしばらくはそれでいい。ルスランもいいか?」
「はいっ判りました!」
起床の時間と食事の時間、後はお風呂のルール。
「騎士団長になってからはすっかり書類仕事ばかりだが、外回りもないとは言えん。
俺が入って汚すよりもまずはお前たちが入ってくれ」
「しかし私は騎士団に属していた者です。
いまさら女性だからと気を使われる必要はありません」
「前にも言ったが、オレーシャは退役したのだから俺の部下ではない。つまりもう普通の女性だ」
「私が普通……?」
その様な扱いをされたことが無いのでどうしてよいか困惑するばかりだ。
「オレーシャさん。そう言う理由なので僕はいつも最初に入らせて貰ってますよ」
「そうなのか。では私は二番を頂きます」
「ああぜひそうしてくれ。
ちなみにルスランも年頃だ、間違っても下着姿で歩くような真似は止めてくれよ」
「はい勿論です」
真顔でそんな事を言われてしまえば、『女性用の兵舎でもそこまで酷くは無いですよ?』とは言えなかった。
一階建ての漆喰と煉瓦で造られた家。家の周囲には木で作られた柵があり、その中には小さな野菜畑が造られていた。
よく手入れされているのは見れば解る。忙しいのに随分とまめな事だなとぼんやりと思った。
「馬屋は裏にある。案内しよう」
「はい」
裏手にあったのは馬がせいぜい三頭入れば良い程度の馬屋だ。その隣には羊と鳥、そして犬の小屋があった。
「小さい馬屋なのですね」
「まあそうだな。だが団長の俺の給料だとこの辺りが妥当だと思って欲しい」
「フェリックスの給料でこれと言う事は、もしや私は高望みし過ぎたのでしょうか?」
「まあそれもあるがな……」
「つまりほかにも何か問題があったのですね……」
「その辺はここで暮らしながら覚えてくれ。さあ中を案内しよう」
馬を繋ぎ玄関に回った。
玄関のドアを開けるのかと思っていたら、フェリックスはドアをノックして、
「帰ったぞ」と声を掛けた。
すると中から鍵が開く音が聞こえてきて、
「お帰りなさい!」
ドアが開くや明るい声の少年が飛び出してきた。
「あっごめんなさいお客様でしたか! どうぞお上がりください」
ちょっとすまんなとフェリックスは私に断りを入れると、少年と一言二言、話をした。少年は「はい分かりました!」と明るい返事を残して家の中に消えて行った。
フェリックスは「ま、こういう訳だ」と呟いた。そう言われて、彼が居たから私を一人で行かせる訳にはいかないと言っていたのだと気付く。
いやそれよりもだ。
「あのぉフェリックス。
未婚とお聞きしたと思いましたが、もしや私の聞き間違えでしたでしょうか?」
「いや間違っていない」
「ですが今の少年は? 彼はフェリックスの息子ではないのですか?」
「それも含めて後でちゃんと紹介する。まずは家に入ろう」
「はあ……」
本当に来てしまって良かったのかと思いながら、私はフェリックスの家に入った。
玄関を抜けると小さなホールになっていた。もちろんダンスをするようなホールではなく、靴に付いた土を払ったり、コートなどを掛けたりする所だ。
玄関の右手は水場で台所やお風呂、それに食事を取ったりする食堂兼リビングがあると教えて貰った。
言われてみれば確かに、そちらの方からは美味しそうな匂いが漂ってきて、匂いに釣られてお腹がくぅと鳴った。
「空腹をアピールしているところ悪いが、まずオレーシャを部屋に案内しよう。
こっちだ」
みっともないと自分でも思った事を、改めて口で指摘されて情けなくなる。それにしても先ほどからのフェリックスの態度ったら、団長の頃には考えられない意地悪さを発揮している。
もしやこちらが彼の地なのだろうか?
玄関ホールの奥側にフェリックスの部屋があり、左手は客間が二つあるそうだ。
他に部屋が無いので「あの少年は?」と聞くと、ひょいと上を指す。
上?
「屋根裏部屋だ。そこの奥に階段があるんだよ」
「そうですか」
聞けば、私は客間の一つを使ってよいそうで、
「手前と奥だとどっちがいい?」
「どちらでも構いません」
「奥側だと馬屋の近くだからきっと煩いだろう。手前にしておくか?」
しかし窓から身を乗り出せば馬屋が見えると言われれば、私としてはそちらを選ばない訳には行かない。
「いいえ馬が見える奥側でお願いします」
「そんな理由で決めたのは君が始めてかもしれないな」
部屋に荷物を入れて─と言っても騎士時代の装備に少々の衣服だけだ─、右手のリビングの方へ向かった。
テーブルの上には暖かい食事が、三人分準備されていた。
台所の方から先ほどの少年がサラダの乗った皿を持って来て、テーブルに並べていく。挨拶もそこそこ、彼はまた台所の方へ戻っていく。
彼は最後にパンを乗せた大皿を持って帰って来て、
「準備終わりましたよ」と声を掛けた。
「じゃあ座ろうか」
どこに座って良いか分からないのでしばし静観する。
フェリックスの向かいに少年が座った。きっとこれがいつもの配置なのだろう。残った皿の場所はフェリックスの隣だ。
「私はこちらでよいですか?」
「ああそうしてくれ」
全員が席に着いたところでフェリックスが、
「俺の元部下だった騎士のオレーシャだ。行く所が無いからしばらくここに住むことになった。よろしく頼む。
それでオレーシャ。こっちの小さいのはルスランだ。
自己紹介できるな?」
すると少年はコクリと頷き、
「僕はルスランです。今年で十一歳になりました。
五年前からアヴデエフさんの家でお世話になってます」
「私は騎士のオレーシャです、短い間だがよろしくお願いします。ところでルスラン、君はフェリックスの息子さんではないのですか?」
「おいオレーシャ、お前まだ疑ってたのか?
俺はまだ二十七歳だぞ。こんな大きな子供がいてたまるか!」
逆算して十五~六歳の頃の子供か。
騎士団はある意味で閉鎖された空間だから、若くして親になる者も少なくない。ただしその様な者は、自制が効かないとして評価が悪くなる。しかしフェリックスは若くして騎士爵と、騎士団長に任命されているから違う理由であろう事は想像できる。
だがその先は、判らなかった。
「実は僕は戦災孤児なんです」
フェリックスはハァとため息を吐いた。
「お前も騎士になった時に、戦災孤児を引き取る制度があると話を聞いただろう。
つまりそう言うことだよ」
確かに聞いていた。しかし兵舎暮らしだったオレーシャは自分には関係ない事だと幾ばくかの寄付金を支払っただけで、すっかり聞き流してしまっていた。
両親を戦争で失ったという事、それをこんな小さな子に言わせてしまったのかと私は自分の無頓着さに落胆した。
「申し訳ない、ルスラン」
「い、いえ僕は大丈夫ですよ!」
少年の明るい笑顔に救われた気がした。
だからこの子は努めて笑顔を見せていたのかと、改めてルスランの真っ直ぐな性格に感謝した。
「ところでオレーシャさん。
オレーシャさんはアヴデエフさんの恋人ですか?」
「ブホッ!」
その質問にお茶を噴出したのは隣に座っていたフェリックスだ。その被害者は正面に座っていた質問者のルスラン。
こういうのも自業自得と言うのだろうか?
「いいえ違いますよ。私と団長は部下と上官の関係です」
フェリックスから「元な」とぼそりと指摘が入ったが無視した。
「そうなんですね」
ルスランは顔をタオルで拭きながら残念そうに言った。
「そもそも私の様な女が団長のお眼鏡にかなう訳がありません」
「そうでしょうか? きっとオレーシャさんはアヴデエフさんの好みにぴったりだと思いますよ?」
「はぁっ!?」
お茶が器官に入りゲホゲホしていたフェリックスはやっと立ち直り、今度はすっきょんとうな声を上げた。
「団長それは本当ですか?」
「いや違う。俺がオレーシャを誘ったことに他意はない。
いいかルスラン。お前も馬鹿な事を言うのは止めろ」
最初から解っていたつもりだったが、やはり面と向かって言われると私でもちょっと堪える。
食事が終わり、これからの生活について話し聞くことになった。普段は無いそうだが話をするならとルスランが気を効かせてお茶を淹れてくれる。
その後姿を眺めながら、
「ルスランは随分と利発な子ですね」
「ああ助かっている」
十一歳と言えば私はまだ母と暮らしていた。その頃の私は母と死に別れるなんてこれっぽっちも思っていなくて、すべてを委ねて甘えきっていた。
ルスランがお茶を淹れ終わると、ルスランも聞く様にとフェリックスは彼を席に座らせた。
「まず悪いが無償と言う訳には行かない」
「はいお聞きしています。如何ほどお支払いたしましょう?」
「いや金は不要だ」
「はあ……」
「実はいま家の中の家事はルスランがすべてやってくれている。明日からはルスランに習ってそれを一緒にやってくれ。
それから空いた時間はルスランに文字や計算を教えてくれると助かる」
「畏まりました。が……」
「が?」
「そんなことでよろしいのですか?」
「ああしばらくはそれでいい。ルスランもいいか?」
「はいっ判りました!」
起床の時間と食事の時間、後はお風呂のルール。
「騎士団長になってからはすっかり書類仕事ばかりだが、外回りもないとは言えん。
俺が入って汚すよりもまずはお前たちが入ってくれ」
「しかし私は騎士団に属していた者です。
いまさら女性だからと気を使われる必要はありません」
「前にも言ったが、オレーシャは退役したのだから俺の部下ではない。つまりもう普通の女性だ」
「私が普通……?」
その様な扱いをされたことが無いのでどうしてよいか困惑するばかりだ。
「オレーシャさん。そう言う理由なので僕はいつも最初に入らせて貰ってますよ」
「そうなのか。では私は二番を頂きます」
「ああぜひそうしてくれ。
ちなみにルスランも年頃だ、間違っても下着姿で歩くような真似は止めてくれよ」
「はい勿論です」
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