異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭

文字の大きさ
39 / 53
第一章 魔道都市ルーメンポートと魔族の影

#38「ざわめく心と、胸の奥の熱」

しおりを挟む
眠れない。

幾度まぶたを閉じても、闇の中に引きずられたごろつきの姿が浮かぶ。
あの場面を思い出すたび、喉が詰まって息が浅くなる。

ふと横を向くと隣のベッドでは、チャピが規則正しい呼吸を立てて眠っていた。
金色の髪が枕に広がり、安らかな顔をしている。

その姿を見た途端、堪えきれず膝を抱えた。

…体が震える。

昨夜の光景は、俺の中の何かを確実に揺らがせていた。

やがて夜が明ける。

窓から差し込む淡い光に目を細めながら、ふっと昨日あったリーナ母娘が頭をよぎる。

――リーナの辛そうな表情。
――苦しそうなおふくろさんの顔。
――そして掃除の後……笑顔。

「……あの母娘は、俺がいなくちゃダメなんだ」

俺は立ち上がり、身支度を整える。
靴を履こうとしたその時――

「……どこに行くの?」

振り返ると、ベッドから身を起こしたチャピが、心配そうに見つめていた。

「リーナの家だ。……掃除する約束をしたからな……」

チャピは驚いたように目を見開き、すぐにいつのも凛々しい表情に戻る。

「少し後ろを向いていて」

俺は言われるまま背を向けた。
衣擦れの音がして、ベッドから降りる気配。

「……もういいわ」

振り返ると、深緑のマントを肩に掛け、腰に小さな袋を結わえたチャピが立っていた。

「私も一緒に行く。あなた一人じゃ危なっかしいから」

俺は小さく息を吐く。

「……勝手にしろ」

宿を出ると、ひんやりとした朝の空気が流れ込んできた。
まだ人影の少ない通りに、足を踏み入れると湿り気が伝わってくる。
俺たちは並んで歩き、リーナの家へ向かった。

無言で歩みを進める。
遠くで荷車の軋む音、屋根の上から鳥の鳴き声。
通りの奥では店の戸が開き、パンを焼く匂いが漂い始めていた。

――街はゆっくりと動き始めていた。

しばらく歩くと、リーナの家が見えてくる。
戸口のそばで洗濯物を干していたリーナは、俺たちに気づいて手を止めた。
驚いたように目を丸くし、それからはにかむような笑みを浮かべる。

「おはようございます。……こんなに朝早く、どうされたんですか?」

リーナの問いかけに、思わず視線を逸らす。
一瞬心が揺れる。

「いや……昨日また掃除でもするって言ったろ?はやくしたほうがさ…おふくろさんも、喜ぶかと…思って…」

リーナの目がわずかに揺らぎ、それから柔らかく笑った。
その笑みは、俺の胸のざわめきを少しだけ静めてくれた。

リーナが戸口を開ける。

家の中へ入ると、奥のベッドにリーナのおふくろさんが横たわっていた。
昨日と同じように息苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。

それでも俺たちに気づくと、薄く目を開けてかすかに微笑んだ。

「……おはよう、ございます……」

掠れた声。息の合間にやっと絞り出した言葉だった。

リーナが慌てて枕元に駆け寄る。

「無理しないで、母さん」

俺はルミナスを手にすると、そっと息を吐いた。

「任せとけ……少しでも楽になるように、徹底的に掃除してやるよ」

ルミナスを使い床を磨くとたちまち光が広がる。
ウエスで壁を磨けば、汚れが消えさり、清浄な空気が広がっていく。

ベッドの上では、おふくろさんの呼吸がわずかに落ち着いている。
その顔も、昨日より幾分か楽そうな色が差した。

「……ありがとう……ございます」

弱々しくも、確かに感謝の言葉が聞こえた。
俺はほっと息をつき、口元が自然と緩んだ。

「……また来るよ」

そう告げて家を出る。
外の空気を吸い込みながらふと隣を見ると、チャピが悲しそうな表情をしていた。

(なんで……なんで、そんな顔するんだよ…)

理由は分からない。
……けど聞くのが怖くて、俺は前だけを見て歩いた。

しばらく道なりに俺たちは歩いた。
朝の街は少しずつ賑わいを増し、行き交う人影や荷車の音が多く聞こえてくる。

そんな中、前方に違和感があった。
道端に立ち止まり、じっとこちらを見ている影。

……昨日、バルドのもとに俺たちを案内したあの男だ。

「よっ、兄さん!昨日ぶりだな」

気安く手を上げてくるその態度に、逆に警戒心が募る。
男はすぐに声を落とし、周囲を一瞥してから近づいてきた。

「そう警戒しなさんな。今回はボスからの伝言を伝えに来たんだ」

男は顔を寄せ、さらに声を落とした。

「組織の中で派閥争いが本格化してる。街でちょこちょこ揉め事が起きてんのも、その余波だ」

眉をひそめる俺に、男はさらに言葉を重ねる。

「それと…敵対してる連中の狙いのひとつが、あの母娘。…リーナの家がある土地だ」

その一言に、感情が弾けた。気づけば男の胸倉をつかんでいた。

「ふざけるな……!あの母娘を巻き込むなんて、絶対に許さない!」

男は肩をすくめ、薄く笑う。

「言っとくが、これは俺の考えじゃねぇ。事実を伝えてるだけだ」

「――キョーくん!」

背後からチャピの声が飛んだ。

…その声に、少し冷静さを取り戻し腕を離す。
男は乱れた胸元を直しながら、肩をすくめる。

「…後ボスからの伝言がもう一つある…敵対派閥を片付けるまでの間…あの母娘を守って欲しいそうだ…」

男の言葉に、胸の奥がさらにざわついた。
落ち着きを取り戻すどころか、逆に心は乱れていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Gランク冒険者のレベル無双〜好き勝手に生きていたら各方面から敵認定されました〜

2nd kanta
ファンタジー
 愛する可愛い奥様達の為、俺は理不尽と戦います。  人違いで刺された俺は死ぬ間際に、得体の知れない何者かに異世界に飛ばされた。 そこは、テンプレの勇者召喚の場だった。 しかし召喚された俺の腹にはドスが刺さったままだった。

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月中旬出棺です!! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...