私のことは愛さなくても結構です

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前世の記憶が蘇りまして……

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 ……こんなにも幸せなことってあってもいいのだろうか。
 妹が生まれた日の次くらいに幸せなだと思える日だ。
 私は幸せを噛み締めていた。というのも、予想もしない出来事があったからだ。

「サブリナ、バーナー家のジークムントさんとの婚約の打診があった。王命だから向こうから断られることはないだろう」

 そう、社交界で人気のジークムントとの婚約がぼぼ決まったのだ。
 
「ほ、本当にお父様……?」

 バーナー家のジークムント様は、この国では誰一人として知らない人がいない聖騎士の名前だ。
 彼は数年前に、聖女のアルネ様と他の仲間と一緒に瘴気を祓う旅に出て、つい最近それを終えて戻ってきたのだ。
 年齢は23歳で私よりも2つ年上だ。
 結婚相手を探していると聞いたが、まさか私が選ばれるだなんて。
 伯爵家のうちと比べると、他にもいい家格は多いし、裕福な家も多い。
 貧乏でもお金持ちでもなく、ちょうどいい家ではあるが。メリットもデメリットもないというのは、いいことくらいか?

 なぜうちが選ばれたのか不思議なくらいだった。
 
 ……実は幼い時からずっと好きだった。
 初めて会ったのは、バーナー家が主催したお茶会だった。
 みんな、公爵家を継ぐ予定のクラウスにばかりの声をかけていた。
 ジークムントは一人で座っていたけれど、人の輪に入れない年下の子たちに何かと声をかけていた記憶がある。
 あの時の彼は、星屑を纏った王子様のように輝いていた。
 金髪碧眼という王子様のイメージが強いせいもあるけれど、それでも、彼しか私には見えなかった。

 性格も真面目で優しく、傲慢さはない。
 お茶会の彼を見ていて思ったが人柄も良い。

 結婚後は小さな領地を貰うそうだが、派手な生活が好きではない私としては本当にいい結婚相手ではないだろうか。
 ただ、問題があるとしたら、彼がとても素晴らしすぎることくらいか。

「本当だ。いやぁ、めでたい」

 父は、とても嬉しそうに目尻に皺をつくった。
 最近、父の目尻の皺が目立つようになった気がする。
 よく笑い。幸せな人生を生きている証拠だと思う。

「ジークムントさんは真面目だし、きっと、お前のことを大切にしてくれるよ」

 父が心の底から嬉しそうにそう言った瞬間。
 ズキリと頭に激痛が走った。
 それと同時に、自分か今まで体験していない映像が頭の中に流れ込んでいく。

「っ……!」

 どうなっているのだろう。これは、別人の記憶が頭の中に流れ込んでくるのだ。

 
 赤い髪の女が、牢屋の中に座り込み憎しみに顔を歪めて泣いていた。

『どうしてっ、許さない!アルネを殺してやる!』

 赤い髪の女。サブリナのかつての美貌は消え去り、醜い本性が顔に現れていた。
 
『君を愛さなかった事は、申し訳ないと思っている』

 ジークムントは、妻だった女にされてきた愚行を思い出しながら、なんの感情もない声でそう追い討ちをかけた。

『……アルネを手にかけようとしたことは許せない』

 静かに怒りを露わにさせたジークムントは、サブリナの首を斬り落とした。

 飛び散る血飛沫がジークムントの顔を汚した。

 醜い心根をした女だったが、血は赤かったようだ。

 ……まだ、やらないといけないことがある。
 未遂だったとはいえ、聖女アルネの殺害に協力した彼女の親族を全員処罰しなければならないからだ。

 サブリナの家族は、父と母と弟がいる。

『きっと、どこかに潜伏しているはずだ。アルネを殺そうとした罪を償わせてやる』

 頭の中に浮かんだ映像はこれが全てだ。



 ……ああ、なんてことなの。

「サブリナ!?大丈夫か?」

 父が不安な表情で私に駆け寄る。
 父の顔を見ながら、私はある事に気がついた。

 本の中の父の顔は人相が悪く、今の彼とは似ても似つかない。
 父親としての顔ではなくて、もっと別人のような顔だった。
 気がついてしまった。
 私は日本という国で生まれて育った前世の記憶がある。
 私が今生まれて育ったこの国は、本の中の世界だ。

 私は、ジークムントを愛するあまり、彼の愛する聖女アルネを殺そうとして殺された悪女に生まれ変わっていたのだ。

 私はその場に倒れて気絶した。
 そこからの記憶がほとんどない。

 私の意識が戻る頃には、予想もしないとんでもない事態に陥っていた。


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