私のことは愛さなくても結構です

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世界一可愛い妹

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 ……姉が倒れた。

 姉の長年の憧れのジークムントとの縁談話が持ち込まれたその場で倒れたそうだ。

 その場に居合わせた父に聞いても、泡を吹くだけで何も答えることはなかった。

 そこからは、ずっと熱を出してベッドから出るどころか、意識が朦朧としている状態が続いている。

 姉は気の小さな人間だから、きっと長年の片思いの相手との縁談話に知恵熱でも出たのだろう。と、生暖かい目で見ていたが回復する気配が全くない。

 ……その状態が一ヶ月も続いているのだ。

 どうしたらいいものか、腕のいい医者に見せても、原因不明。精神面から来ている可能性が高い。と言われた。
 気の小さな姉ではあるが、知恵熱でずっと寝込んでいるのはなんだかおかしい。

 熱が下がって、あのヤロ……、いや、ジークムントと結婚したら毎日好きな男の顔を見て過ごすという拷問が待っている。

 拷問に姉のメンタルが持つのか心配だ。
 でも、それよりも早く元気になってほしい。
 元気のない姉の顔を見るのは私にとって生き地獄でしかない。
 
 姉のことが心配で毎日顔を見にいくけれど、ずっと苦しげな顔で魘されていて見ているのが辛すぎる。
 それでも、声だけはかけていた。

 医者から、人は最後の最後まで耳が聞こえていると教えれられたからだ。

 家族の呼びかけで長い間意識不明だった患者の意識が戻ったケースもあるそうで、気長に声をかけてほしいと言われた。

『とにかく、声をかけてくださいね』

 私は医者の言いつけを通りにする。
 一秒でも早く姉の目が覚めてほしいから。
 
「お姉様」

 今日も、いつものように姉に声をかけていた。
 いつもなら、姉は何も言わずに唸っているけれど。
 今日はどこか違っていた。

「……嫌よ。私、殺されてしまう」

 かなり、物騒なことが姉の口から飛び出た。
 サスペンス物の本を読んで、人間怖い。と言ってしばらく私のベッドで寝ていた過去のある姉ではあるが。
 小説の夢を見ているにしては、なんだか、生々しい。

「イヤ……!貴方を愛さないから、殺さないで!」

 殺されるとはどういうことなのか、姉は何に怯えているのか。

「お姉様、誰に殺されるというんですか?」
「……」

 私の質問に姉は答えることはなかった。
 ただ、なんとなくだが、今回の縁談話が姉にとっては良くないものなのかもしれない。と、うっすらと考えるようになっていた。
 そして、姉にとってよくないものだというのなら、それは間違いなくそうなのだと思う。
 姉は……、うまく説明できないのだけれど、「野生のカン」というものが優れていて、過去に詐欺の被害に遭うところを未然に防いだことがあったのだ。
 他にも説明するには難しい。不思議なことが色々とあった。
 
 なんかよくわからん。胡散臭い聖なる力を持つ聖女や、同じようによくわからん胡散臭い聖なる力を持つ聖騎士がいるのだから、姉のような神秘的な力を持っている人がいてもおかしくはないだろう。
 
 ……それならば、サクッと縁談話は断るのが一番だ。
 断らないで姉が殺されてしまうのなら、断るべきだ。絶対に。
 姉には私よりも長生きしてくれないと困る。
 幸せな生涯を終えてくれないと絶対にダメだ。

 ……好きな相手との縁談話を勝手に断ってしまったら姉は悲しむかもしれないが、私という「世界一可愛い妹」が謝れば姉はきっと許してくれるはず。

 姉はいつだって可愛い妹を許してくれた。だから、今回も許してくれる。

 間違っても姉を奪われたくないから、こんなことを言い出すわけでない。
 私は早速行動に移す事にした。

「おい、親父」

 私は、執務室のドアを蹴って開けた。
 
「親父はやめて。せめてパパって」
「……ぁ?」

 17歳にもなって「パパ」は、痛い。
 言うわけがないだろう。と、やんわりと睨みつけると蛇に睨みつけられたカエルのように動かない。
 姉と私の気の小ささと繊細さは父から遺伝した物だと思う。

「あ、なんでもありません」

 父は、流石に悪いと思ったのか、「ごめんなさい」と、謝ってきた。
 正直、こいつの呼び方なんぞどうでもいい。
 それよりももっと重要な事がある。

「お姉様の婚約ってどうにかなりませんか?サクッと破棄とかできませんかね?向こうの有責で」

 考えてみたら、姉があんなふうになってしまったのは間違いなく縁談話のせいだ。
 向こうが悪いので、向こうが責任を取るべきではないか。

「……その件なんだけど」
「何か?」

 父はなにやら言いにくそうにしている。
 面倒だからさっさと言え。

「代わりにクラリス、君がしてくれないか?」
「はぁ!?」

 無茶苦茶な要求に私は思わず父の胸ぐらを掴んでいた。





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