私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら

文字の大きさ
6 / 63

忘れ去られた私

しおりを挟む
5

 どれだけ待たせる気なのか、ジークムントは戻る気配がない。
 それに、どれだけ周囲を見渡しても誰も通りかからないのだ。
 私は忘れ去られた存在なのか、このまま餓死にするかも知れない。

「アルネ嬢に何かあったって話してたけど」
 
 アルネお嬢様。とは、聖女の名前で、彼女はジークムントの兄のクラウスと婚約している。
 年齢は確か、姉と同い年の21歳だったはずだ。
 元はどこかの貴族の子女だったが、両親を亡くして叔父が家を引き継ぐことになり、「色々」とあったらしくバーナー家がお世話をしているようだ。
 バーナー公爵夫人とアルネの母が親友同士で、そうした面もあって家族同然として暮らしている。
 クラウスの強い希望もあって婚約者になったらしい。
 そして、バーナー家で幸せに暮らしていたアルネに、ある日不思議な現象が起こる。
 聖なる力に目覚めて聖女になったそうだ。
 その後の功績はわざわざ説明する必要もない。誰もが知っているのだから。
 凄いな。とは思う。感謝もしている。
 感謝はするが、必要以上に謙って卑屈になる必要もないと私は思うのだ。
 だから、私はジークムントをリスペクトを崇拝する気は全くない。
 気に入らないからそうするではない。

「あの噂本当なのかしら?」

 ジークムントは、アルネに恋をしている。という噂が社交界の一部である。
 幼少期から一緒に過ごしている事、同行者が何人もいるとはいえ瘴気を祓う旅に出ている事、かなり親そうに見える事。そのせいで二人は実は好き同士なのではないか。と言われているのだ。
 正直、意味がわからない。そんなに好きならアルネは今の婚約を解消してジークムントと婚約し直せばいいだけの話だ。
 それをしないということは、お互いにそんな気持ちがない。という意味だ。
 まあ、どちらかが片思いしているのなら話は変わってくるが。
 距離が近すぎる男と女は何かと勘違いされがちだと前に姉が話していた。
 本当に恋愛感情がない場合と、どちらかが恋心を募らせている場合もあるらしい。
 面倒だな。と、私は思う。
 恋愛感情がないならそれでいい。でも、好きなら好きでさっさと玉砕すればいいのに。と思うのだ。
 ズルズルと引きずるように関係を続けるのは、幸せな場所から自分を遠ざけているようなものだ。
 なんで、自分から不幸に片足を突っ込むのか、理解に苦しむ。

「……はあ」

 思わずため息が出た。
 待たされている時間が長すぎて、少し考えすぎてしまった。
 もし、ジークムントがアルネのことを好きだったとしてと、私にどうしろという話しになるので、本人が何か言い出すまでは何も言わないでおこう。

「寒いわぁ、寒すぎる」
 
 クソ寒い。私に死ねと言わんばかりの寒さだ。
 
 コートなどの防寒具など何一つ持っていない状況で、お茶を飲もうと考えるなんて他人のことを思いやるという能力がジークムントには欠落しているのだろうか。
 アルネもアルネだ。私とジークムントの顔合わせの日だと知っているのに、わざわざ使用人を使ってジークムントを呼び出す必要はあったのか。と思うのだ。
 嫌がらせなのか無自覚なのか、嫌がらせならタチが悪いし、無自覚なら救いのない人たちなので可哀想だ。

「……」

 どれだけ待ってもお茶すら運ばれてくる気配はない。
 私に飲まず食わずで死ねと言いたいのか。

「……」

 ジークムントは帰ってくる気配がない。
 陽が落ちてきて、少し暗くなってきた。
 彼は「待っていろ」とだけ言っていなくなった。
 正直、帰りたいのだが、向こうのほうが爵位が上で勝手に帰るのも礼儀に反している。
 だから我慢しているのだが。
 まあ、数時間も待たせている向こうのほうが礼儀知らずの恥知らずでしかないのだけれど。

「あら、まだいらしたのですか?」

 先ほど、というか、数時間前にジークムントに声をかけてきたメイドが掃除道具を持ってやってきた。
 しかも、まだ帰っていないのかと、言わんばかりにそう言われて流石に腹が立つ。
 ここで、腹を立てたところで無意味だと思い。私は言いたいことを飲み込んだ。

「ジークムント様は?」
「アルネお嬢様とお茶会をしています」

 まるで勝ち誇ったかのような顔でメイドはそう答えた。

「……は?」

 メイドはアルネがいるから、お前に入り込む隙などない。と言いたいのだろうか。
 ジークムントがアルネを好きだったとして、そんなのどうでもいいことだし私には関係のないことだ。
 だからどうした。好きにやってろ。と、言いたい気分だ。

「あの、そろそろ帰ったらどうですか?ジークムント様はここには戻ってきませんよ」

 メイドはバカにするように笑って、私に、しっしと手を振った。
 もう、色々と言ってやりたかったが、気力がない。疲れた。

「……何なんだ。あの態度」

 私は帰り道をトボトボと歩きながら、帰ったら絶対に抗議の手紙を送ってやると心に誓った。

 しかし、それはできなかった。

 寒空の下で何時間も待ったせいなのか、その日の夜に私は熱を出したのだ。
しおりを挟む
感想 129

あなたにおすすめの小説

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アイラは、婚約者であるオリバー王子との穏やかな日々を送っていた。 ある日、突然オリバーが泣き崩れ、彼の幼馴染である男爵令嬢ローズが余命一年であることを告げる。 オリバーは涙ながらに、ローズに最後まで寄り添いたいと懇願し、婚約破棄とアイラが公爵家当主の父に譲り受けた別荘を譲ってくれないかと頼まれた。公爵家の父の想いを引き継いだ大切なものなのに。 「アイラは幸せだからいいだろ? ローズが可哀想だから譲ってほしい」 別荘はローズが気に入ったのが理由で、二人で住むつもりらしい。 身勝手な要求にアイラは呆れる。 ※物語が進むにつれて、少しだけ不思議な力や魔法ファンタジーが顔をのぞかせるかもしれません。

もうあなた達を愛する心はありません

佐藤 美奈
恋愛
セラフィーナ・リヒテンベルクは、公爵家の長女として王立学園の寮で生活している。ある午後、届いた手紙が彼女の世界を揺るがす。 差出人は兄ジョージで、内容は母イリスが兄の妻エレーヌをいびっているというものだった。最初は信じられなかったが、手紙の中で兄は母の嫉妬に苦しむエレーヌを心配し、セラフィーナに助けを求めていた。 理知的で優しい公爵夫人の母が信じられなかったが、兄の必死な頼みに胸が痛む。 セラフィーナは、一年ぶりに実家に帰ると、母が物置に閉じ込められていた。幸せだった家族の日常が壊れていく。魔法やファンタジー異世界系は、途中からあるかもしれません。

処理中です...