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ハゲのサラブレッド

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 夜会当日、クラウスがエスコートにやってきた。
 ブラウンの髪の毛が落ち着いていて、ジークムントと同じ青い瞳が優しく私を見ていた。
 家族以外の人からエスコートされた経験がないので、少しだけ緊張したが「大丈夫だよ」と言ってくれたので、私が何かしたとしても彼が尻拭いをしてくれると取っておくことにした。

 何人かと挨拶をしたが、わりと好意的でよかった。
 ただ、何人かから敵意のある視線を向けられて困っていた。
 直接攻撃的なことを言ってくれるなら叩きのめすのだが、それがないなら自分から喧嘩をふっかけるのはなんか違う。
 だが、一人だけ私に声をかけてきた。
 
「なぜ、没落した家の娘がクラウス様のエスコートを受けているんですか?どうやって取り入ったのか知りませんけど、みっともない。王位継承権も返上したらどうです?」

 また聞いた。没落というワード。
 いい加減にして欲しい。
 なぜこんなにもうちが没落したという話が出回っているのか。
 みんなが勘違いする呪いでもあるのだろうか。
 
「うち没落なんてしてませんけど」
「え?」

 没落していない。と、きっぱりと否定すると、「嘘」と驚いている。
 
「君、少しお話ししようか?」

 クラウスがにっこりと笑った。
 こういう笑顔が実は一番怖いことを私は知っている。
 姉が怒る時、いつも、最初は笑顔なのだ。
 ……怒る前に笑う人はみんな怖い。

 そこからは、恐怖劇場だった。
 クラウスは、彼女を詰めたのだ笑顔で、怒っているなんて思わせない丁寧で優しい口調だが、絶対に許さないという気迫を感じた。
 怒りのスペシャリストだと思った。

「申し訳ありませんでしたっ!」

 最終的には謝罪された。
 よく聞くと、田舎に住んでいるらしく、私の家が没落しているという噂が流れたのと、クラウスに憧れていたらしく、つい言ってしまったようだ。
 クラウスに詰められる彼女を見て、私は怒ることができなくなった。

「……ジークムントに君のエスコートをさせなくて正解だったな」
「え?」

 クラウスの意外な言葉に私は驚いた。

「あいつなら激昂してかなり詰めてたと思うから、怖いだろう?大柄な男に詰められるのは」

 まあ、確かに怖いかもしれないが。
 絶対に人を襲わない。危害を加えない。とわかりきっている犬に吠えられても少し驚くが怖くはない。
 ……私が怖いのは……。

「私は貴方の方が怖いです」

 クラウスの方が怖かった。
 逃げ道を塞ぐ怒り方。あれをされたら泣く自信しかない。

「ジークとアルネを探そうか、一緒にいた方がいいから」

 そうだ。確かに。
 私たちは、ジークムントとアルネを探した。
 途中で父と兄とマミーに会ったが。
 なぜか、クラウスに「娘をくれぐれも、くれっぐれもよろしくお願いします」と頭を下げていた。
 まるで私が手のかかるやつみたいに。
 それにしても、ジジイババアが身体のどこかに抱える関節痛の爆弾のように、ある日突然爆発するような扱いをするはやめてほしい。
 
「ジーク」

 ジークムント達はすぐに見つかった。
 皇太子と話し込んでいたからだ。

「アホボン久しぶりだな」

 私は不敬なと気にせずに話しかけると、皇太子は、はぁ。とため息を吐いた。

「その名前で呼ぶのをやめろ」
「アホはアホだろ」
「おい!」

 アホを念押しすると流石に怒り出した。
 すぐに怒るなんて、この国の皇太子ジャスパーは気が短すぎるなのではないか。

「お姉様の婚約を勝手に決めやがって!アホだお前アホ!」
「俺がやったんじゃない!」
 
 まあ、確かにこいつが決めたわけではない。が、無罪ではない。

「お前の親父がやった事の責任はお前の頭の毛で取れ!」

 私が冗談で髪の毛を引っ張ろうとすると、皇太子は頭をガードした。

「やめろ!うちはハゲ家系なんだ!生きてるだけでハゲ散らかすわ!俺は王族で高貴な身分でもあるがハゲのサラブレッドなんだよ!」

 あ、本性が出た。

「で、殿下?」

 みんな、皇太子の言動に軽く引いている。

「あ、失礼」

 皇太子は、少し顔を赤くさせて謝った。
 威厳を保とうとしても無駄だ。無駄。

「取り繕ってもアホはアホだろ」
「もう黙ってろ!……あのさ、でも、今回の縁談の件は悪かったよ。現在進行形でごめん」

 普段絶対に謝らない男がこんなにも謝罪のオンパレードだなんて、今から血の雨でも降るのだろうか。



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