私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら

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 押し出される感覚と共に、私は本来いる場所に戻って来た。

「……クラリス?」

 ジークムントに抱き上げられていた私は、いつの間にか地面の上に立っていた。
 ジークムントは、突然消えた私に戸惑った様子で見下ろしていた。

「……ありがとう、協力してくれて」

 色々と聞きたいのだと思う。けれど、何も聞かない。
 聞かれたら私が困るから。

「行こう」
「うん」

 ジークムントに言われるまま、私たちは帰ろうとした。
 すると、「にゃー」と鳴き声と共に猫が私の腕の中に飛び込んできた。
 魔女だ。ついてくると話していたのにすっかりと忘れていた。

「猫?」
「連れて帰る。名前は、さくら。にする」

 さくら。私の姉が好きな花の名前だ。見たことはないけれど。きっと可愛い花なのだと思う。
 なぜなら、姉が私のことを可愛い。と言うから。

「僕の屋敷に行こう」
「わかった」

 ジークムントに手を握られて、私たちは彼の屋敷へと向かった。
 
 どうでもいい話なのだが、この後、聖騎士ジークムントが相思相愛の婚約者をお姫様抱っこして街中を大はしゃぎで走り回っていた。という噂が広がった。

 屋敷に到着すると宝石商が待っていた。
 クラウスとアルネが宝石を見ていて、私を見つけるなり「早くおいで」とクラウスが声をかけて来た。

「クラリスどれがいい?」

 ジークムントがなぜか私にそう言って来た。
 
「えっと、何で宝石なんか見るんだ?」
「ジークムントが君に買いたいからだよ」

 クラウスがなぜか笑って教えてくれた。

「いや、悪いって、いらないよ」

 書面上での夫婦だが、それでも、買ってもらうのは悪い気がする。
 固辞しようとすると、クラウスがまた口を開く。
 
「……聞いてあげなよ。可愛い男心なんだから」

 笑っているが圧を感じる。
 聞かないとダメなやつだ。

「ありがとう」

 ジークムントにお礼を言うと、少しだけ顔を赤らめて嬉しそうに微笑む。
 そ、そんなに喜ぶなら、買ってもらうしかない気がする。
 彼も彼なりに悔いがないようにして旅に出たいのだと思う。
 それなら、それに応えるのが一番いいことだ。

 私は、たくさんある宝石を見ることにした。
 さくらは、本質的に人なので私の膝の上で静かに眠っている。
 まだネックレスなどには加工されていない。

 一つだけ目に留まったものがあった。
 それは、ジークムントと同じ南国の海の色をしている宝石だ。
 その横に、私の髪の毛の色と同じローズクォーツがある。
 並んでいて私たちのようだ。
 
「これか?」

 私がそれをじっと見ているのに気がついたジークムントは、すぐに宝石商に「それをとってほしい」と声をかけた。

「ブルーダイアモンドですよ」

 宝石商の説明に、私は「これって、結構高いのではないのか?」と不安になった。
 そんなもの買わせるわけにはいかない。
 断って他の宝石にしよう。

「いいんじゃないか?指輪にいいかもな」

 けれど、ジークムントは嬉しそうにそんな事を言い出す。

「まあ、素敵ね。心を通わせた婚約者同士みたいだわ。でも、強請るには高価すぎないかしら?」

 そこに、茶々を入れるようにアルネが反応した。
 その物言い。なんだか嫌な言い方だ。
 前の私なら、そうだな。と反応したけれど、ジークムントの寄り添おうとする努力を蔑ろにするような事など今は言えるわけがない。

「いや、ほしいわけじゃない」

 私が、欲しくない。と否定するとアルネがわざわざ私の隣へと座りこう囁く。

「あからさまに見ておいて、そんなつもりじゃないって事はないわよ。浅ましい」
「……」

 私のことが気に入らない。と、言わんばかりだ。
 だけど、少し気持ちもわかる。

『アイツ君のこと嫌いだね』

 さくらが、こそりと言った。

「わざわざ言わなくても。わかってる」
『言い返さないのか?』
「危ないところに行くからピリピリしてるんだろ。怒ったら自分が大人気なくなる」

 誰だって危険なところに行くのは不安だ。
 アルネもきっとそうなのだと思う。
 ジークムントが、自分が死ぬかもしれないから、と、財産を私に残すために結婚を急いでくれたのと同じで、アルネも不安なんだと思う。
 だから、私に突っかかってくるのだ。
 前は、余裕そうに突っかかって来たけれど、今は余裕がなくて見ていて痛々しいくらいだ。
 
『たまに思慮深いよね。君』
「黙れ」

 たまにとは何だ。たまにとは。
 私はいつだって慈悲深く思慮深いというのに。

「ねぇ、クラウス。旅が終わったら私たちも結婚するじゃない。だから、私も指輪が欲しいわ」

 アルネがクラウスの隣に座ると、彼の腕に抱きついて甘えた声で強請りだした。
 何だろうな。不安な気持ちもわかるが、お前はあからさまなのどうなのかと思う。
 そもそも、私は何も強請っていない。

 
 
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