私のことは愛さなくても結構です

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 旅立ちの日。
 私は何と声をかけたらいいのかわからかった。
 死ぬな。なんて言った自分が不安になるし。
 優しい言葉をかけるのもなんだか無理だ。
 しおらしく「待ってる」なんて、言ったらその瞬間に恥ずかしくて死ぬ。
 
「おい、気をつけて行けよ」
「ああ」

 驚くほどのぶっきらぼうさに、自分自身に絶望する。
 ジークムントは、可愛げのない私の言葉に微笑むだけだ。

「変なもん食って腹壊すなよ」
「ああ」

 ジークムントは子供か。
 いや、もっとマシなこと言えないのか、甘い空気になるような言葉とか。

「……ジークって呼んでいいか?」

 距離感の取り方がわからない友達かよ……!
 なんかないのかよ。ちょっと酷すぎる。
 世界中探しても死地に行く夫に、そんな事言う奴なんていない。

「……うん、嬉しい」

 ジークムントは、妻として最低のその下の下の下くらいの私の言葉に喜んでいた。
 本当にこいつは……!

「本当に気をつけて行けよ。絶対に帰ってこい。待ってるから」

 それ以上言う言葉が見つからなくて、私は苦し紛れにジークムントに抱きついて頬に口付けをした。
 おお!っとどよめきが起こり。ジークムントは無言で固まっている。
 
「……っ」

 それから、すぐにホールドされるように私の身体は大きな腕に包まれた。

「……絶対に帰ってくるから」

 初めて出会った時、ジークムントのことを信用できないと思った。
 だけど、今回は信用したい。信用する。

「信じてるから」

 しばらく抱きしめられると、ゆっくりと私は地面へと降ろされた。

 視界の端にアルネが見えた。
 声をかけるべきではない。と、思ったけれど。でも、どうしても声をかけたかった。

「アルネ、お前も気をつけて行けよ」
「私、アンタに嫌なことしたし、嫌いなの知ってるでしょ?何で声をかけてくるのよ」

 嫌い。とはっきりと言われて、悲しくはなかった。傷ついてもいなかった。
 嫌いな相手すらもアルネは救わないといけないのか。と、思うと何だか不憫にすら感じて来たのだ。

「何だよ。許すつもりはないからな、お前のこと嫌いだし、でも、死んでくれとか思わねぇよ。絶対に元気で帰ってこいよ!帰ってこなかったらしばくからな!」

 嫌いだからこそ言える暴言なのかもしれない。
 でも、死んで欲しい。とか、苦しめ。とは、思えない。
 
「……神聖力もないくせに、なんて偉そうなの」

 アルネは、怒りを含ませて嫌味っぽくそう言った。

「黙れよ。私だってお前みたいになりたかったよ!このアホ助けてやりたいし、お前だってずっと苦しんでて、助けたかった」

 傲慢だとは思いつつも、私はアルネのことが凄く羨ましかったのだと気がついた。
 神聖力さえあれば、ジークムントやアルネも助けられた。

「私のこと嫌いなんでしょ」

 アルネは何を言っているんだ。と言わんばかりの表情で私を見る。
 私の方が何を言っているのかわからない。
 嫌いな私すらも助けるために旅に出るアルネだって同じじゃないか。
 それでも、私は何もできない。

「……嫌いでも、そいつを見捨てるほど良心は捨ててない。私は何もできないけどな!お前だってそうだろ!」

 アルネは、目を見開いて驚いた顔をした。
 そして、初めて笑った。ように見えた。
 いつも、慈愛に満ちたような微笑みを浮かべている人という印象を周囲には持たれていたけれど。
 本当の意味で笑ったところを初めて見た気がする。

「はははっ、そんなふうに言われるとは思ってなかった。そうね。確かにそうかもしれないわ。人としての良心を捨てなくてよかった」

 アルネはひとしきり笑った後に、清々しい顔でそんなことを言う。

「帰ったら大切な話があるわ。それと、許さなくていいから私が貴女にした悪いことを聞いて欲しい」

 何だろうな。この感じ。とても、嫌な予感がするのだ。
 それを人は何と言うのか。お姉様から教えられたその単語はそれだ。
 
「……やめろよ。その死亡フラグ」

「アンタね!本当に嫌なやつね。サブリナの方がよかったわ」
「お姉様のこと知ってるの?」

 アルネの口から姉の名前が出て来て驚く。
 面識がなさそうな気がするのだが。
 
「知ってるわよ。それはもうね」
「面識ないと思うんだけど」
「あぁ、もう!帰って来たら全部話すから!私の話ちゃんと信じなさいよ!」

 どんな話があるというのか。

「クラリス、ジークは誠実よ。私が何度も粉をかけても全く、それはもう、全く反応なんてしなかったんだから。だから、安心してね」

 アルネは私の耳元で囁いてどこかに行ってしまった。

「ジーク、アルネのことを頼んだぞ」

 正直なところ一番心配なのはアルネだったりする。
 本来なら親睦を深めるべき相手と全くそういうことができていないから。
 
「何だろう。凄く嫉妬するんだが」
「おい、やめろよガキじゃないんだから」

 子供じみた嫉妬心を向けるジークムントに、私は持っていたローズクォーツのブローチを手渡す。

「……」

「これやる。でも、もしも、これが命取りになるなら、見捨てても無くしてもいい。壊れてもいいから」

 ジークムントのことだからこれのせいで、怪我をしないか心配ではある。

「ありがとう。大切にする」

 ジークムントは、ちゅっと音を立てて私の唇に唇を合わせた。
 つまり、実質的に口付けだ。
 周囲を見ると、一斉にみんな目を逸らした。
 顔が熱くなってきた。

「おまっ、最悪!早く行け!」

 まさか、こんなタイミングでキスされるとは思ってもいなかったのでめちゃくちゃ驚いた。
 私はジークムントの腕の中から逃げると、彼の長い脚に蹴りを入れようとする。
 しかし、ジークムントは華麗に避けてしまう。

「何やってるんだアイツら」

 死んだ目をした仲間たちの声を聞きながら、締まりのないお別れの挨拶になってしまった。
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