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不思議な人
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不思議な人
クラリスに頼まれた通り街へと向かった。
今回は逸れないように彼女の手を繋ぐが、嫌がる素振りがないので少しだけ安堵した。
しばらく周囲を見ながら歩いていると、唐突にクラリスは、「あっ、いた!」と大きな声を出して走り出した。
「クラリス!」
慌てて追いかけるが、すぐに追いついてしまう。
クラリスに追いつくとある恐ろしい事実に気がつく。
走るのが遅すぎる……。
口が達者だから、運動神経もいいものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
考えてみれば貴族の令嬢なのだから当然だ。
僕はクラリスのことをなんだと思っていたんだ。
アルネよりも体力がないような気がする。
「本当に申し訳ないんだけど、君一人で走るよりも君を抱えて走った方が速い」
「……!」
クラリスは僕の指摘に、恥ずかしそうな顔をした。
嫌がるかと思ったが、そんなことはなくすぐに返事をした。
「じゃあ、頼む。そこにいる黒髪で浅黒い肌をした女を追いかけて」
クラリスは、誰もいないところを指差してそんなことを言い出した。
彼女には何か見えているのかもしれない。
しかし、僕には何も見えない。
「え?」
僕が戸惑っていると、クラリスは明らかに失望した顔になった。
僕は申し訳なくなったが、クラリスはすぐに考えを変えたようだ。
「見えないのか……、じゃあ、私が指差す方向に向かって走って!」
「わかった」
クラリスは虚空を指差す。
本当にいるのかと疑いそうになる。だが、僕はそこに向かって走っていく。
それしかできないから。
「おい、待て!」
クラリスはやはり何か見えてるようだ。
しかし、僕には何も見えない。
本当にそれがもどかしくて。
「捕まえた!」
クラリスが何かを掴む素振りを見せた瞬間。
彼女は僕の腕の中から煙のように消えてしまった。
「クラリス?」
クラリスが消えた。
前回、はぐれたのもきっと同じような状況だったのかもしれない。
不思議とあの時とは違い。不安はなかった。
なぜがわからないが、彼女がケロッとした顔で戻ってきそうな気がしたから。
「おい、にいちゃん!」
突然声をかけられて、僕は顔を上げた。
そこには、見覚えのある顔があった。
先日お世話になった人だ。
「あの時の」
「またはぐれたのか?」
男性は、苦笑いだ。
あの時は不安でいっぱいだったけれど、今はそこまで不安ではない。
「すぐに戻ってくると思います」
「じゃあ、飯でも食うか?」
僕がそう言い切ると、男性は快活そうに笑った。
「はい」
「それにしても、あの子をお姫様抱っこして走り回るなんてよほど好きなんだな」
出されたお茶を口に含むなりそう言われたので、僕は思いっきり咳き込んだ。
「ゴホッ、ゴホッ!」
咳き込みながら、急に恥ずかしくなってきた。
「み、見てたんですか?」
「まあな、ところで名前は?」
名前を聞かれて、名乗るべきかやめようか悩む。
自慢ではないが、僕の名前を知らない人はいない。
でも、親切にしてくれた彼には誠実でありたい。
「ジークムントです」
「……、聖騎士様と同じ名前か、ん?その見た目、もしかして」
男性は、僕の顔をじいっと見て、それからすぐに目を見開いた。
「はい、そうです」
僕が、そうだ。と頷くと途端に破顔した。
「いやぁ、ありがとうな!本当に感謝してるんだ」
言いながら背中をバシバシと思い切り叩かれた。
当たり前のことをしたと僕は思っている。それでも、感謝されるのはとても嬉しかった。
しばらく話し僕たちは別れた。
クラリスと離れた場所に戻ると彼女の姿が見えた。
その腕の中には、可愛らしい白い猫がいた。
名前は「さくら」とつけたようだ。
名前の由来を聞くと、見たこともないけれど、どこかに咲くクラリスの髪の毛と同じ色の花の名前から取ったそうだ。
彼女はなぜ、知らないものを知っているのだろう。
なぜ消えてしまったのだろう。
その間に何があったのだろう。
……なぜ僕には何も話さないのだろうか。
それでも、何も言わないことがクラリスにとって「良いこと」なら聞くべきではない。
僕にできるのは待つことだけだ。
その日が来るまで。
僕はそんな人を好きになってしまったから。
クラリスに頼まれた通り街へと向かった。
今回は逸れないように彼女の手を繋ぐが、嫌がる素振りがないので少しだけ安堵した。
しばらく周囲を見ながら歩いていると、唐突にクラリスは、「あっ、いた!」と大きな声を出して走り出した。
「クラリス!」
慌てて追いかけるが、すぐに追いついてしまう。
クラリスに追いつくとある恐ろしい事実に気がつく。
走るのが遅すぎる……。
口が達者だから、運動神経もいいものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
考えてみれば貴族の令嬢なのだから当然だ。
僕はクラリスのことをなんだと思っていたんだ。
アルネよりも体力がないような気がする。
「本当に申し訳ないんだけど、君一人で走るよりも君を抱えて走った方が速い」
「……!」
クラリスは僕の指摘に、恥ずかしそうな顔をした。
嫌がるかと思ったが、そんなことはなくすぐに返事をした。
「じゃあ、頼む。そこにいる黒髪で浅黒い肌をした女を追いかけて」
クラリスは、誰もいないところを指差してそんなことを言い出した。
彼女には何か見えているのかもしれない。
しかし、僕には何も見えない。
「え?」
僕が戸惑っていると、クラリスは明らかに失望した顔になった。
僕は申し訳なくなったが、クラリスはすぐに考えを変えたようだ。
「見えないのか……、じゃあ、私が指差す方向に向かって走って!」
「わかった」
クラリスは虚空を指差す。
本当にいるのかと疑いそうになる。だが、僕はそこに向かって走っていく。
それしかできないから。
「おい、待て!」
クラリスはやはり何か見えてるようだ。
しかし、僕には何も見えない。
本当にそれがもどかしくて。
「捕まえた!」
クラリスが何かを掴む素振りを見せた瞬間。
彼女は僕の腕の中から煙のように消えてしまった。
「クラリス?」
クラリスが消えた。
前回、はぐれたのもきっと同じような状況だったのかもしれない。
不思議とあの時とは違い。不安はなかった。
なぜがわからないが、彼女がケロッとした顔で戻ってきそうな気がしたから。
「おい、にいちゃん!」
突然声をかけられて、僕は顔を上げた。
そこには、見覚えのある顔があった。
先日お世話になった人だ。
「あの時の」
「またはぐれたのか?」
男性は、苦笑いだ。
あの時は不安でいっぱいだったけれど、今はそこまで不安ではない。
「すぐに戻ってくると思います」
「じゃあ、飯でも食うか?」
僕がそう言い切ると、男性は快活そうに笑った。
「はい」
「それにしても、あの子をお姫様抱っこして走り回るなんてよほど好きなんだな」
出されたお茶を口に含むなりそう言われたので、僕は思いっきり咳き込んだ。
「ゴホッ、ゴホッ!」
咳き込みながら、急に恥ずかしくなってきた。
「み、見てたんですか?」
「まあな、ところで名前は?」
名前を聞かれて、名乗るべきかやめようか悩む。
自慢ではないが、僕の名前を知らない人はいない。
でも、親切にしてくれた彼には誠実でありたい。
「ジークムントです」
「……、聖騎士様と同じ名前か、ん?その見た目、もしかして」
男性は、僕の顔をじいっと見て、それからすぐに目を見開いた。
「はい、そうです」
僕が、そうだ。と頷くと途端に破顔した。
「いやぁ、ありがとうな!本当に感謝してるんだ」
言いながら背中をバシバシと思い切り叩かれた。
当たり前のことをしたと僕は思っている。それでも、感謝されるのはとても嬉しかった。
しばらく話し僕たちは別れた。
クラリスと離れた場所に戻ると彼女の姿が見えた。
その腕の中には、可愛らしい白い猫がいた。
名前は「さくら」とつけたようだ。
名前の由来を聞くと、見たこともないけれど、どこかに咲くクラリスの髪の毛と同じ色の花の名前から取ったそうだ。
彼女はなぜ、知らないものを知っているのだろう。
なぜ消えてしまったのだろう。
その間に何があったのだろう。
……なぜ僕には何も話さないのだろうか。
それでも、何も言わないことがクラリスにとって「良いこと」なら聞くべきではない。
僕にできるのは待つことだけだ。
その日が来るまで。
僕はそんな人を好きになってしまったから。
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