私のことは愛さなくても結構です

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頼み事

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頼み事

 帰ろう。と、声をかけて屋敷に帰ると。
 クラウスとアルネがなぜか宝石を見ていて、クラリスを見るなり、「早くおいで」と声をかけてきた。
 なぜ二人がここにいるのかわからないが、出ていけ。と言っても二人とも居座る雰囲気を出していた。
 仕方ない。
 そう自分に言い聞かせて、僕はクラリスに声をかけた。

「クラリスどれがいい?」

 クラリスは、予想もしていなかったせいもあってかなり戸惑っている様子だ。
 
「えっと、何で宝石なんか見るんだ?」

 その口ぶりから買ってもらうつもりなど全くなさそうに見える。
 断られそうだな。どう声をかけたらいいだろうか。
 
「ジークムントが君に買いたいからだよ」

 クラウスがすぐさま僕の助け舟を出してくれる。
 ……ありがとう兄さん!
 僕は心の中で兄にお礼を言った。
 しかし、クラリスはすぐに「いらない」と言って断ってきた。
 
「……聞いてあげなよ。可愛い男心なんだから」

 クラウスの笑顔の圧に屈したのかクラリスは、なんとか承諾してくれた。
 僕はそれが嬉しくて思わず笑みが出た。
 初対面の大失敗のせいで、彼女が嫌がることや断りそうなことを強要するのはどうしてもできなかった。
 兄のアシストのおかげで、彼女にちゃんと遺る物をプレゼントできるのはとても嬉しかった。

 もしも、僕が死に彼女が誰かを愛し再婚したとしても、義理堅いクラリスの事だから、僕からのプレゼントを処分する事はしないだろう。
 
 そういう少女だから。

 クラリスの方を見るとある一点に視線を向けていた。

 そこにあったのは、ローズクォーツとブルーダイアモンドだ。
 クラリスのことだから、姉のサブリナと同じ赤い色の宝石を手に取る物だと思っていた。

「これか?」

 僕はブルーダイアモンドを手に取る。

「ブルーダイアモンドですよ」

 僕の瞳の色と同じ宝石を手に取ってくれるなんて、こんなにも嬉しいことなんてない。

「いいんじゃないか?指輪にいいかもな」

 言いながら、指輪は彼女にとって重たい。かもしれないと思った。
 まるで僕の執着心を送りつけるように取られてしまわないかと心配になってきた。
 クラリスの顔を見ると戸惑って困っているように見えた。

 やっぱりブローチに変えてもらおう。

「まあ、素敵ね。心を通わせた婚約者同士みたいだわ。でも、強請るには高価すぎないかしら?」

 そこに、茶々を入れるようにアルネが反応した。
 こんなことを言われたら、クラリスが困るに決まっている。
 ブローチすらいらないと言われそうだ。

「いや、ほしいわけじゃない」

 クラリスがきっぱりと否定すると、アルネはそれを鼻で笑った。

「あからさまに見ておいて、そんなつもりじゃないって事はないわよ。浅ましい」
「……」

 クラリスが何も言えずに黙っていると、アルネは事もあろうにとんでもない事を言い出す。
 
「ねぇ、クラウス。旅が終わったら私たちも結婚するじゃない。だから、私も指輪が欲しいわ」

 アルネがクラウスの隣に座ると、彼の腕に抱きついて甘えた声で強請りだしたのだ。
 それは横取りでしかない。

「アルネ。やめるんだ」

 いつもアルネには甘いクラウスが珍しく怒りを露わにさせた。

「ジークムントが買うのだから、あの子が買うわけじゃないわ。私もこの石の指輪が欲しいわ」

 あまりにも酷い言い分に、僕は言葉を失う。
 いい加減にしろ。そう言おうと口を開くと、クラリスがそれよりも先に反応した。

「……やっぱり、これ買ってもらう。ジークムント、高いけどいいか?本当にいいか?」

 とても気が引けるような頼み方。
 さりげなく名前を呼ばれて嬉しい。
 僕は、こんなにも可愛らしい人を益々手放したくなくなってしまう。
 どうしようもない想いを送りつけてしまうことになってしまうが、どうか受け止めてほしい。

「もちろん。これ売ったら一生働かなくても大丈夫だから」

 彼女のことだから、絶対に指輪を売るような事はしないはずだ。
 もし、売ってしまったとしても僕はそれで彼女が助かるのなら本望だ。

「なんでよ、おかしいわ。ジークは弟なのになんで兄嫁の私よりもいいものをあの子に買ってあげるのよ!おかしいわ」

 アルネは、彼女の性格からは信じられないような言い分を口に出す。
 やはり、あの時に瘴気に触れてしまっていたのだろう。
 こんなにも精神を不安定にさせてしまうなんて。

「なぜ、私たちは結婚できないのよ。ジークの方が先に結婚するのよ!」

 アルネの不満が爆発した。
 ただ、彼女の帰ってきてからの行動を考えるとクラウスがそうしたくなる理由もわかる気がする。
 あまりにも身勝手で、反省すらしない。

「……アルネ、旅から戻って落ち着いたら、結婚について大切な話があるからそれまでは待てるかい?」

 クラウスは、癇癪を起こす子供に言って聞かせるように優しくアルネに声をかけた。

「私はブルーダイヤモンドが欲しかったのに……」

 アルネは、静かに泣き出した。
 欲しいものを手に入れるためなら、本当に手を替え品を替えだ。
 ……僕はこんな人が好きだったのか。
 いや、考えてみれば旅に出る前からこういった面はどこかであった気がする。
 みんなが彼女のために先回りして色々としていたから、気が付かなかっただけだったのだ。

「アルネ、いい加減にしたらどうだ」

 僕はアルネを叱責すると、アルネはなぜ味方をしてくれないのかと言わんばかりに僕を見てきた。

「君がやっていることは、とても低俗で大人気ない」
「酷い……!」

 アルネは、涙をハラハラとこぼしながら走り去っていった。

「兄さん、ごめん。耐えきれなかった」

 本当に申し訳なくて僕は兄に謝った。
 
「いや、いいよ。僕も同じことをされたら間違いなく怒っていたと思うから、僕の方こそごめん。止めればよかった。実は旅を終えたら彼女との今後を話し合おうかと考えているんだ」

 やはりそうだったのか。
 兄の最近の行動を見ていると納得した。

 兄のことだから、アルネと寄り添うつもりなのだろう。
 旅から戻ってきたら、公爵になるのは延期してアルネとしばらく療養するのかもしれない。
 

 
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