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旅立ち
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旅立ち
そして迎えた。旅立ちの日。
僕は何と声をかけたらいいのかわからなかった。
生きて帰ってくるなんて不確実な事を言い切れなかった。
そんな事を言ったら無責任な僕に彼女は腹を立てるに決まっている。
「おい、気をつけて行けよ」
ぶっきらぼうだが、僕のことを心から心配しているのが伝わってくる。
「ああ」
返事をするとクラリスは涙を滲ませ、それを隠すように上を向いた。
「変なもん食って腹壊すなよ」
僕を子供扱いしているというよりも、心配で何が言いたいけれどそれが上手に言えないのだろう。
本当に不器用な子だ。
「ああ」
また泣き出しそうな顔をした。
最近は、クラリスは屈託なく笑うことがなくなった気がする。
笑うことはあるけれど、気を遣って笑っているのが見て取れるのだ。
笑顔が見たいのにそれができない。それはとても寂しいことだ。
最初は心配されたことが嬉しかったけれど、最近では彼女には幸せになって欲しい。という気持ちが強い。
「……ジークって呼んでいいか?」
ぽつりと聞かれた質問に、僕は嬉しくなる。
お前。から、いつのまにか名前で呼ばれるようになって、愛称で呼んでもいいか。と、聞いてくれるようになったのだから。
「……うん、嬉しい」
「本当に気をつけて行けよ。絶対に帰ってこい。待ってるから」
こんなにも嬉しい「待っている」という言葉はない。
「……!」
クラリスは唐突に僕に抱きついてきて頬に口付けをしてきた。
おお!っとどよめきが起こり。僕はあまりにも突然な事に思わず固まってしまった。
その唇の感触すらまともに感じる事ができなかった。
「……っ」
僕は彼女が離れていくのが嫌で思わず強く抱きしめてしまった。
「……絶対に帰ってくるから」
クラリスの耳元で囁く。
今まで信用されていなかったのに、ようやく信用してくれたのだ。
それに何がなんでも答えないといけない。
「信じてるから」
クラリスの鼻にかかった声に、僕の目頭は熱くなる。
本当に離したくない。それでも……。
僕はゆっくりとクラリをおろした。
「アルネ、お前も気をつけて行けよ」
クラリスはアルネに声をかけた。
しばらく二人は、喧嘩にも近い言い合いをしてアルネが笑い出した。
「はははっ、そんなふうに言われるとは思ってなかった。そうね。確かにそうかもしれないわ。人としての良心を捨てなくてよかった」
アルネはひとしきり笑った後に、清々しい顔でそんなことを言う。
僕はいままでアルネが声を出して笑ったところを初めて見た気がする。
「帰ったら大切な話があるわ。それと、許さなくていいから私が貴女にした悪いことを聞いて欲しい」
大切な話とはなんだろう。
謝るとか、そういう意味ではないような気がした。
『クラリス、ジークは誠実よ。私が何度も粉をかけても全く、それはもう、全く反応なんてしなかったんだから。だから、安心してね』
アルネがクラリスの耳元で囁くのが聞こえた。
やはり彼女はそのつもりで僕に声をかけていたようだ。
それでも、クラリスはさほど気にした様子もなかった。
僕を信用しているのか、そもそも男として見ていないのか、わからないけれど。
「ジーク、アルネのことを頼んだぞ」
……なんだろう。
彼女の優しさなのだと思うのだけれど、それでも、釈然としない気分だ。
その理由を考えてすぐに答えが出た。
僕はアルネ以下の存在なのだろうか。
「何だろう。凄く嫉妬するんだが」
「おい、やめろよガキじゃないんだから」
クラリスは言いながら、僕に何かを差し出してきた。
「これやる。でも、もしも、これが命取りになるなら、見捨てても無くしてもいい。壊れてもいいから」
それは、彼女の髪の毛と同じ色のローズクォーツのブローチだ。
僕のためにわざわざ用意してくれたのか。
初めて彼女からプレゼントをもらった。
今まで生きてきてこんなにも嬉しかった事なんてない。
「ありがとう。大切にする」
僕は衝動的にクラリスの唇を自分の唇で塞いでいた。
周りは空気を読んだのか、僕たちから目を逸らしていた。
「……」
クラリスはというと、顔に火がついたかのように真っ赤になっていた。
「おまっ、最悪!早く行け!」
クラリスは僕の腕の中からするりと抜け出ると、蹴りを入れようとした。
走るのが遅いくせに彼女の蹴りは地味に痛いので、僕は避けた。
「何やってるんだアイツら」
仲間たちが死んだ目をしている。
もう二度と会えないかもしれないのだからこれくらいは許して欲しい。
「じゃあな!」
クラリスは、それだけ言って今にも泣きそうな顔を堪えるように微笑んだ。
僕はそれだけを見て「帰ってくるよ」とだけ言って別れた。
「アンタ、子供になんて事をするのよ」
クラリス達の姿が見えなくなるなりアルネに声をかけられた。
「子供って、確かにまだ未成年だけど」
「そういうのに憧れとかあるお年頃でしょう?人前であんな事して、帰ってきた時に同じことをしたら幻滅されるわよ」
幻滅。というワードに僕は思わず固まってしまう。
「え」
「……うん、でも、あの子は色気よりも食い気の方が強そうよね」
「君は」
何をするつもりなんだ?と僕が言う前にアルネが口を開いた。
「……今度こそ、聖女としての責任をちゃんと果たすわ。前回の祓い方が悪くてこうなってしまったんだもの。ごめんなさい」
アルネが深々と頭を下げた。
こんなふうに彼女が謝るのを僕は初めて見た気がする。
「みんなも、ごめんなさい。また、危険に晒すような事になってしまって、もう一度力を貸して欲しいんです。お願いします」
その顔つきは、今までの彼女とは別人のものだった。
そして迎えた。旅立ちの日。
僕は何と声をかけたらいいのかわからなかった。
生きて帰ってくるなんて不確実な事を言い切れなかった。
そんな事を言ったら無責任な僕に彼女は腹を立てるに決まっている。
「おい、気をつけて行けよ」
ぶっきらぼうだが、僕のことを心から心配しているのが伝わってくる。
「ああ」
返事をするとクラリスは涙を滲ませ、それを隠すように上を向いた。
「変なもん食って腹壊すなよ」
僕を子供扱いしているというよりも、心配で何が言いたいけれどそれが上手に言えないのだろう。
本当に不器用な子だ。
「ああ」
また泣き出しそうな顔をした。
最近は、クラリスは屈託なく笑うことがなくなった気がする。
笑うことはあるけれど、気を遣って笑っているのが見て取れるのだ。
笑顔が見たいのにそれができない。それはとても寂しいことだ。
最初は心配されたことが嬉しかったけれど、最近では彼女には幸せになって欲しい。という気持ちが強い。
「……ジークって呼んでいいか?」
ぽつりと聞かれた質問に、僕は嬉しくなる。
お前。から、いつのまにか名前で呼ばれるようになって、愛称で呼んでもいいか。と、聞いてくれるようになったのだから。
「……うん、嬉しい」
「本当に気をつけて行けよ。絶対に帰ってこい。待ってるから」
こんなにも嬉しい「待っている」という言葉はない。
「……!」
クラリスは唐突に僕に抱きついてきて頬に口付けをしてきた。
おお!っとどよめきが起こり。僕はあまりにも突然な事に思わず固まってしまった。
その唇の感触すらまともに感じる事ができなかった。
「……っ」
僕は彼女が離れていくのが嫌で思わず強く抱きしめてしまった。
「……絶対に帰ってくるから」
クラリスの耳元で囁く。
今まで信用されていなかったのに、ようやく信用してくれたのだ。
それに何がなんでも答えないといけない。
「信じてるから」
クラリスの鼻にかかった声に、僕の目頭は熱くなる。
本当に離したくない。それでも……。
僕はゆっくりとクラリをおろした。
「アルネ、お前も気をつけて行けよ」
クラリスはアルネに声をかけた。
しばらく二人は、喧嘩にも近い言い合いをしてアルネが笑い出した。
「はははっ、そんなふうに言われるとは思ってなかった。そうね。確かにそうかもしれないわ。人としての良心を捨てなくてよかった」
アルネはひとしきり笑った後に、清々しい顔でそんなことを言う。
僕はいままでアルネが声を出して笑ったところを初めて見た気がする。
「帰ったら大切な話があるわ。それと、許さなくていいから私が貴女にした悪いことを聞いて欲しい」
大切な話とはなんだろう。
謝るとか、そういう意味ではないような気がした。
『クラリス、ジークは誠実よ。私が何度も粉をかけても全く、それはもう、全く反応なんてしなかったんだから。だから、安心してね』
アルネがクラリスの耳元で囁くのが聞こえた。
やはり彼女はそのつもりで僕に声をかけていたようだ。
それでも、クラリスはさほど気にした様子もなかった。
僕を信用しているのか、そもそも男として見ていないのか、わからないけれど。
「ジーク、アルネのことを頼んだぞ」
……なんだろう。
彼女の優しさなのだと思うのだけれど、それでも、釈然としない気分だ。
その理由を考えてすぐに答えが出た。
僕はアルネ以下の存在なのだろうか。
「何だろう。凄く嫉妬するんだが」
「おい、やめろよガキじゃないんだから」
クラリスは言いながら、僕に何かを差し出してきた。
「これやる。でも、もしも、これが命取りになるなら、見捨てても無くしてもいい。壊れてもいいから」
それは、彼女の髪の毛と同じ色のローズクォーツのブローチだ。
僕のためにわざわざ用意してくれたのか。
初めて彼女からプレゼントをもらった。
今まで生きてきてこんなにも嬉しかった事なんてない。
「ありがとう。大切にする」
僕は衝動的にクラリスの唇を自分の唇で塞いでいた。
周りは空気を読んだのか、僕たちから目を逸らしていた。
「……」
クラリスはというと、顔に火がついたかのように真っ赤になっていた。
「おまっ、最悪!早く行け!」
クラリスは僕の腕の中からするりと抜け出ると、蹴りを入れようとした。
走るのが遅いくせに彼女の蹴りは地味に痛いので、僕は避けた。
「何やってるんだアイツら」
仲間たちが死んだ目をしている。
もう二度と会えないかもしれないのだからこれくらいは許して欲しい。
「じゃあな!」
クラリスは、それだけ言って今にも泣きそうな顔を堪えるように微笑んだ。
僕はそれだけを見て「帰ってくるよ」とだけ言って別れた。
「アンタ、子供になんて事をするのよ」
クラリス達の姿が見えなくなるなりアルネに声をかけられた。
「子供って、確かにまだ未成年だけど」
「そういうのに憧れとかあるお年頃でしょう?人前であんな事して、帰ってきた時に同じことをしたら幻滅されるわよ」
幻滅。というワードに僕は思わず固まってしまう。
「え」
「……うん、でも、あの子は色気よりも食い気の方が強そうよね」
「君は」
何をするつもりなんだ?と僕が言う前にアルネが口を開いた。
「……今度こそ、聖女としての責任をちゃんと果たすわ。前回の祓い方が悪くてこうなってしまったんだもの。ごめんなさい」
アルネが深々と頭を下げた。
こんなふうに彼女が謝るのを僕は初めて見た気がする。
「みんなも、ごめんなさい。また、危険に晒すような事になってしまって、もう一度力を貸して欲しいんです。お願いします」
その顔つきは、今までの彼女とは別人のものだった。
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