英雄の番が名乗るまで

長野 雪

文字の大きさ
1 / 67

01.世界は救われた

しおりを挟む
――――その日、世界は救われた。

 五年前に突如始まった魔物の大侵攻は、平穏な営みを送るものたちを恐怖のどん底に突き落とした。
 原因が何なのかも分からない。それまでも魔物が人の生存圏を脅かすことは度々あったが、それも一つの群れが侵す程度、悪くても村落が地図から消えるぐらいの被害しかなかった。
 だが、五年前は何もかも違っていた。西の果てと呼ばれる荒野には、強力な魔物が住まうとされていたが、人が踏み入る理由もなく、そこから先は魔物と領域として区分けされていた。その西の果てから大量の魔物が東進してきたのだ。
 西の果てに接しているいくつかの国は壊滅し、いがみ合っていた人や亜人も手を取り合い、溢れるようにやってくる魔物を倒し、ほふり、切り捨て、殲滅せんめつし続けた。もちろん、人側の被害も大きく、各国から呼び寄せられた精鋭たちがいくつもその命を散らす結果となった。
 永遠に続くかと思われた魔物の侵攻ではあったが、いつの頃からかゆるゆると数が減り始め、今日この日、とうとう収束宣言がなされたのだった。

 最終的に最前線となったここシュルツの王城では、収束を祝う宴が開かれていた。前線で戦った英雄達を褒め称え、東の国々から送られた援助物資を余らせないようにとばかりに、馳走が並ぶ。宴には主催者であるシュルツの王族を筆頭に、前線で生き延びた英傑が思い思いの姿で談笑し、舌鼓を打っていた。

 英雄、英傑と呼ばれる中でも、特に活躍目覚ましかった五名は『救世の五英傑』と称され、宴の席だけでなく、危機からの解放を喜ぶ一般市民たちも賞賛の声を上げていた。ここぞとばかりに、吟遊詩人が即興で歌を紡いでいく。彼らの作った歌が、やがて大陸全土へと広がり、その勇姿は永遠に語り継がれるのであろう。
 一人はシュルツのすぐ東側にある人族の国セヴェルマーツの騎士。彼の操る槍は、一振りで何百もの魔物を屠った。
 一人は遠い東国、叡智の図書館と呼ばれる古代図書館を有するエルフの国サランナータの魔女。彼女の呼び出したいかずちは闇夜を照らし、うごめく魔物共を殲滅せんめつした。
 一人は西の果てに面していた亡国トゥミックの獣人将軍。愛馬に跨がり振るわれる長柄斧は疾風を巻き起こし、仇為す魔物を切り伏せた。
 一人は地下に住まうというドワーフの勇士。自ら作り上げた新種の火薬武器は、遠くの魔物を貫いた。
 そして最後の一人は大陸の中央に位置する竜人の国シドレンの第三王子。その膂力りょりょくはすさまじく、ハンマーで魔物をすり潰すだけでなく、自身の翼で空を駆け、魔物の中でも特に巨大な魔物を一人で絶命せしめた。

「フィル殿、フィル・リングルス殿!」

 振る舞われたワインを堪能していた青年が、呼びかけに応じて振り向いた。ここに集った人達の中でも頭1つ抜きん出て背が高く、彼を探すのは容易だったに違いない。だが、声を掛けるとなると別の障害が存在する。彼は竜人であり、肌にいくつも浮かび上がった白銀の鱗や頭から生える見事な角など、人間とは違う差異が宴の中でも彼を一人にしていた。

「これは、魔女殿ではないか」

 魔女殿、と呼ばれたのは、小柄な少女だった。故郷に戻るまでは、脱ぐ気はないと言っていた黒いローブには、同じ黒い糸でびっしりと魔法陣が縫い付けられている。これによって万が一の防御や魔力の底上げなどをしているという話だが、門外漢のフィルにはさっぱり分からなかった。

「そんな他人行儀な呼び方はいらないよ。戦場ではお互いに呼び捨てだったじゃない」
「だが、先に『殿』とくすぐったいものを付けたのはそちらだろう?」
「うー……、じゃぁ、フィル、アンタこれからどうするの?」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

千年に一度の美少女になったらしい

みな
恋愛
この世界の美的感覚は狂っていた... ✳︎完結した後も番外編を作れたら作っていきたい... ✳︎視点がころころ変わります...

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

処理中です...