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15.名乗らない
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(なんということだ! 俺は今まで番の名を呼んでいるつもりで、呼んでいなかった、だと!?)
(いや、名前を隠すのは自衛手段として正しいことだ。現に、そのおかげで従属の魔術から逃れられている)
(だが、知りたい! ユーリを、彼女と早く『番の誓約』を為したい! そうすればもっと近くに感じられるのに!)
表面上は何とか取り繕いながら、ぐるぐると考え込んでいたフィルだったが、焦るな、と自分に言い聞かせながら1つずつ謎を明かしていくことにした。できるだけユーリを不快にさせないよう順序を考える。
「名前を偽っていた理由を聞いてもいいだろうか」
「あの、偽るつもりはなかったんです。ただ、最初に名前を聞かれたときに、その……ここが違う世界だって信じたくなくて、ちょっと現実逃避をしてしまっていて」
申し訳ない、というよりも恥ずかしそうにユーリは答えた。
「以前、読んだ小説で似たような――異世界に転移してしまった主人公のことを思い出して、あの小説の『ユーリ』みたい、って呟いたのが、名前だと思われてしまったんです。その後、訂正する機会をうまく作れずに――――」
「今に至る、と」
はい、と頷くユーリは、再び「ごめんなさい」と謝罪を口にする。
「いや、真名を隠すことは一部の術士もやっていることだ。そこまで謝ることではない」
「そうなんですか?」
「あぁ、彼らにとっては自衛手段の一つだ。それに、ユーリが名前を偽っていたからこそ、シュルツの王に取り込まれずに済んでいる」
本当のところを言えば、シュルツの王に魔術を掛けられるより先にフィルの守護が効いていたはずなので、どちらにしろ被害はなかっただろう。だが、今は彼女の罪悪感を和らげることの方が優先事項だった。
「それで、その……本当の名前を聞いても?」
「それは……」
ユーリは迷うように視線を下に向けた。その迷い自体が、まだフィルを信用しきれていない証左のようで、彼の胸がずきりと痛む。
「すまない。あれだけ自衛になると説明しておいて、尋ねることでもなかったな」
「ごめんなさい。でも、話を聞いていたら、名前をこのまま偽っていた方がいいように思えて」
「あぁ、その慎重さは大事だ。俺もつい暴走してユーリの承諾を得ずに番の誓約をしてしまうかもしれない。このままの方がいいだろう」
「あのっ! ……その、フィルさんを信用していないわけじゃないんです。だって、得体の知れない私なんかに良くしてくれていますし、優しくて気配りもしてくれて――」
「分かっている。少なくとも偽名であることを教えてくれる程度には、信用してくれているのだろう?」
「……はい」
フィルの言葉に、ユーリはようやく安堵したようだった。少し腰を浮かせて弁明していたところを座り直し、冷めてしまったハーブティーを飲み干している。
そんな彼女を見ながら、フィルは長期戦で頑張ろうと心に決めた。
(それに、悪いことばかりじゃない)
フィルの言うことを鵜呑みにするのではなく、自分でちゃんと考えて結論を出そうとする姿に好感が持てた。番を持たない種族の中には、自分が獣人や竜人の番であることを知ると、まるでその相手を奴隷か何かのように錯覚するのか、我儘を言いたい放題になる者もいると聞いた。それを考えれば、思慮深いユーリが番だというのは随分と幸運なことだ。まぁ、万事を頼って貰えない寂しさはあるが。
「あの、『番の誓約』ってどういうものなんですか?」
異世界から来たことを告白したことで、遠慮が多少なくなったのだろう。こうして先程の会話の中で分からなかった言葉を素直に尋ねるのだから。常識の範囲内のことをあれこれ尋ねてしまえば、不信に思われると自重していたらしいし。
だが、正直なところ、まだフィルのことを「親切な人」程度にしか認識していないユーリに説明したくない単語でもあった。
「魔術の一種だ。簡単に言えば、番と共に生きることを誓うことだな。離れていても互いのいる方向や距離がおおまかに分かったり、相手がユーリのような人間なら、物理的な衝撃や魔術攻撃に耐性が……要は頑丈になる」
簡単な言葉を選んで説明すると、ユーリは「GPSに、防御力のバフか……」と呟いた。フィルには何のことかは分からないが、彼女のいた世界でも、似たようなものがあるのかもしれない。
なお、番の誓約をすることで、互いの寿命が均されることは意図的に説明を省いた。竜人は人間に比べ長命だ。番の誓約をすることで、フィルに引っ張られるように寿命が延びることを、ユーリがどう捉えるのか予想できなかったのだ。もし、「普通の人間と同じように一生を終えたい」と言われたらと思っただけで、フィルの胸がじくじくと痛んだ。
(いや、名前を隠すのは自衛手段として正しいことだ。現に、そのおかげで従属の魔術から逃れられている)
(だが、知りたい! ユーリを、彼女と早く『番の誓約』を為したい! そうすればもっと近くに感じられるのに!)
表面上は何とか取り繕いながら、ぐるぐると考え込んでいたフィルだったが、焦るな、と自分に言い聞かせながら1つずつ謎を明かしていくことにした。できるだけユーリを不快にさせないよう順序を考える。
「名前を偽っていた理由を聞いてもいいだろうか」
「あの、偽るつもりはなかったんです。ただ、最初に名前を聞かれたときに、その……ここが違う世界だって信じたくなくて、ちょっと現実逃避をしてしまっていて」
申し訳ない、というよりも恥ずかしそうにユーリは答えた。
「以前、読んだ小説で似たような――異世界に転移してしまった主人公のことを思い出して、あの小説の『ユーリ』みたい、って呟いたのが、名前だと思われてしまったんです。その後、訂正する機会をうまく作れずに――――」
「今に至る、と」
はい、と頷くユーリは、再び「ごめんなさい」と謝罪を口にする。
「いや、真名を隠すことは一部の術士もやっていることだ。そこまで謝ることではない」
「そうなんですか?」
「あぁ、彼らにとっては自衛手段の一つだ。それに、ユーリが名前を偽っていたからこそ、シュルツの王に取り込まれずに済んでいる」
本当のところを言えば、シュルツの王に魔術を掛けられるより先にフィルの守護が効いていたはずなので、どちらにしろ被害はなかっただろう。だが、今は彼女の罪悪感を和らげることの方が優先事項だった。
「それで、その……本当の名前を聞いても?」
「それは……」
ユーリは迷うように視線を下に向けた。その迷い自体が、まだフィルを信用しきれていない証左のようで、彼の胸がずきりと痛む。
「すまない。あれだけ自衛になると説明しておいて、尋ねることでもなかったな」
「ごめんなさい。でも、話を聞いていたら、名前をこのまま偽っていた方がいいように思えて」
「あぁ、その慎重さは大事だ。俺もつい暴走してユーリの承諾を得ずに番の誓約をしてしまうかもしれない。このままの方がいいだろう」
「あのっ! ……その、フィルさんを信用していないわけじゃないんです。だって、得体の知れない私なんかに良くしてくれていますし、優しくて気配りもしてくれて――」
「分かっている。少なくとも偽名であることを教えてくれる程度には、信用してくれているのだろう?」
「……はい」
フィルの言葉に、ユーリはようやく安堵したようだった。少し腰を浮かせて弁明していたところを座り直し、冷めてしまったハーブティーを飲み干している。
そんな彼女を見ながら、フィルは長期戦で頑張ろうと心に決めた。
(それに、悪いことばかりじゃない)
フィルの言うことを鵜呑みにするのではなく、自分でちゃんと考えて結論を出そうとする姿に好感が持てた。番を持たない種族の中には、自分が獣人や竜人の番であることを知ると、まるでその相手を奴隷か何かのように錯覚するのか、我儘を言いたい放題になる者もいると聞いた。それを考えれば、思慮深いユーリが番だというのは随分と幸運なことだ。まぁ、万事を頼って貰えない寂しさはあるが。
「あの、『番の誓約』ってどういうものなんですか?」
異世界から来たことを告白したことで、遠慮が多少なくなったのだろう。こうして先程の会話の中で分からなかった言葉を素直に尋ねるのだから。常識の範囲内のことをあれこれ尋ねてしまえば、不信に思われると自重していたらしいし。
だが、正直なところ、まだフィルのことを「親切な人」程度にしか認識していないユーリに説明したくない単語でもあった。
「魔術の一種だ。簡単に言えば、番と共に生きることを誓うことだな。離れていても互いのいる方向や距離がおおまかに分かったり、相手がユーリのような人間なら、物理的な衝撃や魔術攻撃に耐性が……要は頑丈になる」
簡単な言葉を選んで説明すると、ユーリは「GPSに、防御力のバフか……」と呟いた。フィルには何のことかは分からないが、彼女のいた世界でも、似たようなものがあるのかもしれない。
なお、番の誓約をすることで、互いの寿命が均されることは意図的に説明を省いた。竜人は人間に比べ長命だ。番の誓約をすることで、フィルに引っ張られるように寿命が延びることを、ユーリがどう捉えるのか予想できなかったのだ。もし、「普通の人間と同じように一生を終えたい」と言われたらと思っただけで、フィルの胸がじくじくと痛んだ。
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