3 / 9
03 苦い思い出と相合い傘
しおりを挟む
おれは中学生の時もテニス部に入っていた。
中学三年生の最後の夏の大会も終わり、荷物をまとめるために部室に入ろうとしたときだった。中から部員の声が聞こえてきた。
「なぁ、もうすぐ三年生引退だけどさ、月島先輩いるだろ?」
「ああ、先輩がどうした?」
「あの先輩、お前のこと良くジロジロ見てたけど、お前に気があるんじゃねーのかなって思って」
「はぁ? 何言ってんだよ。男の先輩が俺をそんな目で見るわけ無いだろ?」
「彼女がいたこともないっていうしさ、そっちのけがあるのかと思って」
「おいおいやめろよ、気持ち悪い。勘弁してくれよ」
「あはは! だよなー」
「たとえそれが本当だとしても、俺は男には興味ないから。好きなのは清楚な女の子だからな」
「俺だって可愛い女の子が良いに決まってるさ!」
「アハハハ!」
バカにしたような笑い声。身に覚えのないことで、陰でこんなことを言われているとは思わなかった。
おそらく会話していたのは二年生だろう。ペアで練習をしていた後輩でもないし、むしろ交流が少なかったと思う。
まさかこんなふうに思われていたなんて。無意識に後輩をそんな目で見ていたのかな、おれ……。
ドアノブを回そうとした手を引っ込め、くるりと向きを変えようとした時、また別の声がした。
「湊先輩がそう言ったんですか?」
この声は、律だ。おれは帰ろうとしていた足を止め、耳を傾けた。
「いやそういうわけじゃ……」
「なら、憶測で物を言うのは良くないと思います」
「でも……なぁ?」
さっき、気があるんじゃないかと言った方の後輩が、もうひとりに賛同を得るように問いかけた。
けどその声に対する答えは聞こえてこない。
「本人のいない場所で、しかも憶測でプライベートなことに土足で入るようなことは、やめてもらいたいです。湊先輩に失礼です」
コミュ障で、家族とおれと湧の前以外では縮こまってしまうような律が、先輩に対してこんなにはっきりものを申せるなんて。ここにいるのは本当に律なのだろうか。
でも、おれはすっげー嬉しかった。かばってくれたのもそうだし、律がはっきり意見することが出来たのも嬉しかった。
おれは、律のお陰で悲しみが薄れるのを感じながら、その場をそっとあとにした。
このときから、おれの律に対する思いに変化があったように思う。
けどきっとその小さな思いは、大きく育ててはいけないものだ。自分でも気付かぬうちにそう悟ったおれは、心の奥底にしまい込み、何重にも鍵をかけた。
◇
中学校の時の苦い思い出を久しぶりに思い出したからだろうか、夢にまで見てしまった。
そのせいでどうも寝不足だった。授業にも身が入らず、船を漕ぐ始末。
放課後残って復習と課題を進めたいところだけど、今日の天気予報は、夕方から降水確率が高くなるというものだった。
昇降口で靴を履き替えていると、わずかに土が湿ったような匂いが漂ってきた。
あれ? もしかして雨か? 天気予報当たったなぁ……と思いながらバッグの中を探したけど、折り畳み傘がない。
まいったなぁ。駅まで走るか? 自問自答しながら外に出ようとしたところで、律の声がした。
「先輩! 雨降ってきちゃいましたよ」
律の声に導かれるように外へ出ると、細かな雨粒が静かに落ち始めていた。乾いていた地面に、ポツポツと印をつけていく。
困っているおれの横で、律が手際よく傘をさすと、ニッコリと微笑み手招きをした。
「さ、先輩はこっちです。入ってください」
「なんで?」
「だって先輩傘ないでしょう?」
「なんで分かるんだよ」
「先輩がバックの中を見て、外を見てため息を付いていたからです」
「おまえ、そういうのはな、好きな女の子にしてやれよ」
そこまで言ってから、あ、これもおれの理想の胸キュンシチュのひとつじゃないかと気付いた。
「ああ、お前、おれで練習してるのか?」
「まぁ良いじゃないですか。さ、帰りましょう」
なんとなくはぐらかされたような気がする。けど深く考えている間に、雨はひどくなってしまうだろう。
おれは素直に律の差し出した傘に入れてもらうことにした。
「大きな傘持ってきてよかったです」
「ああ、助かったよ」
「ほら、先輩もっと近くによって」
「いや、大丈夫だ」
律はおれを近づけようとする。そりゃくっついたほうがお互いに濡れないだろうけど、何せ歩き辛い。
……それに、律に近付くと、おれの心臓の鼓動が早くなるんだ。どうしたんだ、おれ。最近なんかおかしいぞ?
「今日は自転車持ち帰れないですね」
「そうだな。改めて別の日に取りに行くよ」
コンビニに預けた自転車のことから、夕飯に何を食べたいか? なんていう何気ない会話をしながら、ゆっくり帰路を歩いた。
途中前方から車が来れば、さっとおれを歩道側に誘導する。水たまりを車がはねても、自分だけ濡れてもおれにはかからないようにする。
ほら、やっぱり胸キュンシチュをおれで練習してるんじゃないかな、律は。
本人は何も言わなかったから、おれは黙って練習の相手を続けることにした。
中学三年生の最後の夏の大会も終わり、荷物をまとめるために部室に入ろうとしたときだった。中から部員の声が聞こえてきた。
「なぁ、もうすぐ三年生引退だけどさ、月島先輩いるだろ?」
「ああ、先輩がどうした?」
「あの先輩、お前のこと良くジロジロ見てたけど、お前に気があるんじゃねーのかなって思って」
「はぁ? 何言ってんだよ。男の先輩が俺をそんな目で見るわけ無いだろ?」
「彼女がいたこともないっていうしさ、そっちのけがあるのかと思って」
「おいおいやめろよ、気持ち悪い。勘弁してくれよ」
「あはは! だよなー」
「たとえそれが本当だとしても、俺は男には興味ないから。好きなのは清楚な女の子だからな」
「俺だって可愛い女の子が良いに決まってるさ!」
「アハハハ!」
バカにしたような笑い声。身に覚えのないことで、陰でこんなことを言われているとは思わなかった。
おそらく会話していたのは二年生だろう。ペアで練習をしていた後輩でもないし、むしろ交流が少なかったと思う。
まさかこんなふうに思われていたなんて。無意識に後輩をそんな目で見ていたのかな、おれ……。
ドアノブを回そうとした手を引っ込め、くるりと向きを変えようとした時、また別の声がした。
「湊先輩がそう言ったんですか?」
この声は、律だ。おれは帰ろうとしていた足を止め、耳を傾けた。
「いやそういうわけじゃ……」
「なら、憶測で物を言うのは良くないと思います」
「でも……なぁ?」
さっき、気があるんじゃないかと言った方の後輩が、もうひとりに賛同を得るように問いかけた。
けどその声に対する答えは聞こえてこない。
「本人のいない場所で、しかも憶測でプライベートなことに土足で入るようなことは、やめてもらいたいです。湊先輩に失礼です」
コミュ障で、家族とおれと湧の前以外では縮こまってしまうような律が、先輩に対してこんなにはっきりものを申せるなんて。ここにいるのは本当に律なのだろうか。
でも、おれはすっげー嬉しかった。かばってくれたのもそうだし、律がはっきり意見することが出来たのも嬉しかった。
おれは、律のお陰で悲しみが薄れるのを感じながら、その場をそっとあとにした。
このときから、おれの律に対する思いに変化があったように思う。
けどきっとその小さな思いは、大きく育ててはいけないものだ。自分でも気付かぬうちにそう悟ったおれは、心の奥底にしまい込み、何重にも鍵をかけた。
◇
中学校の時の苦い思い出を久しぶりに思い出したからだろうか、夢にまで見てしまった。
そのせいでどうも寝不足だった。授業にも身が入らず、船を漕ぐ始末。
放課後残って復習と課題を進めたいところだけど、今日の天気予報は、夕方から降水確率が高くなるというものだった。
昇降口で靴を履き替えていると、わずかに土が湿ったような匂いが漂ってきた。
あれ? もしかして雨か? 天気予報当たったなぁ……と思いながらバッグの中を探したけど、折り畳み傘がない。
まいったなぁ。駅まで走るか? 自問自答しながら外に出ようとしたところで、律の声がした。
「先輩! 雨降ってきちゃいましたよ」
律の声に導かれるように外へ出ると、細かな雨粒が静かに落ち始めていた。乾いていた地面に、ポツポツと印をつけていく。
困っているおれの横で、律が手際よく傘をさすと、ニッコリと微笑み手招きをした。
「さ、先輩はこっちです。入ってください」
「なんで?」
「だって先輩傘ないでしょう?」
「なんで分かるんだよ」
「先輩がバックの中を見て、外を見てため息を付いていたからです」
「おまえ、そういうのはな、好きな女の子にしてやれよ」
そこまで言ってから、あ、これもおれの理想の胸キュンシチュのひとつじゃないかと気付いた。
「ああ、お前、おれで練習してるのか?」
「まぁ良いじゃないですか。さ、帰りましょう」
なんとなくはぐらかされたような気がする。けど深く考えている間に、雨はひどくなってしまうだろう。
おれは素直に律の差し出した傘に入れてもらうことにした。
「大きな傘持ってきてよかったです」
「ああ、助かったよ」
「ほら、先輩もっと近くによって」
「いや、大丈夫だ」
律はおれを近づけようとする。そりゃくっついたほうがお互いに濡れないだろうけど、何せ歩き辛い。
……それに、律に近付くと、おれの心臓の鼓動が早くなるんだ。どうしたんだ、おれ。最近なんかおかしいぞ?
「今日は自転車持ち帰れないですね」
「そうだな。改めて別の日に取りに行くよ」
コンビニに預けた自転車のことから、夕飯に何を食べたいか? なんていう何気ない会話をしながら、ゆっくり帰路を歩いた。
途中前方から車が来れば、さっとおれを歩道側に誘導する。水たまりを車がはねても、自分だけ濡れてもおれにはかからないようにする。
ほら、やっぱり胸キュンシチュをおれで練習してるんじゃないかな、律は。
本人は何も言わなかったから、おれは黙って練習の相手を続けることにした。
65
あなたにおすすめの小説
腹を隠さず舌も出す
梅したら
BL
「後悔はしてるんだよ。これでもね」
幼馴染の佐田はいつも同じことを言う。
ポメガバースという体質の俺は、疲れてポメラニアンに変化したところ、この男に飼われてしまった。
=====
ヤンデレ×ポメガバース
悲壮感はあんまりないです
他サイトにも掲載
雪色のラブレター
hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。
そばにいられればいい。
想いは口にすることなく消えるはずだった。
高校卒業まであと三か月。
幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。
そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。
そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。
翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。
主に交われば
かんだ
BL
楽しいことが大好きで欲望のためなら善悪関係なしな美しい悪人受けと、そんな受けに魅入られ受けを我が物にしたい善悪無関係な攻めの話。
魔法の世界にある学園での出来事。
妖精の生まれ変わりと言われるほど美しい少年が死んだことで、一人の少年の人生が変わる。
攻めと受けは賭けをした。それは人生と命を賭けたもの。二人きりの賭けに否応なく皆は巻き込まれ、一人の少年は人生さえ変えてしまう。
透きとおる泉
小貝川リン子
BL
生まれる前に父を亡くした泉。母の再婚により、透という弟ができる。同い年ながらも、透の兄として振る舞う泉。二人は仲の良い兄弟だった。
ある年の夏、家族でキャンプに出かける。そこで起きたとある事故により、泉と透は心身に深い傷を負う。互いに相手に対して責任を感じる二人。そのことが原因の一端となり、大喧嘩をしてしまう。それ以降、まともに口も利いていない。
高校生になった今でも、兄弟仲は冷え切ったままだ。
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
恋人>幼馴染
すずかけあおい
BL
「言わなきゃ伝わらないやつには言い続けるに決まってんだろ」
受けが大好きな攻め×ないものねだりな受け(ちょっと鈍い)。
自分にはないものばかりと、幼馴染の一葉になりたい深來。
その一葉は深來がずっと好きで―――。
〔攻め〕左野 一葉(さの いつは)
〔受け〕本多 深來(ほんだ みらい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる