22 / 86
21. 生い立ち(フレッド視点)
しおりを挟む
俺は孤児院の前に置き去りにされていた。誰が置いていったのかは分からないけれど、大切に包まれ、かごに入れられ、一緒に手紙と指輪が入っていたらしい。
手紙には、『事情があって、今は育てられないけど、必ず迎えに来るから、それまでこの指輪を母と思って、持っていてほしい』というような内容が書かれていたらしい。
幼かった俺はその言葉を信じ、時々その指輪を眺めては、まだ見ぬ母に思いを寄せていた。
俺のいた孤児院はとにかく貧乏で大変だった。まるで慈善活動のように、困っている人たちを受け入れる院長だった。子どもたちも自分でできることはもちろん、可能な限りみんなで孤児院の手伝いをした。
そんな環境だったから、本来ならば十八歳になってから孤児院を出るのだけど、早くから出て働く者も多かった。俺もお世話になった孤児院の負担にならないように、そして何か恩返しができるようにと、十歳で孤児院を出ることにした。
住み込みの使用人の仕事を紹介してもらって、これで俺も役に立てると希望を持って行ったのに、雇い主は孤児院出身の者を人とも思わないような、ひどい扱いをする人だった。
寝起きするのは、庭の隅の日の当たらない馬小屋。食事も最低限。もちろん湯浴みをして体を清めることもできずに、馬小屋の外に置かれた桶に雨水をためて、それで体の汚れを流していた。
過酷な労働環境の上に、不十分な食事。体調を崩しても医者に診てもらうことはできなかった。これではまるで奴隷と同じだった。
そんな時に双子と出会い、ハイネル家の使用人として雇ってもらうことになった。
ここでの生活は今までとは雲泥の差で、初めて俺は人間扱いをしてもらえたような気がした。
あの日、双子の弟のフィルが迷子になっていたのを助けたのはたまたまだったが、兄のミッチと目を合わせた瞬間、何か衝撃を感じたような気がしたんだ。それはミッチも同じだったのか、一瞬動きが止まった。それ以来、理由はわからないけど、彼に対して懐かしさを感じることが度々あった。
◇
出かけていたフィルたちがそろそろ帰ってくるという頃には、ミッチの体調もすっかり回復していた。
コンコン
朝食の準備ができたと声をかけるために、ドアを軽くノックするけれど返事がない。どうしたのだろうと静かにドアを開けると、ミッチは何かを握りしめながら、静かに涙を流していた。
おそらく、チェーンを付けて、肌身離さず大切そうに持っている指輪だろう。以前体調を崩した時にも、とても大切そうに指輪を見つめているのを見かけたし、何度かこっそり指輪に話しかけているような姿を見たことがある。
「ミッチ、食事ができたよ」
気付かないふりをして、俺は声を掛けた。
ミッチは見られたとは知らずに、何食わぬ顔をしてそっと涙を拭うと、ぱっと明るい笑顔をみせた。
「ごめん、ありがとう! ちょっと目にゴミが入っちゃって、顔洗ってから行くね」
そう言ってベッドから降りると、パタパタと走っていった。
あの指輪は誰かにもらったのだろうか。あんなに肌身離さず身につけているし、とても大切にしているものなのだろう。そう思うと、俺の胸はチクリと痛んだ。
「……まさか、俺は……」
自分の胸に手を当ててみる。時折感じるこの胸の痛みの正体と、ミッチにだけ感じる懐かしさ。この気持ちは何なのだろうとずっと考えていた。
今まで人としてまともな生活をすることもなく、生きるのに精一杯だった俺は、それ以外の感情を持つことはなかった。
だから自分の中に芽生えたこの感情の正体に、なかなか辿り着くことはできなかった。
ミッチへ向ける好意は『助けてもらった恩』だと思っていた。歳が近いから『親しみ』を感じているからだと思っていた。体が弱いから『守ってあげたい』からだと思っていた。
でもそれは、ミッチにだけに抱く「特別で大切な感情」なんだと気付いた。今までわからなかったこの感情の正体に、俺はやっと辿り着いた。
手紙には、『事情があって、今は育てられないけど、必ず迎えに来るから、それまでこの指輪を母と思って、持っていてほしい』というような内容が書かれていたらしい。
幼かった俺はその言葉を信じ、時々その指輪を眺めては、まだ見ぬ母に思いを寄せていた。
俺のいた孤児院はとにかく貧乏で大変だった。まるで慈善活動のように、困っている人たちを受け入れる院長だった。子どもたちも自分でできることはもちろん、可能な限りみんなで孤児院の手伝いをした。
そんな環境だったから、本来ならば十八歳になってから孤児院を出るのだけど、早くから出て働く者も多かった。俺もお世話になった孤児院の負担にならないように、そして何か恩返しができるようにと、十歳で孤児院を出ることにした。
住み込みの使用人の仕事を紹介してもらって、これで俺も役に立てると希望を持って行ったのに、雇い主は孤児院出身の者を人とも思わないような、ひどい扱いをする人だった。
寝起きするのは、庭の隅の日の当たらない馬小屋。食事も最低限。もちろん湯浴みをして体を清めることもできずに、馬小屋の外に置かれた桶に雨水をためて、それで体の汚れを流していた。
過酷な労働環境の上に、不十分な食事。体調を崩しても医者に診てもらうことはできなかった。これではまるで奴隷と同じだった。
そんな時に双子と出会い、ハイネル家の使用人として雇ってもらうことになった。
ここでの生活は今までとは雲泥の差で、初めて俺は人間扱いをしてもらえたような気がした。
あの日、双子の弟のフィルが迷子になっていたのを助けたのはたまたまだったが、兄のミッチと目を合わせた瞬間、何か衝撃を感じたような気がしたんだ。それはミッチも同じだったのか、一瞬動きが止まった。それ以来、理由はわからないけど、彼に対して懐かしさを感じることが度々あった。
◇
出かけていたフィルたちがそろそろ帰ってくるという頃には、ミッチの体調もすっかり回復していた。
コンコン
朝食の準備ができたと声をかけるために、ドアを軽くノックするけれど返事がない。どうしたのだろうと静かにドアを開けると、ミッチは何かを握りしめながら、静かに涙を流していた。
おそらく、チェーンを付けて、肌身離さず大切そうに持っている指輪だろう。以前体調を崩した時にも、とても大切そうに指輪を見つめているのを見かけたし、何度かこっそり指輪に話しかけているような姿を見たことがある。
「ミッチ、食事ができたよ」
気付かないふりをして、俺は声を掛けた。
ミッチは見られたとは知らずに、何食わぬ顔をしてそっと涙を拭うと、ぱっと明るい笑顔をみせた。
「ごめん、ありがとう! ちょっと目にゴミが入っちゃって、顔洗ってから行くね」
そう言ってベッドから降りると、パタパタと走っていった。
あの指輪は誰かにもらったのだろうか。あんなに肌身離さず身につけているし、とても大切にしているものなのだろう。そう思うと、俺の胸はチクリと痛んだ。
「……まさか、俺は……」
自分の胸に手を当ててみる。時折感じるこの胸の痛みの正体と、ミッチにだけ感じる懐かしさ。この気持ちは何なのだろうとずっと考えていた。
今まで人としてまともな生活をすることもなく、生きるのに精一杯だった俺は、それ以外の感情を持つことはなかった。
だから自分の中に芽生えたこの感情の正体に、なかなか辿り着くことはできなかった。
ミッチへ向ける好意は『助けてもらった恩』だと思っていた。歳が近いから『親しみ』を感じているからだと思っていた。体が弱いから『守ってあげたい』からだと思っていた。
でもそれは、ミッチにだけに抱く「特別で大切な感情」なんだと気付いた。今までわからなかったこの感情の正体に、俺はやっと辿り着いた。
162
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
婚約破棄されて追放された僕、実は森羅万象に愛される【寵愛者】でした。冷酷なはずの公爵様から、身も心も蕩けるほど溺愛されています
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男アレンは、「魔力なし」を理由に婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡され、社交界の笑い者となる。家族からも見放され、全てを失った彼の元に舞い込んだのは、王国最強と謳われる『氷の貴公子』ルシウス公爵からの縁談だった。
「政略結婚」――そう割り切っていたアレンを待っていたのは、噂とはかけ離れたルシウスの異常なまでの甘やかしと、執着に満ちた熱い眼差しだった。
「君は私の至宝だ。誰にも傷つけさせはしない」
戸惑いながらも、その不器用で真っ直ぐな愛情に、アレンの凍てついた心は少しずつ溶かされていく。
そんな中、領地を襲った魔物の大群を前に、アレンは己に秘められた本当の力を解放する。それは、森羅万象の精霊に愛される【全属性の寵愛者】という、規格外のチート能力。
なぜ彼は、自分にこれほど執着するのか?
その答えは、二人の魂を繋ぐ、遥か古代からの約束にあった――。
これは、どん底に突き落とされた心優しき少年が、魂の番である最強の騎士に見出され、世界一の愛と最強の力を手に入れる、甘く劇的なシンデレラストーリー。
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる