84 / 86
番外編
結婚式前夜
しおりを挟む
「とうとう明日かぁ……」
ミッチェルは、ベッドに寝転がったまま天井を見つめてポツリとつぶやいた。今日まで本当に色々なことがあった。一時は未来を夢見ることを諦めそうになったこともあった。けれど、幾度の困難を乗り越え、とうとう明日結婚式を迎えることができる。
明日は朝から準備があるからもう寝なくてはいけないのに、今までのことを思い起こしていたら、寝付けなくなってしまった。
どうしても眠れないので、ミッチェルは気分転換に中庭に足を運んだ。六月の柔らかな風が心地よく、月明かりが夜の庭を優しく照らしていた。見慣れたその光景だけで、ほっと心が軽くなったような気がした。
「ミッチ?」
中庭に設置されたベンチに腰を下ろし、星空を仰いでいると、ミッチェルの名を呼ぶ声がした。
まさかこんな時間に声をかけられると思わずびっくりして振り返ると、そこには二人の思い出の飲み物、ハニーベリーフィズを乗せたトレイを持ったフレドリックが立っていた。
「フレッド!?」
「なんか眠れなくてさ。ちょっと中庭で風にあたろうと思って来てみたら、ちょうどミッチがいたんだよ」
そう微笑みながらフレドリックは近づいてきたけど、手には二人分の飲み物を持っている。絶対偶然なんかじゃないはずだ。
「たまたま、まだ起きていた使用人が、たまたま、俺にハニーベリーフィズを持たせてくれたんだ。そこにたまたま、ミッチがいたんだよ。ちょうどよいから一緒に飲むか?」
「へー。偶然だねー。僕もちょうどハニーベリーフィズを飲みたいと思っていたんだ」
おそらく笑いをこらえているはずなのに、平然と「たまたま」を強調して説明するフレドリックに、ミッチェルもなに食わぬ顔をして返事をしたけど、やっぱりこみ上げる笑いを抑えきれずに吹き出してしまった。
「あはは! なにが、たまたまだよー! そんな偶然あるわけないじゃないか!」
使用人たちも仕事を終え、部屋で休んでる時間だ。こんな夜更けに、たまたま二人分の飲み物を用意していたと言うなら、相当気の利く使用人じゃないだろうか。でももしかしたら、あの使用人ならあり得るかもしれないなと、笑いを止めて一瞬考え込む。
「結婚式前夜で、ミッチが眠れずにいるかもしれない。様子を見に行ってみてはどうかと提案されたんだよ」
「使用人が?」
「あいつは気が利くからな」
にやりと笑うフレドリックに、どこまでが本当なのかわからなくなる。でも、ミッチェルのことを心配してくれるという気持ちは偽りはないはずだ。
「うん、そうだね。せっかく用意してくれたから、いただこうかな」
月明かりが照らすテーブルに、持ってきたランタンをそっと置いた。
「寝ようと思ってベッドに入ったんだけど、色々と考えていたら眠れなくなってしまって」
そう言いながらミッチェルは、フレドリックの注いでくれたグラスに口を付けた。いちごと蜂蜜の香りが鼻をくすぐる。
「そうだな。色々あったからな」
フレドリックとミッチェルは転生者だ。前世でも結婚を約束した恋人だったのに、不慮の事故で還らぬ人となり今のこの世界に転生した。
前世でも転生したこの世界でも、二人を取り巻く環境は厳しかった。挫けそうになりながらも、再会を信じていた二人の思いが通じて、無事再会することができた。
そして、紆余曲折ありながらも、ようやく明日二人は結ばれる。夢にまで見た結婚式が執り行われるんだ。
「本で読んだ、幸せすぎて怖いってセリフ。今ならわかる気がするな……」
ミッチェルの言葉を、フレドリックは小さくうなずき黙って聞いてくれた。
「もしかしたらこれは夢で、僕はまだあの塔の部屋に閉じ込められたままなんじゃないかとか、転生に失敗してなにもない空間を彷徨っている時に、脳が見せた幻覚なんじゃないかとか、そんな怖い事を考えてしまうんだ」
小さく震えるミッチェルの手を、フレドリックはしっかりと握りしめた。
「このぬくもりは夢じゃない。俺たちは生まれ変わって再びめぐり逢い、また恋に落ちた。前世の記憶がないのにもかかわらず、俺はミッチのことをまた好きになったし、ミッチも俺が生まれ変わりだと気付かなくても、好きになってくれただろう? これが夢なわけがない。ちゃんとした現実だ。俺はもう二度とこの手を離さない。だから安心して俺にすべてを委ねてくれればいい。ミッチは俺が守り抜く」
こちらの世界で出会ったばかりの頃に比べて、フレドリックはかなり饒舌になった。思いをはっきりとぶつけてくれるようになった。前世でちゃんと思いを伝えなかったことで、すれ違ってあんな事になってしまったから、もう後悔はしたくない。
それはミッチェルも同じ気持ちだった。前世では、勝手に勘違いして喧嘩して、つらい最期になってしまった。もうあんな思いは二度としたくない。
「うん、ありがとう。僕はフレッドのことを信じてる。もう大丈夫だよね、僕たちはもう二度と離れないし、一生一緒に寄り添って生きていくんだ」
二人の瞳が重なり合い、手を握りしめたまま身を乗り出した。そしてふわりと微笑むと、そっと唇を合わせた。ファーストキスのような甘酸っぱい香りに包まれ、何度も幸せを噛み締めた。
(終)
✤
結婚式前夜のお話でしたー。
幸せなのに不安になるってことありますよねー。
Xに載せたものを手直ししました。
本編はミッチの一人称だけど、これは三人称一元視点で書いてみました。
慣れないことをすると、混乱するね😅
ミッチェルは、ベッドに寝転がったまま天井を見つめてポツリとつぶやいた。今日まで本当に色々なことがあった。一時は未来を夢見ることを諦めそうになったこともあった。けれど、幾度の困難を乗り越え、とうとう明日結婚式を迎えることができる。
明日は朝から準備があるからもう寝なくてはいけないのに、今までのことを思い起こしていたら、寝付けなくなってしまった。
どうしても眠れないので、ミッチェルは気分転換に中庭に足を運んだ。六月の柔らかな風が心地よく、月明かりが夜の庭を優しく照らしていた。見慣れたその光景だけで、ほっと心が軽くなったような気がした。
「ミッチ?」
中庭に設置されたベンチに腰を下ろし、星空を仰いでいると、ミッチェルの名を呼ぶ声がした。
まさかこんな時間に声をかけられると思わずびっくりして振り返ると、そこには二人の思い出の飲み物、ハニーベリーフィズを乗せたトレイを持ったフレドリックが立っていた。
「フレッド!?」
「なんか眠れなくてさ。ちょっと中庭で風にあたろうと思って来てみたら、ちょうどミッチがいたんだよ」
そう微笑みながらフレドリックは近づいてきたけど、手には二人分の飲み物を持っている。絶対偶然なんかじゃないはずだ。
「たまたま、まだ起きていた使用人が、たまたま、俺にハニーベリーフィズを持たせてくれたんだ。そこにたまたま、ミッチがいたんだよ。ちょうどよいから一緒に飲むか?」
「へー。偶然だねー。僕もちょうどハニーベリーフィズを飲みたいと思っていたんだ」
おそらく笑いをこらえているはずなのに、平然と「たまたま」を強調して説明するフレドリックに、ミッチェルもなに食わぬ顔をして返事をしたけど、やっぱりこみ上げる笑いを抑えきれずに吹き出してしまった。
「あはは! なにが、たまたまだよー! そんな偶然あるわけないじゃないか!」
使用人たちも仕事を終え、部屋で休んでる時間だ。こんな夜更けに、たまたま二人分の飲み物を用意していたと言うなら、相当気の利く使用人じゃないだろうか。でももしかしたら、あの使用人ならあり得るかもしれないなと、笑いを止めて一瞬考え込む。
「結婚式前夜で、ミッチが眠れずにいるかもしれない。様子を見に行ってみてはどうかと提案されたんだよ」
「使用人が?」
「あいつは気が利くからな」
にやりと笑うフレドリックに、どこまでが本当なのかわからなくなる。でも、ミッチェルのことを心配してくれるという気持ちは偽りはないはずだ。
「うん、そうだね。せっかく用意してくれたから、いただこうかな」
月明かりが照らすテーブルに、持ってきたランタンをそっと置いた。
「寝ようと思ってベッドに入ったんだけど、色々と考えていたら眠れなくなってしまって」
そう言いながらミッチェルは、フレドリックの注いでくれたグラスに口を付けた。いちごと蜂蜜の香りが鼻をくすぐる。
「そうだな。色々あったからな」
フレドリックとミッチェルは転生者だ。前世でも結婚を約束した恋人だったのに、不慮の事故で還らぬ人となり今のこの世界に転生した。
前世でも転生したこの世界でも、二人を取り巻く環境は厳しかった。挫けそうになりながらも、再会を信じていた二人の思いが通じて、無事再会することができた。
そして、紆余曲折ありながらも、ようやく明日二人は結ばれる。夢にまで見た結婚式が執り行われるんだ。
「本で読んだ、幸せすぎて怖いってセリフ。今ならわかる気がするな……」
ミッチェルの言葉を、フレドリックは小さくうなずき黙って聞いてくれた。
「もしかしたらこれは夢で、僕はまだあの塔の部屋に閉じ込められたままなんじゃないかとか、転生に失敗してなにもない空間を彷徨っている時に、脳が見せた幻覚なんじゃないかとか、そんな怖い事を考えてしまうんだ」
小さく震えるミッチェルの手を、フレドリックはしっかりと握りしめた。
「このぬくもりは夢じゃない。俺たちは生まれ変わって再びめぐり逢い、また恋に落ちた。前世の記憶がないのにもかかわらず、俺はミッチのことをまた好きになったし、ミッチも俺が生まれ変わりだと気付かなくても、好きになってくれただろう? これが夢なわけがない。ちゃんとした現実だ。俺はもう二度とこの手を離さない。だから安心して俺にすべてを委ねてくれればいい。ミッチは俺が守り抜く」
こちらの世界で出会ったばかりの頃に比べて、フレドリックはかなり饒舌になった。思いをはっきりとぶつけてくれるようになった。前世でちゃんと思いを伝えなかったことで、すれ違ってあんな事になってしまったから、もう後悔はしたくない。
それはミッチェルも同じ気持ちだった。前世では、勝手に勘違いして喧嘩して、つらい最期になってしまった。もうあんな思いは二度としたくない。
「うん、ありがとう。僕はフレッドのことを信じてる。もう大丈夫だよね、僕たちはもう二度と離れないし、一生一緒に寄り添って生きていくんだ」
二人の瞳が重なり合い、手を握りしめたまま身を乗り出した。そしてふわりと微笑むと、そっと唇を合わせた。ファーストキスのような甘酸っぱい香りに包まれ、何度も幸せを噛み締めた。
(終)
✤
結婚式前夜のお話でしたー。
幸せなのに不安になるってことありますよねー。
Xに載せたものを手直ししました。
本編はミッチの一人称だけど、これは三人称一元視点で書いてみました。
慣れないことをすると、混乱するね😅
112
あなたにおすすめの小説
【本編完結済】神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
Ss侍
ファンタジー
"私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。
動けない、何もできない、そもそも身体がない。
自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。
ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。
それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!
きっと、君は知らない
mahiro
BL
前世、というのだろうか。
俺は前、日本という国で暮らしていて、あの日は中学時代にお世話になった先輩の結婚式に参列していた。
大人になった先輩と綺麗な女性の幸せそうな姿に胸を痛めながら見つめていると二人の間に産まれたという女の子がひとりで車道に向かい歩いている姿が目に入った。
皆が主役の二人に夢中で子供の存在に気付いておらず、俺は慌ててその子供のもとへと向かった。
あと少しで追い付くというタイミングで大型の車がこちらに向かってくるのが見え、慌ててその子供の手を掴み、彼らのいる方へと突き飛ばした。
次の瞬間、俺は驚く先輩の目と合ったような気がするが、俺の意識はそこで途絶えてしまった。
次に目が覚めたのは見知らぬ世界で、聞いたことのない言葉が行き交っていた。
それから暫く様子を見ていたが、どうやら俺は異世界に転生したらしく………?
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
嘘つき王と影の騎士
篠雨
BL
「俺の役割は、貴方を守ることだ。……例え、貴方自身からも」
国の平穏を一身に背負い、十二年間「聖王」という偶像を演じ続けてきたセシル。
酷使し続けた心身はすでに限界を迎え、その命の灯火は今にも消えようとしていた。
そんな折、現れたのは異世界からの「転移者」。
代わりを見つけた国は、用済みとなったセシルからすべてを剥奪し、最果ての地へと追放する。
死を待つためだけに辿り着いた冬の山。
絶望に沈むセシルの前に現れたのは、かつて冷徹に王を監視し続けていた近衛騎士団長、アルヴィスだった。
守るべき王も、守るべき国も失ったはずの二人が過ごす、狭い小屋での夜。
無価値になり、壊れかけた自分を、なぜこの男は、そんな瞳で見つめるのか。
なぜ、そんなにも強く、抱きしめるのか。
これは、すべてを失った「聖王」が、一人の男の熱に暴かれ、再生していくまでの物語。
不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる