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恋が始まる日
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「僕のどんな所が好き?」
僕たち夫夫は、毎晩就寝前にその日の出来事を語り合う時間を大切にしている。その後はそれぞれ読書や静かな時間を楽しむのが習慣だ。
僕は小さな頃からオメガで身体も弱くて、あまり遠くに出かけたことがない。だから広い世界に旅立つ冒険の本が大好きだ。今日も大好きな本を読んでいたけど、ふとページを捲る手を止め夫に尋ねてみた。
「どうした? 急に」
突然の僕からの質問に、隣に座る夫は、不思議そうに首を傾げながら読んでいた本を閉じた。そして、うーんと少し考え込むと、指を一本折る。
「そうだなぁ……。まずは、顔が好き」
普通なら顔を褒められたら喜ぶのだろうけど、期待していた答えと違ったから、思わず僕はぷーっと頬を膨らませた。
「なにそれ!」
僕はオメガだ。お世辞でもなく、儚げで守ってあげたくなるような容姿をしていると思う。でもそれは、一般的に弱いとされているオメガが、周りに守られる為でもあると聞いた。僕自身を見ていないようで、少し悲しくなった。
なんで僕が急にこんなことを尋ねたのかというと、僕らは親同士が決めた結婚で、恋愛というものを知らないままで籍を入れたから。歳だってだいぶ離れてるし、夫にとっては、いつまでも子守をするのと変わらないのかもしれない。
「顔が好きって、ちょっと言い方間違えたな」
頬を膨らませたままの僕を見て、夫はちょっと照れたように、頭をポリポリ掻きながら言う。
「初めて会った日のこと、覚えてるか?」
もちろん、覚えている。初めて顔合わせした日、夫は僕を見て固まって、気まずそうに目を逸らしたんだ。
その態度を見て、本当はこの結婚は望んでなんかいなくて、家のためだから仕方なく承諾したんだって、そう言われたような気がした。
それでも僕は例えそうだったとしても、そこから恋がはじまればいいって思って、そう願って寄り添ってきたつもりなんだ。
でも、夫はそうじゃなかったのかなって。そう考えだしたら、どんどん落ち込んでいく。
「……っく。ひっ……く」
夫が話し終える前に僕が急に泣き出したから、夫はオロオロしながら慌ててティッシュを僕の目元にあてた。
「どうした? どこか痛いところでもあるのか? 何か嫌なことでも思い出したのか?」
まるで子供をあやすように頭を撫でてくる。ほら、そういうところだ。僕を伴侶としてではなく、弟か何かそんな風に思っているんだ。
何か言ってやりたいけど、出てくるのは嗚咽ばかりで、必死に口をヘの字にして耐える。
「やっぱり、寂しい思いをしているんだな……。ごめんな、無理矢理俺がお前との結婚を決めたから……」
……っ?!
夫の口から出たのは思いもよらない言葉で、びっくりして勢い良く顔を上げると、目元に溜まっていた雫が一気に流れ落ちた。
「……えっ? 今なんて?」
目をまん丸くする僕に、夫は小さく微笑む。
「あの日……。初めてお前を見た時、周りが急に輝き出したんだ。物語上だから成り立つ表現だと思っていたんだが、まさか自分が体験するとは思わなかった」
夫の言わんとすることがまだ理解出来ず、ポカンと口を開けたまま、何も動けずにいた。
「まぁ、簡潔に言うと、一目惚れ……だな」
「うそっ!」
やっと出た言葉は、たった二文字。
「絶対逃がすもんかって思って、うちの親にも、お前の親にもその日のうちに話をつけた。家同士に必要な事だと思い込ませて、逃げ道を塞いだ。純粋無垢なお前は、何も疑うことなく俺のもとに嫁いできてくれた」
そこまで一気に言ってから、僕のおでこにチュッとキスをする。
夫の僕を見る目が優しすぎて、話す内容も信じられなくて、思わず僕は大きく首を振った。
「だってあの日、気まずそうに目を逸らしたじゃないか!」
「違う。さっき言っただろ? 一目惚れだって。顔も纏う雰囲気も見事なまでに俺好みだったんだ。どんな顔をしていいのかわからなくなって、思わず目を逸らしてしまったんだ」
再びキスを落とし、今度は向かい合って包み込むように僕のことを抱きしめた。抱きしめられた僕は、夫の体温と大好きな香りを身体中で感じて、涙がポロポロ溢れて止まらなくなってしまった。
「お前の気持ちも構わずに結婚を決め、結婚後は進学もさせずに家に囲いこんだ。俺の目の届かないところには置いておきたくなかったんだ」
いつもとても穏やかで優しくて、決して怒らない夫の中に、こんなに熱い思いが秘められているなんて知らなかった。
「僕だけが、好きなんだと思ってた。親が決めた結婚だから、仕方なく僕と一緒にいてくれてるのかと思ってた」
夫の胸へ顔をグリグリと擦り付けると、スンスンと大好きな香りを思い切り吸い込んだ。
「不安にさせてゴメンな。俺の伴侶はお前しか考えられないし、一生愛し続ける自信しかない。このまま部屋に閉じ込めて監禁してしまいたいくらいだ」
……ん? なんか最後物騒なこと言いませんでした? アルファってみんなそうなの?
そーっと顔をあげると、ニヤリとイタズラな笑みを浮かべる、僕の大好きな旦那様がいた。
「顔合わせの日、自己紹介した時に見せてくれた太陽のような笑顔を見て、気恥ずかしくて目を逸してしまったけど、俺にとって最初で最後の恋が始まった日なんだよ」
夫は、先程見せたイタズラな笑みではなく、慈しむような笑顔を僕に向けて言った。
夫の言葉に、僕も頷きながら、あの日のことを思い出していた。
恋愛もしたことのないまま、知らない人と結婚させられる。でもそれは幼いころから決まっていたことで、僕に断る権利はない。むしろ、もらっていただけるのだから……。母が口癖のように言っていた言葉を思い出していた。
でもあの日──。
「……どうせ政略結婚だからと、写真も何も見ないで行ったんだ。僕には断る権利なんてなかったし。……でもあの日、ひと目で恋に落ちたんだよ。僕にとっても、恋がはじまる日だったんだと思う」
ぎゅーっと夫を抱きしめ返して、でもやっぱり恥ずかしいから、顔を埋めたまま「僕も同じ気持ちだよ」そう伝えた。
(終)
僕たち夫夫は、毎晩就寝前にその日の出来事を語り合う時間を大切にしている。その後はそれぞれ読書や静かな時間を楽しむのが習慣だ。
僕は小さな頃からオメガで身体も弱くて、あまり遠くに出かけたことがない。だから広い世界に旅立つ冒険の本が大好きだ。今日も大好きな本を読んでいたけど、ふとページを捲る手を止め夫に尋ねてみた。
「どうした? 急に」
突然の僕からの質問に、隣に座る夫は、不思議そうに首を傾げながら読んでいた本を閉じた。そして、うーんと少し考え込むと、指を一本折る。
「そうだなぁ……。まずは、顔が好き」
普通なら顔を褒められたら喜ぶのだろうけど、期待していた答えと違ったから、思わず僕はぷーっと頬を膨らませた。
「なにそれ!」
僕はオメガだ。お世辞でもなく、儚げで守ってあげたくなるような容姿をしていると思う。でもそれは、一般的に弱いとされているオメガが、周りに守られる為でもあると聞いた。僕自身を見ていないようで、少し悲しくなった。
なんで僕が急にこんなことを尋ねたのかというと、僕らは親同士が決めた結婚で、恋愛というものを知らないままで籍を入れたから。歳だってだいぶ離れてるし、夫にとっては、いつまでも子守をするのと変わらないのかもしれない。
「顔が好きって、ちょっと言い方間違えたな」
頬を膨らませたままの僕を見て、夫はちょっと照れたように、頭をポリポリ掻きながら言う。
「初めて会った日のこと、覚えてるか?」
もちろん、覚えている。初めて顔合わせした日、夫は僕を見て固まって、気まずそうに目を逸らしたんだ。
その態度を見て、本当はこの結婚は望んでなんかいなくて、家のためだから仕方なく承諾したんだって、そう言われたような気がした。
それでも僕は例えそうだったとしても、そこから恋がはじまればいいって思って、そう願って寄り添ってきたつもりなんだ。
でも、夫はそうじゃなかったのかなって。そう考えだしたら、どんどん落ち込んでいく。
「……っく。ひっ……く」
夫が話し終える前に僕が急に泣き出したから、夫はオロオロしながら慌ててティッシュを僕の目元にあてた。
「どうした? どこか痛いところでもあるのか? 何か嫌なことでも思い出したのか?」
まるで子供をあやすように頭を撫でてくる。ほら、そういうところだ。僕を伴侶としてではなく、弟か何かそんな風に思っているんだ。
何か言ってやりたいけど、出てくるのは嗚咽ばかりで、必死に口をヘの字にして耐える。
「やっぱり、寂しい思いをしているんだな……。ごめんな、無理矢理俺がお前との結婚を決めたから……」
……っ?!
夫の口から出たのは思いもよらない言葉で、びっくりして勢い良く顔を上げると、目元に溜まっていた雫が一気に流れ落ちた。
「……えっ? 今なんて?」
目をまん丸くする僕に、夫は小さく微笑む。
「あの日……。初めてお前を見た時、周りが急に輝き出したんだ。物語上だから成り立つ表現だと思っていたんだが、まさか自分が体験するとは思わなかった」
夫の言わんとすることがまだ理解出来ず、ポカンと口を開けたまま、何も動けずにいた。
「まぁ、簡潔に言うと、一目惚れ……だな」
「うそっ!」
やっと出た言葉は、たった二文字。
「絶対逃がすもんかって思って、うちの親にも、お前の親にもその日のうちに話をつけた。家同士に必要な事だと思い込ませて、逃げ道を塞いだ。純粋無垢なお前は、何も疑うことなく俺のもとに嫁いできてくれた」
そこまで一気に言ってから、僕のおでこにチュッとキスをする。
夫の僕を見る目が優しすぎて、話す内容も信じられなくて、思わず僕は大きく首を振った。
「だってあの日、気まずそうに目を逸らしたじゃないか!」
「違う。さっき言っただろ? 一目惚れだって。顔も纏う雰囲気も見事なまでに俺好みだったんだ。どんな顔をしていいのかわからなくなって、思わず目を逸らしてしまったんだ」
再びキスを落とし、今度は向かい合って包み込むように僕のことを抱きしめた。抱きしめられた僕は、夫の体温と大好きな香りを身体中で感じて、涙がポロポロ溢れて止まらなくなってしまった。
「お前の気持ちも構わずに結婚を決め、結婚後は進学もさせずに家に囲いこんだ。俺の目の届かないところには置いておきたくなかったんだ」
いつもとても穏やかで優しくて、決して怒らない夫の中に、こんなに熱い思いが秘められているなんて知らなかった。
「僕だけが、好きなんだと思ってた。親が決めた結婚だから、仕方なく僕と一緒にいてくれてるのかと思ってた」
夫の胸へ顔をグリグリと擦り付けると、スンスンと大好きな香りを思い切り吸い込んだ。
「不安にさせてゴメンな。俺の伴侶はお前しか考えられないし、一生愛し続ける自信しかない。このまま部屋に閉じ込めて監禁してしまいたいくらいだ」
……ん? なんか最後物騒なこと言いませんでした? アルファってみんなそうなの?
そーっと顔をあげると、ニヤリとイタズラな笑みを浮かべる、僕の大好きな旦那様がいた。
「顔合わせの日、自己紹介した時に見せてくれた太陽のような笑顔を見て、気恥ずかしくて目を逸してしまったけど、俺にとって最初で最後の恋が始まった日なんだよ」
夫は、先程見せたイタズラな笑みではなく、慈しむような笑顔を僕に向けて言った。
夫の言葉に、僕も頷きながら、あの日のことを思い出していた。
恋愛もしたことのないまま、知らない人と結婚させられる。でもそれは幼いころから決まっていたことで、僕に断る権利はない。むしろ、もらっていただけるのだから……。母が口癖のように言っていた言葉を思い出していた。
でもあの日──。
「……どうせ政略結婚だからと、写真も何も見ないで行ったんだ。僕には断る権利なんてなかったし。……でもあの日、ひと目で恋に落ちたんだよ。僕にとっても、恋がはじまる日だったんだと思う」
ぎゅーっと夫を抱きしめ返して、でもやっぱり恥ずかしいから、顔を埋めたまま「僕も同じ気持ちだよ」そう伝えた。
(終)
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