曰く付きの調香師は花屋と笑う

弓葉あずさ

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第10話 今日も世界はニオイに満ちている

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 フォリドゥースの件から二日が経った。花屋「フランジュア」は変わらず営業を続けている。
 フォリドゥースは営業停止になったというニュースが耳に届いた。しかしそれ以上の詳細は明らかにされていない。圧力がかったのか、シグリが何かしらの対策をとったのか。定かでないが、一方でフランジュアは平和そのものだ。クロウもマシロも、これ以上向こうが関わってこないならそれでいい。それが共通の認識だった。

「お見舞いならガーベラがおすすめかな。色の種類も豊富で華やか、花粉も香りも控えめだしね。花言葉は『希望』や『前進』、元気を与えてくれる花だよ。君みたいな可愛いお嬢さんから贈ってもらえたら花も相手も喜ぶに違いない」

 今日も今日とて、マシロは客に輝かしいほどの笑顔を振りまく。飽きないものだとクロウは感心してしまう。自分であれば表情筋が引き攣ってしまうかもしれない。

 ――と。

 知ったニオイが、クロウの元にまで届いた。部屋の隅でマシロの働きぶりを眺めていたクロウは顔を上げる。

「こんにちは。マシロさん、クロウさん」
「リラちゃん! ……あ! その子!」
「はい。リーちゃんです」

 やって来たリラは、笑顔で胸に抱いていたものを見せてきた。
 黒い小型の生き物だ。長い耳は興味深そうにあちこちを向いている。小さな鼻をヒクヒクさせて、つぶらな瞳を何度も瞬かせた。目立った怪我はなさそうだ。毛並みも艶があり、大事にされているのだとうかがえる。ふかふかした、太陽のようなニオイがした。

「良かった。戻ってきたんだね」
「はい、おかげさまで……本当にありがとうございました」
「ううん、良かった。ね、クロウ」
「……そうだな」

 もう、彼女から不安のニオイはしない。
 彼女は「母がパーティーをするんです」とたくさんの花を買っていった。お礼に、と通常の価格よりも多く支払おうとしたが、それは丁重に断った。彼女は今後もお得意様になってくれそうだ。マシロとしてはそれだけでいいのだろう。そもそも頼まれたわけでもないのに好奇心から首を突っ込んだのはマシロの方だ。クロウも慣れっこだし、彼の営業方針に口を挟むつもりはない。

 何度も頭を下げて去って行く彼女を見送って、マシロがニヤニヤとクロウを見下ろしてくる。

「やっぱりリービット、クロウに似てるよね」
「知らね」
「またまたー。……そういえばさ」
「ん?」

 急に彼の声の温度とニオイが変わった。クロウは素知らぬフリで続きを促す。
 花の手入れを始めながら、彼は「うーん」とのんびり唸った。

「僕、クロウの香りなら感じることができるけど。シグリって人が持ってた『死を招く』香り、だっけ。あれはわからなかったんだよね」
「ああ……。試作品だからじゃねぇの」
「そうかも。……もしくは、クロウが好きで作ったものじゃないからなんじゃないかな」
「……?」
「クロウが作ろうと思って……作りたくて作った香りなら、僕、わかると思うんだよね」
「……」

 忌み子の実態は、未だわからないことが多い。嗅覚がほとんどないはずのマシロが、クロウの調香した香りであれば感じられることも理由や原理は不明なままだ。だからマシロの考えが合っているのか、クロウにはわからない。だが、それでもいいかと思えた。クロウはクロウとして、これからも細々と、自由に香りを生み出していくだけだ。
 ――その香りでこいつが笑えるなら、それもまあ、いいだろう。

「さあな。どうでもいいや」
「ひどっ」
「あとこれ」
「? ……あ。新しい香水?」

 クロウが取り出した瓶を、マシロはきょとんと見つめた。クロウはジト目で答えてやる。

「お前割ったろ。人がせっかく作ってやったやつを」
「う。あ、はは。でもでも、あれは僕が悪いわけじゃないと思います」
「人の忠告無視した奴のどこが悪くないって?」
「ぐぬぬ」

 わざとらしい呻き声を出しながら、マシロは香水瓶を受け取った。
 シュッ、と一吹き。

 前回同様シロツメクサを中心に調合されているが、今度は草原のイメージの方が強い。透明感のある甘さに、晴れやかで爽やかな、ノスタルジックな香りがふんわりと広がって……。
 スゥ、と息を吸い込んだマシロが表情を綻ばせる。

「……いい香りだねぇ……」

 そうだろ、とクロウも笑った。


「すみません、お花くださーい」
「はーい! ただ今!」

 新たにやって来た客に、マシロとクロウは持ち場へ戻る。様々なニオイが満ちたこの空間で、二人は今日も働き続ける。

 ――今日も世界はニオイに満ちている。
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