殿下の婚約者は、記憶喪失です。

有沢真尋

文字の大きさ
1 / 6

【1】

しおりを挟む
 王太子のリチャードは、令嬢たちのお茶会に顔見せすることを「退屈な義務」「あくびを噛み殺して」「望むままに微笑むだけ」「彼女たちはよくあんなことばかり毎回、飽きもせず」と小馬鹿にするのが男同士の会話のたしなみ、「粋」だと信じている節がある。

 護衛として行く先々に付き従うヒースとしては「それは単なる陰口では。ただのイキリで品性も捻りもない」と思わずにはいられない。とてもではないが、「殿下の仰る通りです!」と持ち上げることはできない。

「ヒース。声に出ている。いま完全に全部口にしていたし、聞こえた。聞いた」

 金髪碧眼で、美貌の王妃によく似て顔だけは良いリチャードを前に、ヒースは口を閉ざした。
 ここぞとばかりにリチャードは溜息をつき、肩をそびやかす。

「俺でなければ、お前の首はとっくに体とおさらばしていただろう。王族に仕える近衛騎士として、もう少しわきまえろよ」

 ばちん、と片目を瞑って、おそらく本人としては「決め台詞」らしき常套句を言ってくる。リチャードは、自分の部下に対して、このように鷹揚おうようぶる傾向が往々にしてあるが、この振る舞いは、「自称サバサバ系」ではないかとヒースは愚考している。

(「俺は気にしないけど、周りが気にするからもっと弁えろ」という婉曲な脅し。確かに支配層にとってはこれで十分、下々に対して鷹揚な態度なのだろう。立場的には、周りがすべて便宜をはかってきてくれたわけだから、その「周り」の機嫌を損ねたらお前が危ういぞ、というのはこの方にとっては十分親切な忠告なのだ。ただし、自分自身の行動に関しては「周り」を気にしないし、口も出させない)

「無礼ついでに、殿下にはぜひ今より行動に分別を持って頂きたく」

 ヒースが言っても、不満そうに鼻を鳴らすのみ。
 本人はごく自然に自分優先で周囲の小言など聞く素振りもない。総じて「自分は特別。周りは俺の顔色をうかがうべきだが、俺は自分のやりたいことをする」という考えが透けている。
 根の部分がそうなのだから、時折見せる優しさめいたものには多分に本人の「やってあげた感」が滲み出ている。その優しさを向けられた者は、どんなに些細でも気づいて全力で褒め称えねばならない。

 王太子の婚約者である公爵令嬢アメリアは、この点でいつも微笑みの影に疲労を蓄えているように見えた。

 リチャードから極稀に向けられる小さな優しさを絶賛し、持ち上げる。自分自身は限りない優しさと愛情を注ぎ続ける。リチャードはそれをすべて当然と受け止め、省みることはない。ただし、アメリアがその献身を止めたら烈火の如く怒り狂うのは想像に難くない。自分の行動にアメリアが口を出すのも絶対に許さない。たとえば結婚前に派手な女遊びはやめて欲しい、という願いでさえも。
 アメリアは王太子妃、ゆくゆくは王妃という地位は得られるものの、生涯に渡って心の通い合った伴侶を持つ幸せとは無縁に終わるのかもしれない。

 緑なす黒髪に、輝く黒曜石の瞳。雪白の肌に薔薇色の頬。美しく誇り高く、いつでも微笑みを絶やすことのないアメリア。しかし彼女はある日を境にひとが変わってしまった、らしい。
 公爵家より告げられたその理由は「高熱で倒れて数日寝込んだあと、記憶が綺麗に消えてしまった」というものだった。

 * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

Kouei
恋愛
とある夜会での出来事。 月明りに照らされた庭園で、女性が男性に抱きつき愛を囁いています。 ところが相手の男性は、私リュシュエンヌ・トルディの婚約者オスカー・ノルマンディ伯爵令息でした。 けれど私、お二人が恋人同士という事は婚約する前から存じておりましたの。 ですからオスカー様にその女性を第二夫人として迎えるようにお薦め致しました。 愛する方と過ごすことがオスカー様の幸せ。 オスカー様の幸せが私の幸せですもの。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

【完結】可愛いのは誰?

ここ
恋愛
公爵令嬢の私、アリドレア・サイド。王太子妃候補とも言われますが、王太子には愛する人がいますわ。お飾りの王太子妃にはなりたくないのですが、高い身分が邪魔をして、果たして望むように生きられるのでしょうか?

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

処理中です...