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「アメリア嬢を蝕んだ熱病は、原因不明ということで……。殿下に伝染るなどといったことがあってはならないので、代理で参りました。殿下もこのたびのアメリア嬢の件には心を痛めています」
通り一遍、決まりきった口上を述べて、ヒースは来訪の挨拶とした。実際にリチャードが心を痛めているかどうかはこの際問題ではない。状況を確認してこい、と命じられただけだ。
「アトリー侯爵家のヒース殿。お父様はお元気かな」
「息災に暮らしております。お気遣いありがとうございます」
はるか高みの天蓋ガラス窓から光差す、玄関ホール。
アメリアの父、ワーナー公爵自らが螺旋階段を下りて姿を見せ、ヒースを歓待して挨拶をくれる。
モザイク大理石の床を踏みしめて進み、ヒースは公爵と面と向かって一礼をした。
ヒースの生家の侯爵家では、年の離れた兄がすでに結婚して当主の領地経営を手伝い、息子も娘も生まれている。よほどのことが無い限り次男のヒースは家督とは無縁。現在は貴族の子弟中心の近衛騎士団に所属し、王太子の護衛兼友人という立ち位置。この先、騎士団内で出世はあるかもしれないし、手柄を立てれば爵位を受ける可能性もある。逆に、リチャードの不興を買えば、明日をも知れぬ身。
「君は殿下から、アメリアの様子を見てくるように言われて来たのだろう。私の口から説明するよりも、本人に会った方が早い」
「病み上がりですが、大丈夫ですか」
「伝染るのが心配かね?」
「これで私は、体は鍛えています。もし万が一病魔に侵されても、命まではくれてやらないで済むかと。お嬢様のご容態が安定していて、直接お目にかかれるというのであれば、私もありがたいです。記憶喪失と聞いておりますが、何を覚えていて、何を忘れているのか。人伝に聞いただけでは見当もつきません」
公爵が先に立ち、群青の絨毯を敷き詰められた廊下を進む。数歩遅れて付き従いながらヒースが受け答えをすると、肩越しに振り返った。
見事な銀髪に、柔和な印象の黒瞳。貴族然とした端正な面差しをしているが、話しぶりの温かさのせいか、親しみやすさがある。
視線が絡み、公爵は足を止めた。ヒースも立ち止まった。長身のヒースを見上げるようにして目を細め、公爵はさりげない口調で言った。
「君は王太子付きになって長いようだが、どうかね。殿下は」
「その手の質問に答えてはいけない、という知恵は身につきました」
「なるほど。その通りだ。ではここだけの話、娘の父として聞きたい。娘はあの方と結婚して、幸せになれるだろうか」
(……国内屈指の大貴族の当主だ。腹芸では勝てない。この質問の意図は)
瞬きほどの間に、ヒースは頭の中に人間関係勢力図を広げ、力関係を様々な線から検討した。この質問に対して、自分が答える内容によって、何がどう変わるか考えられる限り考え尽くした。
ゆっくり瞬きをして、ヒースは表情を変えずに言った。
「私はあの方の『友人』でもあります。その私の目から見て、ご婚約者様のお父上にということであれば、悪いところだけの人間はいない、と」
「それはつまり、『悪い人物ではないのだが』という前フリか」
「この先様々な機会を経て、今まで以上に成長される方だと信じております。そのためのお力添えを、友人として、臣下として自分にできる限りのことをしていきたいと」
公爵の視線を受け、ヒースは微動だにせず公爵を見つめ返す。公爵にはそれで十分だったようで、口ひげを蓄えた唇の端を持ち上げて笑った。
「試すようなことを言って悪かった。しかし君はなかなか誠実なようだ」
「お褒め頂き恐縮です」
「褒めてはいない。損ばかりして、早死にしそうだという意味だ。そのへんの会話の機微は少しお父上に教わっておきなさい。君のお父上はあれで結構、狡猾だ。今のは掛け値なしの称賛だ、褒めている」
(この方は、骨の髄まで貴族だ)
話しぶりの穏やかさにほだされるところであった。ヒースは目を伏せて軽く頭を下げる。
「勉強になりました」
「ついて来なさい。娘は談話室にいる」
笑った。
背を向けて、公爵は厚い絨毯を踏みしめて歩き出した。
* * *
通り一遍、決まりきった口上を述べて、ヒースは来訪の挨拶とした。実際にリチャードが心を痛めているかどうかはこの際問題ではない。状況を確認してこい、と命じられただけだ。
「アトリー侯爵家のヒース殿。お父様はお元気かな」
「息災に暮らしております。お気遣いありがとうございます」
はるか高みの天蓋ガラス窓から光差す、玄関ホール。
アメリアの父、ワーナー公爵自らが螺旋階段を下りて姿を見せ、ヒースを歓待して挨拶をくれる。
モザイク大理石の床を踏みしめて進み、ヒースは公爵と面と向かって一礼をした。
ヒースの生家の侯爵家では、年の離れた兄がすでに結婚して当主の領地経営を手伝い、息子も娘も生まれている。よほどのことが無い限り次男のヒースは家督とは無縁。現在は貴族の子弟中心の近衛騎士団に所属し、王太子の護衛兼友人という立ち位置。この先、騎士団内で出世はあるかもしれないし、手柄を立てれば爵位を受ける可能性もある。逆に、リチャードの不興を買えば、明日をも知れぬ身。
「君は殿下から、アメリアの様子を見てくるように言われて来たのだろう。私の口から説明するよりも、本人に会った方が早い」
「病み上がりですが、大丈夫ですか」
「伝染るのが心配かね?」
「これで私は、体は鍛えています。もし万が一病魔に侵されても、命まではくれてやらないで済むかと。お嬢様のご容態が安定していて、直接お目にかかれるというのであれば、私もありがたいです。記憶喪失と聞いておりますが、何を覚えていて、何を忘れているのか。人伝に聞いただけでは見当もつきません」
公爵が先に立ち、群青の絨毯を敷き詰められた廊下を進む。数歩遅れて付き従いながらヒースが受け答えをすると、肩越しに振り返った。
見事な銀髪に、柔和な印象の黒瞳。貴族然とした端正な面差しをしているが、話しぶりの温かさのせいか、親しみやすさがある。
視線が絡み、公爵は足を止めた。ヒースも立ち止まった。長身のヒースを見上げるようにして目を細め、公爵はさりげない口調で言った。
「君は王太子付きになって長いようだが、どうかね。殿下は」
「その手の質問に答えてはいけない、という知恵は身につきました」
「なるほど。その通りだ。ではここだけの話、娘の父として聞きたい。娘はあの方と結婚して、幸せになれるだろうか」
(……国内屈指の大貴族の当主だ。腹芸では勝てない。この質問の意図は)
瞬きほどの間に、ヒースは頭の中に人間関係勢力図を広げ、力関係を様々な線から検討した。この質問に対して、自分が答える内容によって、何がどう変わるか考えられる限り考え尽くした。
ゆっくり瞬きをして、ヒースは表情を変えずに言った。
「私はあの方の『友人』でもあります。その私の目から見て、ご婚約者様のお父上にということであれば、悪いところだけの人間はいない、と」
「それはつまり、『悪い人物ではないのだが』という前フリか」
「この先様々な機会を経て、今まで以上に成長される方だと信じております。そのためのお力添えを、友人として、臣下として自分にできる限りのことをしていきたいと」
公爵の視線を受け、ヒースは微動だにせず公爵を見つめ返す。公爵にはそれで十分だったようで、口ひげを蓄えた唇の端を持ち上げて笑った。
「試すようなことを言って悪かった。しかし君はなかなか誠実なようだ」
「お褒め頂き恐縮です」
「褒めてはいない。損ばかりして、早死にしそうだという意味だ。そのへんの会話の機微は少しお父上に教わっておきなさい。君のお父上はあれで結構、狡猾だ。今のは掛け値なしの称賛だ、褒めている」
(この方は、骨の髄まで貴族だ)
話しぶりの穏やかさにほだされるところであった。ヒースは目を伏せて軽く頭を下げる。
「勉強になりました」
「ついて来なさい。娘は談話室にいる」
笑った。
背を向けて、公爵は厚い絨毯を踏みしめて歩き出した。
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