置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

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8話 幼なじみの水城香澄

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 しかしまあ、達也はぶれない。
 ホテルで少し過ごしたあと、予定より早く達也と自宅に帰った。家の人に連絡して、我が家の近くに停めた達也の車を回収させて、ワインとフランスパンを差し入れさせた。
 もうね、何でもありだなと。
 薄々気がついてたけど、達也の実家は物凄いお金持ちだと思う。そんな彼が、私の手料理が好きって……よくわからないわ。
 シチューだって市販のルーを使ってるのに。
「旨~!」
 どうしてそんなに美味しそうに食べるのかな?
 ワインのお供にパリパリに焼いたチーズと、焼いたフランスパンの上にクリームチーズとアンチョビを乗せたバゲットを出すと「これも旨い!」と美味しく食べてくれた。
 お粗末様でした。

──ピリリリリリッ。
 私のスマホが鳴った。
 画面には水城香澄(みずきかすみ)と出ていた。
 香澄は私の母のピアノ教室に通っていた友だちで、高校までは一緒にピアノコンクールに出場したり、音楽部で一緒にアコーディオンを担当したりしていた。
 彼女は音大へ。私は普通の大学へ進学した。
 何で音大に行かないんだ!ってあのときは怒ってたのよね。それから「男に捨てられたくらいでクヨクヨするな!男なんか、この世界中にたくさんいるの。蓮なんかカスよ。そんなヤツ引きずってないで前を見ろ!」って怒鳴られたっけ。
 でも、香澄がそう言ってくれたから、前を向けたんだよね。
 香澄は現在、ピアノバーを経営している。
 プロの楽団にスカウトされ一度は三重奏の奏者として所属したのに、ギスギスした人間関係があって色々なことに巻き込まれ嫌になって辞めて……自分でピアノバーを開いちゃったのよね。
 腕前はプロが認めるほどだから、香澄のファンもできてお店は繁盛している。
 ときどきゲストで私もピアノを弾かせてもらってる。
 香澄と連弾すると盛り上がるし、何気に私のファンもいるのよね。
 そんな香澄からの電話。なにかあったのかな?
「もしもし、香澄。どうしたの?」
『美咲!どうしよう。助けて!』
 興奮している香澄の声に驚く。
『実は、スポンサーの岸谷さんから私の店を接待場所に使いたいって連絡がきたんだけど、どこからか先方が「連弾しているピアノが人気」だって聞いたらしくて、ぜひ一度その音を聴きたいって言ってるそうなの』
「えっ、そうなの?接待はいつなの?」
『今日の夜7時』
 今は夕方5時だ。
 2時間後……。
 そこまで酔ってないけど……。
「どうした?トラブル?」
 達也が話しかけてきた。
 今まで彼氏にはピアノバーで演奏していると言ったことがない。今思い返せば、音楽コンクールに応援に行くと言ったのに来なかった蓮のことを、ずっと引きずっていたのだとわかる。
 期待するのが怖い。とくに、ピアノを聞きに来ると言って、また来てくれなかったら……。変なトラウマが私の中にあるようだ。
 問題に気がついてしまえば、その問題は簡単に解決できると、なにかのテレビ番組で言ってたっけ。
 だけど──
「友だちのお店で人手が足りないから手伝ってほしいって連絡」
 ──わかっていても、すぐに克服できることじゃない。ようやく、自分と向き合い出したけど、すぐに変わるなんてムリ。もう少し……時間がほしい。
 ごめんね、達也。
「切羽詰まってるみたいだから、私、行くね。ワインがまだ残ってるけど、今日はごめん。帰ってくれるかな?」
「え~……」
「ごめんね。また手料理作るから、ね」
「仕方ないか……。じゃ、今度は肉じゃがな」
「はいはい、わかりました」
 達也は重い腰を上げ、「ワインの残りは、美咲が飲んでいいよ」と言った。
 そして玄関から出ていくときに、達也は私を抱き締め「またな」と囁いた。
 少し掠れた声が色っぽいと思ったが、私は表情を変えないように笑って見送った。


 ◇◇◇


「お待たせ!」
 自宅から約一時間半かけて、香澄の経営するピアノバー『Bar con suono』に急いでやってきた。
 イタリア語で「con suono(コン・スオーノ)」は
「音とともに」「音を伴って」という意味がある。『Bar con suono』は直訳すると『音とともにあるバー』となる。
  
「美咲!ありがとう。このドレスに着替えて。それから、すぐにメイクとヘアセットもするから」
「わかったわ!」
 手早く着替え、私がベースメイク中に香澄がコテを使って華やかにヘアセット。メイクの仕上げを香澄が行って準備完了!
 香澄のメイクセンスは本当にすごい。自分でやったって、こんな別人にはならないわ。


 ◇◇◇


「岸谷様。本日は当店をご利用いただき、ありがとうございます」
 オープンの19時ちょうどに、男性二人が来店した。
 店の玄関に『20時まで貸切』と札がかかっているので、他のお客さんはいない。
「香澄。無理を言って悪かったね」
「そんな!岸谷様のご要望なら喜んで対応させていただきますよ」
 私はいつでもピアノを弾けるよう、ピアノの横に立ち、香澄の接待を見ていた。
 勝ち気で我が道を往くような香澄が、岸谷と呼んだ男性に笑顔で対応している。この店を出すときのスポンサーとしか聞いていないが……まさかね。
 岸谷は父親と言っては言いすぎだが、香澄よりもだいぶ年上の男性だ。香澄が年上好きと言っても、さすがに限度がある。恋愛に歳は関係ないというが……。
 う~ん……。わからない。
 岸谷の後ろにいる、若くて長身の男性となら頷ける。
 身なりの良いスーツ。光沢のある靴。
 見るからにお金を持っているとわかる。
 それに……なんとなく見覚えがあるような……。
「美咲」
 不意に香澄が声をかけてきた。
 目配せで『何か弾いて』と指示を出されたので、香澄たちの会話を邪魔しない曲はと考えて、この前ドラマで流れていた曲をアレンジして、柔らかいタッチで弾くことにした。
 切ないメロディーが心地よい曲だったから、よく覚えている。

 頭の中で音を再生し、指にトレース。
 理想の音が出ると思わず笑みが溢れる。
 曲が終わる頃には、香澄たちの会話はなくなっていた。
 ピアノの余韻が静まると、岸谷の連れの男性が拍手をしてきた。
「素晴らしい演奏だった。楽譜がないが、それは君のオリジナルかい?」
「いえ。先日のドラマの挿入歌で流れた曲をアレンジしただけです」
「ふ~ん……。水城さん。早速、連弾を聞かせてくれないか」
「っ、はい」
 男性にリクエストされて、香澄は小走りに駆け寄ってきた。
「美咲、いい曲だったよ」
「ありがとう」
「じゃ、いつものね」
 私が頷くと、香澄は満足そうに微笑み、隣に腰を下ろした。

 静寂。
 そして──、私たちは音を放った。
 パッヘルベルの《カノン》。
 香澄の指が織りなす旋律は完璧で、私はその流れに呼吸を合わせていく。
 音が交錯し、揺らぎ、磨かれたガラスのような響きが店内を満たした。
 岸谷が息を潜めて聴き入る中、香澄が最後の音を静かに落とす。
 岸谷は大きな拍手を贈ってくれたが、岸谷が連れてきた男性は不満の表情だった。

「……技術は、申し分ない」
 低く、穏やかな声。けれど、そのあとに続いた言葉は、氷のように冷たかった。
「だが、予定調和でつまらない。この程度なら、その辺の音大生の方がマシだ」
 
 はあ?
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