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17話 香澄の因縁
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あのあと、父さんが呼びに来るまで母さんと連弾を楽しんだ。気がつけば日を跨いでいたのだから、どれだけ夢中だったか伺える。
母さんは父さんと寝室へ向かったが、私は「もう少し弾いたら寝る」といってピアノを引き続けた。
いくら弾いても弾き足りない。
結局、朝起きてきた母さんに怒られて、強制的に部屋で寝かされたのは仕方がなかっただろう。
◇◇◇
実家から帰ってからは、1日が短く感じた。
自宅に置いている電子ピアノはもちろん使っているけど、どうしても本物の音が恋しくて、呼ばれてないのに『Bar con suono』に行ってピアノを弾かせてもらったり、公民館の音楽室を借りたりとピアノに飢える毎日だった。
実家から持って帰ってきた物は、目の端に映るが、忙しさにかまけて、手付かずの状態で部屋の隅へと追いやられていた。
そして迎えた、岸谷さんプロデュースの創立記念パーティー。なんと国内最高峰の5つ星ホテルで開催された。控え室で一室使わせてもらったが、語彙力を失うほどだった。
まず絨毯!
靴で入るのに罪悪感に蝕まれるほどフカフカ。
我が家の絨毯は紙なのか?と言いたくなるほどの違いだ。
シンプルな室内には気品があって、居心地を重視した内装だった。
ベットなんか、綿みたいにフカフカだ。
貧相な語彙力が恨めしい……。
ドレスに着替え、香澄にメイクとヘアセットをお願いし、戦闘準備は万全だ!
客入り前に会場でリハーサルに挑み、身体も気持ちも絶好調。本番が楽しみだ。
本番前に香澄とトイレで手を洗っていると、入口から甲高い笑い声が響く。
「管弦楽団なのに選抜20人しかステージに出してくれないって、ホント、嫌になるよ。私、今回落ちちゃったしさ。それにさ、最近外注多くない?オープニングの演奏、外部のピアニストらしいじゃん。なんでうちの楽団じゃないんだって、風間団長、めっちゃ怒ってたよね。わざわざ名前まで調べてさ~」
「あっ、知ってる!確か……水城っていう、ピアノバーの──」
そう言いながら入ってきたのは、女性三人だった。
そのうちのショートカットの女性が香澄を見て、笑顔が固まり、顔色を変えた。
「……は? なんで、あんたがここにいるの?」
ショートカットの女は一歩近づき、見下ろすように香澄を眺めた。
「嘘でしょ。外部ピアニストって、マジであんただったの?てか、楽団から追い出されて、もう音楽やめたと思ってた」
誰か知らないけど、香澄が昔所属していた楽団の人なのかと推察した。
当時、香澄が楽団を辞めた日、ヤケ酒に付き合った。そのとき、大体の事情を聞いた。
大学で付き合っていた『司』?だったかな。香澄はスカウト、司はオーディションでノーブル管弦楽団に入り、室内楽部門でピアノ(香澄)・ヴァイオリン・チェロ(司)の三重奏者として所属。そこで組んでいたヴァイオリニストで先輩楽団員の『玲奈』って女性に司を寝取られて、楽団内で揉めたから辞めたと聞いている。
「やめてないわ。『ちゃんとした場所』を選ぶようにしただけ」
香澄は表情ひとつ変えずに、淡々とした返答した。その態度が気に入らないようで、ショートカットの女は眉を吊り上げる。
「へえ……『ちゃんとした場所』?私たちの楽団が『ちゃんとしてなかった』って言いたいわけ?」
取り巻きの一人が、わざとらしく小声で囁く。
「団長、外部のピアニストの名前を知ったとき、マジで怒ってたよ。『あんなの使うなんて』って……」
香澄は軽く笑った。
「そう。じゃあ私の演奏をちゃんと聞いてて。『あんなの』かどうか、判断してもらえばいいだけでしょ」
言い捨てるでもなく、ただ静かに言う。その冷静さが、ショートカットの女の神経を逆撫でした。
「……相変わらず生意気。でも忘れないで? 楽団をやめたのは『実力不足』でしょ。負け犬が外で吠えたところで、プロの世界じゃ笑われるだけよ?」
香澄は手を拭きながら、淡々と告げた。
「私が辞めた理由は『そういうこと』になってるのね。まあ、どうでもいいことよ。結果は、今日の演奏でわかるわよ。」
ショートカットの女の顔が歪み、唇が震えていた。
「……っ、どうせ今日の演奏もたいしたこと──」
香澄は振り返らず、扉へ向かいながら一言だけ。
「音は嘘をつかない」
扉が閉まる。
残された彼女たちは一瞬言葉を失い、後輩っぽいのひとりがぽつりと言った。
「……負け犬なんだよね、あの人?」
「風間団長と玲奈先輩はそうだって……」
ショートカットの女はやはり、香澄の元カレを寝取った玲奈だったか。
玲奈の顔色が、静かに青ざめたのを見て、私もトイレから出た。
香澄をなめるなよ。
香澄は負けん気が強くて、なにより音楽を心から愛してる。
あの真摯な音に、戦慄すればいいんだ。
どっちが『負け犬』かは、音が教えてくれる!
先に歩く香澄を追いかけると、廊下に立っていた男性が「香澄?」と声をかけていた。香澄は一瞥すると、そのまま歩いて会場へ入って行った。
「外部のピアニストって……香澄だったんだ。ヤバッ」
男性は香澄が通った会場へ続くドアを見つめて、嬉しそうに笑っていた。その顔は少し不気味で、気持ち悪いと思った。
私も会場へ入ると、香澄はすでにピアノの前に座っていて、その顔は笑っていた。
「香澄……大丈夫?」
思わず心配を出してしまった。
すると香澄はニカッと笑って「もちろん!」と答えた。
「招待客の一覧に『ノーブル管弦楽団』って書いてあるのは知ってたから、『もしかしたら』っとは思っていたの。だけど、まさかあの女と元彼まで来るとは思ってなかったから、驚きはしたわ」
「もしかして……」
「そう。トイレの女は浅野玲奈(あさのれな)。廊下で声をかけてきたのが新城司(しんじょうつかさ)。まったく、どの面下げて私に声をかけてくるんだか。」
香澄は譜面台に楽譜を広げた。
「でも、俄然やる気が出た。私はね、音楽が好きなの。いつだって真摯に向き合ってきたわ。それをあいつらは踏みにじった。あのときは正直腹が立ったし、恨んだわ。でも、それも私の音として糧になってる。だから、一発食らわせてやるの。どんなに卑怯な手を使っても、真摯に向き合った音楽は負けないってさ」
香澄の瞳に宿る強さを見て、変だけど興奮した。
「うん!」
香澄なら大丈夫。
負けん気と、音楽への愛は誰にも負けない。
香澄を踏みにじった奴らに、格の違いを教えてやろう!
母さんは父さんと寝室へ向かったが、私は「もう少し弾いたら寝る」といってピアノを引き続けた。
いくら弾いても弾き足りない。
結局、朝起きてきた母さんに怒られて、強制的に部屋で寝かされたのは仕方がなかっただろう。
◇◇◇
実家から帰ってからは、1日が短く感じた。
自宅に置いている電子ピアノはもちろん使っているけど、どうしても本物の音が恋しくて、呼ばれてないのに『Bar con suono』に行ってピアノを弾かせてもらったり、公民館の音楽室を借りたりとピアノに飢える毎日だった。
実家から持って帰ってきた物は、目の端に映るが、忙しさにかまけて、手付かずの状態で部屋の隅へと追いやられていた。
そして迎えた、岸谷さんプロデュースの創立記念パーティー。なんと国内最高峰の5つ星ホテルで開催された。控え室で一室使わせてもらったが、語彙力を失うほどだった。
まず絨毯!
靴で入るのに罪悪感に蝕まれるほどフカフカ。
我が家の絨毯は紙なのか?と言いたくなるほどの違いだ。
シンプルな室内には気品があって、居心地を重視した内装だった。
ベットなんか、綿みたいにフカフカだ。
貧相な語彙力が恨めしい……。
ドレスに着替え、香澄にメイクとヘアセットをお願いし、戦闘準備は万全だ!
客入り前に会場でリハーサルに挑み、身体も気持ちも絶好調。本番が楽しみだ。
本番前に香澄とトイレで手を洗っていると、入口から甲高い笑い声が響く。
「管弦楽団なのに選抜20人しかステージに出してくれないって、ホント、嫌になるよ。私、今回落ちちゃったしさ。それにさ、最近外注多くない?オープニングの演奏、外部のピアニストらしいじゃん。なんでうちの楽団じゃないんだって、風間団長、めっちゃ怒ってたよね。わざわざ名前まで調べてさ~」
「あっ、知ってる!確か……水城っていう、ピアノバーの──」
そう言いながら入ってきたのは、女性三人だった。
そのうちのショートカットの女性が香澄を見て、笑顔が固まり、顔色を変えた。
「……は? なんで、あんたがここにいるの?」
ショートカットの女は一歩近づき、見下ろすように香澄を眺めた。
「嘘でしょ。外部ピアニストって、マジであんただったの?てか、楽団から追い出されて、もう音楽やめたと思ってた」
誰か知らないけど、香澄が昔所属していた楽団の人なのかと推察した。
当時、香澄が楽団を辞めた日、ヤケ酒に付き合った。そのとき、大体の事情を聞いた。
大学で付き合っていた『司』?だったかな。香澄はスカウト、司はオーディションでノーブル管弦楽団に入り、室内楽部門でピアノ(香澄)・ヴァイオリン・チェロ(司)の三重奏者として所属。そこで組んでいたヴァイオリニストで先輩楽団員の『玲奈』って女性に司を寝取られて、楽団内で揉めたから辞めたと聞いている。
「やめてないわ。『ちゃんとした場所』を選ぶようにしただけ」
香澄は表情ひとつ変えずに、淡々とした返答した。その態度が気に入らないようで、ショートカットの女は眉を吊り上げる。
「へえ……『ちゃんとした場所』?私たちの楽団が『ちゃんとしてなかった』って言いたいわけ?」
取り巻きの一人が、わざとらしく小声で囁く。
「団長、外部のピアニストの名前を知ったとき、マジで怒ってたよ。『あんなの使うなんて』って……」
香澄は軽く笑った。
「そう。じゃあ私の演奏をちゃんと聞いてて。『あんなの』かどうか、判断してもらえばいいだけでしょ」
言い捨てるでもなく、ただ静かに言う。その冷静さが、ショートカットの女の神経を逆撫でした。
「……相変わらず生意気。でも忘れないで? 楽団をやめたのは『実力不足』でしょ。負け犬が外で吠えたところで、プロの世界じゃ笑われるだけよ?」
香澄は手を拭きながら、淡々と告げた。
「私が辞めた理由は『そういうこと』になってるのね。まあ、どうでもいいことよ。結果は、今日の演奏でわかるわよ。」
ショートカットの女の顔が歪み、唇が震えていた。
「……っ、どうせ今日の演奏もたいしたこと──」
香澄は振り返らず、扉へ向かいながら一言だけ。
「音は嘘をつかない」
扉が閉まる。
残された彼女たちは一瞬言葉を失い、後輩っぽいのひとりがぽつりと言った。
「……負け犬なんだよね、あの人?」
「風間団長と玲奈先輩はそうだって……」
ショートカットの女はやはり、香澄の元カレを寝取った玲奈だったか。
玲奈の顔色が、静かに青ざめたのを見て、私もトイレから出た。
香澄をなめるなよ。
香澄は負けん気が強くて、なにより音楽を心から愛してる。
あの真摯な音に、戦慄すればいいんだ。
どっちが『負け犬』かは、音が教えてくれる!
先に歩く香澄を追いかけると、廊下に立っていた男性が「香澄?」と声をかけていた。香澄は一瞥すると、そのまま歩いて会場へ入って行った。
「外部のピアニストって……香澄だったんだ。ヤバッ」
男性は香澄が通った会場へ続くドアを見つめて、嬉しそうに笑っていた。その顔は少し不気味で、気持ち悪いと思った。
私も会場へ入ると、香澄はすでにピアノの前に座っていて、その顔は笑っていた。
「香澄……大丈夫?」
思わず心配を出してしまった。
すると香澄はニカッと笑って「もちろん!」と答えた。
「招待客の一覧に『ノーブル管弦楽団』って書いてあるのは知ってたから、『もしかしたら』っとは思っていたの。だけど、まさかあの女と元彼まで来るとは思ってなかったから、驚きはしたわ」
「もしかして……」
「そう。トイレの女は浅野玲奈(あさのれな)。廊下で声をかけてきたのが新城司(しんじょうつかさ)。まったく、どの面下げて私に声をかけてくるんだか。」
香澄は譜面台に楽譜を広げた。
「でも、俄然やる気が出た。私はね、音楽が好きなの。いつだって真摯に向き合ってきたわ。それをあいつらは踏みにじった。あのときは正直腹が立ったし、恨んだわ。でも、それも私の音として糧になってる。だから、一発食らわせてやるの。どんなに卑怯な手を使っても、真摯に向き合った音楽は負けないってさ」
香澄の瞳に宿る強さを見て、変だけど興奮した。
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