置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

文字の大きさ
18 / 50

17話 香澄の因縁

しおりを挟む
 あのあと、父さんが呼びに来るまで母さんと連弾を楽しんだ。気がつけば日を跨いでいたのだから、どれだけ夢中だったか伺える。
 母さんは父さんと寝室へ向かったが、私は「もう少し弾いたら寝る」といってピアノを引き続けた。
 いくら弾いても弾き足りない。
 結局、朝起きてきた母さんに怒られて、強制的に部屋で寝かされたのは仕方がなかっただろう。


 ◇◇◇


 実家から帰ってからは、1日が短く感じた。
 自宅に置いている電子ピアノはもちろん使っているけど、どうしても本物の音が恋しくて、呼ばれてないのに『Bar con suono』に行ってピアノを弾かせてもらったり、公民館の音楽室を借りたりとピアノに飢える毎日だった。
 実家から持って帰ってきた物は、目の端に映るが、忙しさにかまけて、手付かずの状態で部屋の隅へと追いやられていた。
 
 そして迎えた、岸谷さんプロデュースの創立記念パーティー。なんと国内最高峰の5つ星ホテルで開催された。控え室で一室使わせてもらったが、語彙力を失うほどだった。
 まず絨毯!
 靴で入るのに罪悪感に蝕まれるほどフカフカ。
 我が家の絨毯は紙なのか?と言いたくなるほどの違いだ。
 シンプルな室内には気品があって、居心地を重視した内装だった。
 ベットなんか、綿みたいにフカフカだ。
 貧相な語彙力が恨めしい……。

 ドレスに着替え、香澄にメイクとヘアセットをお願いし、戦闘準備は万全だ!
 客入り前に会場でリハーサルに挑み、身体も気持ちも絶好調。本番が楽しみだ。

 本番前に香澄とトイレで手を洗っていると、入口から甲高い笑い声が響く。
「管弦楽団なのに選抜20人しかステージに出してくれないって、ホント、嫌になるよ。私、今回落ちちゃったしさ。それにさ、最近外注多くない?オープニングの演奏、外部のピアニストらしいじゃん。なんでうちの楽団じゃないんだって、風間団長、めっちゃ怒ってたよね。わざわざ名前まで調べてさ~」
「あっ、知ってる!確か……水城っていう、ピアノバーの──」
 そう言いながら入ってきたのは、女性三人だった。
 そのうちのショートカットの女性が香澄を見て、笑顔が固まり、顔色を変えた。
「……は? なんで、あんたがここにいるの?」
 ショートカットの女は一歩近づき、見下ろすように香澄を眺めた。
「嘘でしょ。外部ピアニストって、マジであんただったの?てか、楽団から追い出されて、もう音楽やめたと思ってた」
 誰か知らないけど、香澄が昔所属していた楽団の人なのかと推察した。
 
 当時、香澄が楽団を辞めた日、ヤケ酒に付き合った。そのとき、大体の事情を聞いた。
 大学で付き合っていた『司』?だったかな。香澄はスカウト、司はオーディションでノーブル管弦楽団に入り、室内楽部門でピアノ(香澄)・ヴァイオリン・チェロ(司)の三重奏者として所属。そこで組んでいたヴァイオリニストで先輩楽団員の『玲奈』って女性に司を寝取られて、楽団内で揉めたから辞めたと聞いている。

「やめてないわ。『ちゃんとした場所』を選ぶようにしただけ」
 香澄は表情ひとつ変えずに、淡々とした返答した。その態度が気に入らないようで、ショートカットの女は眉を吊り上げる。
「へえ……『ちゃんとした場所』?私たちの楽団が『ちゃんとしてなかった』って言いたいわけ?」
 取り巻きの一人が、わざとらしく小声で囁く。
「団長、外部のピアニストの名前を知ったとき、マジで怒ってたよ。『あんなの使うなんて』って……」
 香澄は軽く笑った。
「そう。じゃあ私の演奏をちゃんと聞いてて。『あんなの』かどうか、判断してもらえばいいだけでしょ」
 言い捨てるでもなく、ただ静かに言う。その冷静さが、ショートカットの女の神経を逆撫でした。
「……相変わらず生意気。でも忘れないで? 楽団をやめたのは『実力不足』でしょ。負け犬が外で吠えたところで、プロの世界じゃ笑われるだけよ?」
 香澄は手を拭きながら、淡々と告げた。
「私が辞めた理由は『そういうこと』になってるのね。まあ、どうでもいいことよ。結果は、今日の演奏でわかるわよ。」
 ショートカットの女の顔が歪み、唇が震えていた。
「……っ、どうせ今日の演奏もたいしたこと──」
 香澄は振り返らず、扉へ向かいながら一言だけ。
「音は嘘をつかない」
 扉が閉まる。
 残された彼女たちは一瞬言葉を失い、後輩っぽいのひとりがぽつりと言った。
「……負け犬なんだよね、あの人?」
「風間団長と玲奈先輩はそうだって……」
 ショートカットの女はやはり、香澄の元カレを寝取った玲奈だったか。
 玲奈の顔色が、静かに青ざめたのを見て、私もトイレから出た。
 香澄をなめるなよ。
 香澄は負けん気が強くて、なにより音楽を心から愛してる。
 あの真摯な音に、戦慄すればいいんだ。
 どっちが『負け犬』かは、音が教えてくれる!

 先に歩く香澄を追いかけると、廊下に立っていた男性が「香澄?」と声をかけていた。香澄は一瞥すると、そのまま歩いて会場へ入って行った。
「外部のピアニストって……香澄だったんだ。ヤバッ」
 男性は香澄が通った会場へ続くドアを見つめて、嬉しそうに笑っていた。その顔は少し不気味で、気持ち悪いと思った。

 私も会場へ入ると、香澄はすでにピアノの前に座っていて、その顔は笑っていた。
「香澄……大丈夫?」
 思わず心配を出してしまった。
 すると香澄はニカッと笑って「もちろん!」と答えた。
「招待客の一覧に『ノーブル管弦楽団』って書いてあるのは知ってたから、『もしかしたら』っとは思っていたの。だけど、まさかあの女と元彼まで来るとは思ってなかったから、驚きはしたわ」
「もしかして……」
「そう。トイレの女は浅野玲奈(あさのれな)。廊下で声をかけてきたのが新城司(しんじょうつかさ)。まったく、どの面下げて私に声をかけてくるんだか。」
 香澄は譜面台に楽譜を広げた。
「でも、俄然やる気が出た。私はね、音楽が好きなの。いつだって真摯に向き合ってきたわ。それをあいつらは踏みにじった。あのときは正直腹が立ったし、恨んだわ。でも、それも私の音として糧になってる。だから、一発食らわせてやるの。どんなに卑怯な手を使っても、真摯に向き合った音楽は負けないってさ」
 香澄の瞳に宿る強さを見て、変だけど興奮した。
「うん!」
 香澄なら大丈夫。
 負けん気と、音楽への愛は誰にも負けない。
 香澄を踏みにじった奴らに、格の違いを教えてやろう!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅
恋愛
次期女王として王位継承が内定していたフランツェスカ。 だが戦況の悪化を理由に父王に争いの最前線に送られた。 それから一年、命からがら王都へ戻った彼女を待っていたのは労いの言葉ではなく、敵国・シュヴァルツヴァルトの王太子への輿入れ命令。 しかも父王は病弱な異母妹アリーシアを王妃に据え、フランツェスカの婚約者レナードを王にするという。 怒りと絶望の中フランツェスカはかつて敵将であったシュヴァルツヴァルト王太子・フリードのもとへお飾りの妻として嫁ぐことを決意する。 戦地での過去を封じ、王族としての最後の務めを果たすために。

天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く

りこりー
恋愛
天真爛漫で笑顔が似合う可愛らしい私の婚約者様。 私はすぐに夢中になり、容姿を蔑まれようが、罵倒されようが、金をむしり取られようが笑顔で対応した。 それなのに裏切りやがって絶対許さない! 「シェリーは容姿がアレだから」 は?よく見てごらん、令息達の視線の先を 「シェリーは鈍臭いんだから」 は?最年少騎士団員ですが? 「どうせ、僕なんて見下してたくせに」 ふざけないでよ…世界で一番愛してたわ…

思い込み、勘違いも、程々に。

恋愛
※一部タイトルを変えました。 伯爵令嬢フィオーレは、自分がいつか異母妹を虐げた末に片想い相手の公爵令息や父と義母に断罪され、家を追い出される『予知夢』を視る。 現実にならないように、最後の学生生活は彼と異母妹がどれだけお似合いか、理想の恋人同士だと周囲に見られるように行動すると決意。 自身は卒業後、隣国の教会で神官になり、2度と母国に戻らない準備を進めていた。 ――これで皆が幸福になると思い込み、良かれと思って計画し、行動した結果がまさかの事態を引き起こす……

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』

みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」 皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。 (これは"愛することのない"の亜種?) 前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。 エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。 それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。 速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──? シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。 どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの? ※小説家になろう様でも掲載しています ※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました ※毎朝7時に更新していく予定です

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...