置き去りにされた恋をもう一度

ともどーも

文字の大きさ
31 / 50

30話 桜庭こはる4

しおりを挟む
「これは私が勝手に思ったことで、間違ってるかもしれないけど……聞いてもらえる?」
 桜庭さんは小さく頷いた。

「さっき『達也は自分のヒーローだ』って言ってたでしょ?それを聞いててね、ふと思ったの。桜庭さんが達也に求めてたのは、『愛情』っていうより『安心』だったんじゃないかなって」

 彼女の目が少し揺れた。
「『ヒーローに守ってもらう』って、すごく安心するじゃない?きっとその感覚が心地よかったんだと思うの。でも……達也って、優しいからさ。誰にでも手を差し伸べちゃうところ、あるでしょ?」
 桜庭さんがうつむいた。
「……そう、かも」
「だから苦しかったんだと思う。自分だけを見てほしかったのに、誰かのことも助けてる。『どうして私じゃないの』って、心がざわつくんだよね」
 小さく頷いた彼女に、私は静かに続けた。
「自分だけのヒーローでいてほしかった──その気持ちは、私もわかるよ。でもね、相手にとってはそれが『束縛』や『支配』に感じることもあるの。……私も経験があるけど、すごく息苦しいんだよ。相手の気持ちが重くて逃げたくなる」

 達也の方を見ると、バツの悪そうな顔をしていた。
「達也も、あなたの気持ちに応えようとしてたんだと思うよ。『義理』とか『恩』とか言ってたけど……本当は大切に思ってたんじゃない?」
 軽く笑って、わざと意地悪っぽく言ってみる。
「まあ、中途半端な優しさで逃げ回って、桜庭さんを暴走させたヤツだけどね」

 達也が小さく息を吐いて、苦笑した。

「……桜庭さん、達也」
 私は少し真剣な声で名前を呼んだ。
 胸の奥が、ほんの少しだけチクッとする。
 ──昔の自分を見ているみたいだった。

「人を好きになるって、『守ってもらうこと』でも、『縛りつけること』でもないと思うの。足りないところを相手に埋めてもらおうとすると、どこかで無理がきちゃうんだ」
 桜庭さんが小さく息を吸った。
「……そう、なのかな」
「うん。私もそうだった。だから、わかるよ」

 蓮のことを引きずって、歴代の彼氏を傷つけてきた私が偉そうにと、胸がチクチクした。
 彼らに言っているようで、私は私に言っていると思った。

「相手が自分の思いどおりに動かないと不安になって、疑って、責めて……そうやって気づいたら、“愛”とは違う形に変わっちゃうんだよね」

 桜庭さんは、ゆっくり顔を上げた。
 その瞳はまだ潤んでいたけれど、さっきよりも穏やかに見えた。

「『この人がいないとダメ』って思う気持ちは、悪いことじゃないと思う。でもね、いつかは『この人のために何かしてあげたい』って思えるようになれたら……きっと、それが“本当の愛”なんじゃないかな」

 達也が目を伏せて、小さく呟いた。
「……耳が痛ぇな」
 私は笑って、肩をすくめた。

 本当、ブーメランみたいに自分に返ってくる。
 
 突然音信不通になったから、裏切られたって勝手に蓮を責めて、ラインをブロックして、ずっと引きずって、拗ねて、歴代の彼氏たちを『蓮の代り』として向き合ってこなかった私。
 全部、誰かに『満たしてもらおう』としていた自分。本当、恥ずかしいよ。
 何やってたんだかな……。

 達也が、ふっと息をついて、桜庭さんの方へ体を向ける。
「……こはる」
 深々と頭を下げた。
「すまなかった」
 この話し合いで初めて、達也が桜庭さんに頭を下げた。桜庭さんは驚いたように、涙を止めていた。
「どんな理由があっても、浮気なんて最低で不誠実だった。傷つけてごめん」
 あまりにストレートな謝罪に、桜庭さんも私も、今まで口を挟まなかった拓真さんや天音さんも驚いた。
「正直に言わせてもらうと、俺、こはるのことを『女』として見れない。婚約しても、こはるは『妹』にしか見れなかった。だけどお前が俺を『好きだ』って気持ちが暴走して、手がつけられなくなって、今さら婚約を解消するって言ったら何をしでかすかわからなかった。すごい面倒だと思ったよ。だから──」
 達也は一瞬息を詰め、苦しそうに吐き出した。 
「浮気を繰り返した。お前が俺を嫌うように。だけど、作戦は失敗。嫌われようとして、余計にお前を傷つけた。最低だった。……本当に、バカだったよ」
 達也の告白に、桜庭さんは顔色を青くしていった。

「傷つけてごめん。小細工しないで、ちゃんと話し合えばよかったのに、俺……カッコ悪く逃げてたな」
 優しいけれど苦しそうに、達也は笑った。
 桜庭さんは首を横に振って「やだ……」と泣いていた。達也が次に何を言うのか、悟っているようだ。

「……こはる、すまない。もっと早く話し合っておくべきだった。俺が逃げ回ったから、こんなにも傷つけてしまった。ごめん。……婚約を解消してくれ」
「やだ!」
「どうしても好きになれなかったんだ。ごめん」
「やだよ……」
 桜庭さんは達也の胸に飛び込んで、声を出して泣いた。
「ごめん……」
 達也は彼女を突き放すことはせず、優しく背中を撫でていた。
 中途半端に優しい達也。
 こんな未練が残る慰めをするなんて最低だと思う反面、彼らしいと思った。
「達也のバカ!最低男!浮気者!酷い!酷いよ!」
 桜庭さんは泣きながら、ずっと達也を罵倒する言葉を発するが、それが全部『達也が好きだ!』と言っているように聞こえた。
 そして達也はずっと「ごめん」と繰り返した。  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅
恋愛
次期女王として王位継承が内定していたフランツェスカ。 だが戦況の悪化を理由に父王に争いの最前線に送られた。 それから一年、命からがら王都へ戻った彼女を待っていたのは労いの言葉ではなく、敵国・シュヴァルツヴァルトの王太子への輿入れ命令。 しかも父王は病弱な異母妹アリーシアを王妃に据え、フランツェスカの婚約者レナードを王にするという。 怒りと絶望の中フランツェスカはかつて敵将であったシュヴァルツヴァルト王太子・フリードのもとへお飾りの妻として嫁ぐことを決意する。 戦地での過去を封じ、王族としての最後の務めを果たすために。

天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く

りこりー
恋愛
天真爛漫で笑顔が似合う可愛らしい私の婚約者様。 私はすぐに夢中になり、容姿を蔑まれようが、罵倒されようが、金をむしり取られようが笑顔で対応した。 それなのに裏切りやがって絶対許さない! 「シェリーは容姿がアレだから」 は?よく見てごらん、令息達の視線の先を 「シェリーは鈍臭いんだから」 は?最年少騎士団員ですが? 「どうせ、僕なんて見下してたくせに」 ふざけないでよ…世界で一番愛してたわ…

思い込み、勘違いも、程々に。

恋愛
※一部タイトルを変えました。 伯爵令嬢フィオーレは、自分がいつか異母妹を虐げた末に片想い相手の公爵令息や父と義母に断罪され、家を追い出される『予知夢』を視る。 現実にならないように、最後の学生生活は彼と異母妹がどれだけお似合いか、理想の恋人同士だと周囲に見られるように行動すると決意。 自身は卒業後、隣国の教会で神官になり、2度と母国に戻らない準備を進めていた。 ――これで皆が幸福になると思い込み、良かれと思って計画し、行動した結果がまさかの事態を引き起こす……

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』

みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」 皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。 (これは"愛することのない"の亜種?) 前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。 エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。 それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。 速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──? シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。 どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの? ※小説家になろう様でも掲載しています ※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました ※毎朝7時に更新していく予定です

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...