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悲痛
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当初の予定と少しキャラ設定が変わったので、前話の描写や呼び方を一部、修正しています。
※
ジャンヌが、その少女と話したのは一度きりだった。
母が弱っていく中、少しでも傍にいたいのに王太子妃教育があるからと、父によってラウラと共に王宮へと連れてこられたある日のことだ。
最初の頃は形ばかりの教師がついていたが、今では一人で与えられた課題をやるばかりだった。それでも、いつもなら黙々とやっていたがその日は食欲がなくなり、痩せてしまった母の姿が浮かんでたまらず泣いていた。
「うっ……お、お母、さま……っ」
「……どうしたの?」
「っ!?」
不意に声をかけられ、驚いて顔を上げると開いたドアから、淡い金の髪をした少女が顔を覗かせていた。
王宮にいるのもだが髪の色や身に着けているドレスから、高位の貴族令嬢だと気づく。誰かに見られて、彼女が叱られたら大変だと思って涙を拭い「大丈夫」だと伝えたが、少女は退かなかった。むしろ、ジャンヌのいる部屋に入ってきて、改めて涙の理由を尋ねてきた。
「お母様が、病気で。ご飯が、食べられなくて……消化に良さそうな料理とか、本で探したいけど……この部屋から、出ないように言われていて」
「……じゃあ、私が書き留めてくるわね」
「え?」
驚くジャンヌの前で、少女は辺りを見回した上で部屋を出ていき──半刻くらい経った頃、戻ってきた。そして数枚の、料理のレシピをジャンヌに差し出した。
「あ……あり、がとう……」
「ううん、じゃあね」
それだけ言うと、少女は部屋を出ていった。辞書の持ち込みは許されていたので、ジャンヌは貰ったレシピを挟んで持って帰り、母の為に料理を作ったのだった。
※
実は鍛えているので、クロエにもソフィアのような令嬢一人くらいなら、横抱きにして運ことが出来る。
出来るが、流石に逞しいどころではないので今回はオーベルに任せた。そして養護教諭のいる医務室に、ソフィアを連れていった。
……しかし、医務室に養護教諭はいなかった。
黒板に貼ってあるメモを見たところ、何でも昼休憩の前の授業で怪我をした生徒がいて、平民だったので親が迎えに来られない為、養護教諭が送りに行ったらしい。
『熱はなさそうだな』
真っ直な淡い金の髪。その額に少し触れて、クロエは言う。
病人に対して、応急処置くらいは出来るがとりあえず濡れタオルの出番はなさそうだ。とは言え、顔色が悪いので養護教諭もいないし、寝かせておいた方が良いかもしれない。
『心労でしょう?』
『そう……なんだろうな』
万が一、ソフィアが目を覚ましたら困るので一応、前世の日本語でオーベルと話をした。
ちなみにオーベルもだが、クロエもラウラ達だけではなく、彼女達を取り巻く環境や人間関係も調べているので、ソフィアについても知っている。更にソフィアは、ジャンヌの記憶にあった──亡き母の為のレシピを持ってきてくれた、あの少女だ。
「んっ……」
「……大丈夫ですか? 食堂で倒れたので、従者に頼んで医務室に連れてきました」
内容は解らないにしても、小声での会話にソフィアが小さく声を開け、紫色の目を開く。
起こして申し訳なく思いつつも、クロエは令嬢を装ってソフィアに話しかけた。それから、慌てて起き上がろうとするソフィアをそっと押し留め、そのまま寝ているように促した。
「ありがとう、ございます……あの、他の方は……」
「ご友人達には、私が医務室に連れていくからと断りましたよ」
「……そう、ですが。ありがとうございます」
クロエの答えに一瞬、ソフィアの表情が曇る。しかしすぐに微笑んで、ソフィアは再びお礼を言った。
彼女が聞きたかったのは、同じ食堂にいた『婚約者』の動向だろうが──ソフィアが倒れても来なかったので、クロエとしては呆れるしかない。
(こんなに綺麗な子なのに『アイツ』は、何が不満なんだか……ああ、ラウラじゃないからか?)
そんなソフィアを眺めながら、クロエは声に出さずに呟いた。
……彼女はソフィア・ド・セルシウス。
四大公爵家の一つであり、代々外交官を勤めるセルシウス家の一人娘で──ウナム国の第三王子である、ハリドの婚約者だった。
※
ジャンヌが、その少女と話したのは一度きりだった。
母が弱っていく中、少しでも傍にいたいのに王太子妃教育があるからと、父によってラウラと共に王宮へと連れてこられたある日のことだ。
最初の頃は形ばかりの教師がついていたが、今では一人で与えられた課題をやるばかりだった。それでも、いつもなら黙々とやっていたがその日は食欲がなくなり、痩せてしまった母の姿が浮かんでたまらず泣いていた。
「うっ……お、お母、さま……っ」
「……どうしたの?」
「っ!?」
不意に声をかけられ、驚いて顔を上げると開いたドアから、淡い金の髪をした少女が顔を覗かせていた。
王宮にいるのもだが髪の色や身に着けているドレスから、高位の貴族令嬢だと気づく。誰かに見られて、彼女が叱られたら大変だと思って涙を拭い「大丈夫」だと伝えたが、少女は退かなかった。むしろ、ジャンヌのいる部屋に入ってきて、改めて涙の理由を尋ねてきた。
「お母様が、病気で。ご飯が、食べられなくて……消化に良さそうな料理とか、本で探したいけど……この部屋から、出ないように言われていて」
「……じゃあ、私が書き留めてくるわね」
「え?」
驚くジャンヌの前で、少女は辺りを見回した上で部屋を出ていき──半刻くらい経った頃、戻ってきた。そして数枚の、料理のレシピをジャンヌに差し出した。
「あ……あり、がとう……」
「ううん、じゃあね」
それだけ言うと、少女は部屋を出ていった。辞書の持ち込みは許されていたので、ジャンヌは貰ったレシピを挟んで持って帰り、母の為に料理を作ったのだった。
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実は鍛えているので、クロエにもソフィアのような令嬢一人くらいなら、横抱きにして運ことが出来る。
出来るが、流石に逞しいどころではないので今回はオーベルに任せた。そして養護教諭のいる医務室に、ソフィアを連れていった。
……しかし、医務室に養護教諭はいなかった。
黒板に貼ってあるメモを見たところ、何でも昼休憩の前の授業で怪我をした生徒がいて、平民だったので親が迎えに来られない為、養護教諭が送りに行ったらしい。
『熱はなさそうだな』
真っ直な淡い金の髪。その額に少し触れて、クロエは言う。
病人に対して、応急処置くらいは出来るがとりあえず濡れタオルの出番はなさそうだ。とは言え、顔色が悪いので養護教諭もいないし、寝かせておいた方が良いかもしれない。
『心労でしょう?』
『そう……なんだろうな』
万が一、ソフィアが目を覚ましたら困るので一応、前世の日本語でオーベルと話をした。
ちなみにオーベルもだが、クロエもラウラ達だけではなく、彼女達を取り巻く環境や人間関係も調べているので、ソフィアについても知っている。更にソフィアは、ジャンヌの記憶にあった──亡き母の為のレシピを持ってきてくれた、あの少女だ。
「んっ……」
「……大丈夫ですか? 食堂で倒れたので、従者に頼んで医務室に連れてきました」
内容は解らないにしても、小声での会話にソフィアが小さく声を開け、紫色の目を開く。
起こして申し訳なく思いつつも、クロエは令嬢を装ってソフィアに話しかけた。それから、慌てて起き上がろうとするソフィアをそっと押し留め、そのまま寝ているように促した。
「ありがとう、ございます……あの、他の方は……」
「ご友人達には、私が医務室に連れていくからと断りましたよ」
「……そう、ですが。ありがとうございます」
クロエの答えに一瞬、ソフィアの表情が曇る。しかしすぐに微笑んで、ソフィアは再びお礼を言った。
彼女が聞きたかったのは、同じ食堂にいた『婚約者』の動向だろうが──ソフィアが倒れても来なかったので、クロエとしては呆れるしかない。
(こんなに綺麗な子なのに『アイツ』は、何が不満なんだか……ああ、ラウラじゃないからか?)
そんなソフィアを眺めながら、クロエは声に出さずに呟いた。
……彼女はソフィア・ド・セルシウス。
四大公爵家の一つであり、代々外交官を勤めるセルシウス家の一人娘で──ウナム国の第三王子である、ハリドの婚約者だった。
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