彼の想いはちょっと重い

なかあたま

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 玄関の鏡で制服を整え、母から押し付けられた弁当をリュックへ詰め込む。
 スニーカーの紐を結び直し、ドアを開けた瞬間、心矢の朗らかな笑顔と鉢合わせ、俺は後ろにすっ転びそうになった。

「あら、心矢くんじゃない」
「お久しぶりです、おかあさま」

 フッと目を細める心矢に母は「やだぁ、おかあさまだってぇ」と俺の背中を叩いた。
 俺の内心など知りもしないであろう母の平手の強さを無視し「……行ってきます」とぶっきらぼうに告げる。

「……お前、いつからここに?」
「ついさっき、来たばかりだよ。一緒に学校へ行ってもいい?」

 俺より身長が高い心矢だが、なぜか上目遣いで見られているような感覚に陥る。
 さらに首をこてんと傾げられ、俺は無意識に頷いていた。
 「やったぁ」と歯を見せる心矢が、俺の隣を歩む。
 浮ついた足取りが妙に子供らしくて、心矢の大人びた顔つきとのギャップにどぎまぎした。

「……心矢」
「なに?」

 俺に名前を呼ばれて嬉しいのか、心矢はふわついた声で返答する。
 俺は息を吸い込み、静かに、そして長く吐き出す。

「お前、写真部だったよな?」
「……」

 心矢のまとった空気が凍る。

「どんな写真を撮ってた?」
「……背景とか、花とか」
「……俺は?」

 ちらりと心矢を見た。彼はじっと俺を見つめたまま、黙りこくった。
 長い沈黙が続く。鳥の鳴く声が俺達の間を流れた。

「その沈黙は、答えなんだよ心矢……!」

 俺は頭を抱えた。心矢は真顔のまま表情筋ひとつも動かさない。
 否定も肯定もせず、ただ見つめ続ける心矢は、下手なホラー映画よりよほど怖かった。

「ところでゆうくん」
「うわぁ! 何事もなかったように話題を変えるなぁ!」

 心矢はニコリと微笑み、俺へ問いかけた。ケロッとした彼は、言葉を続ける。

「今日の放課後、一緒に帰ってもいい?」

 部活があるから無理と言いたかったが、あいにく俺は帰宅部だ。
 こういう時に部活に入っておくべきだったなと後悔する。
 「お前、部活は?」と問いかけると「写真部がないから、帰宅部にしたんだ」と笑顔で返された。
 察するに俺が帰宅部だから、帰宅部にしたんだろう。
 考えすぎかもしれないが、引く手あまたの彼がわざわざ帰宅部を選ぶ理由がわからなかったので、あながち間違いではなさそうだ。

「別に、いいけど」

 正直、断る理由もない。ここで無理に拒絶すると、俺が意識しすぎているみたいでカッコ悪く思えた。
 「ありがとう」と目を細める心矢は、どこからどう見ても平凡な年上男を好きになるような存在ではない。
 もったいないなぁコイツ、と内心ため息を漏らす。

「……お前さ、なんで俺のこと好きなの?」

 ずっと思っていた純粋な疑問だった。
 何故、彼はここまで俺に固執するのか謎であった。
 心矢は困ったように笑い「なんでかなぁ」とひとりごちた。

「……わかんねぇのかよ」
「なんだろうね。でも、直感でそう思ったんだ。この人が運命の人なんだって」

 穏やかな口調でそう言われた。ふわりとした声だったが、しかし芯のある声だった。
 それがなんだか気恥ずかしくて「ふぅん」と鼻を鳴らす。
 ふと、真横を自転車が通り抜けた。
 艶やかな黒髪のポニーテールを揺らした彼女は、一瞬こちらを振り返る。
 俺を一瞥し、間をおいて心矢を見た。
 やがて目をそらし、そのまま遠ざかる。
 制服を見る限り、俺達と同じ高校に通う生徒だ。

「知り合いか?」
「多分、同じクラスの笹部さんだった気がする。バレー部にはいるらしいよ」
「やけに詳しいな」
「だって、男子バレー部に入らないの?ってきのう話しかけられたし」

 ふぅんと鼻を鳴らす。そこでハッとあることに気がついた。
 わざわざこちらを振り返ったバレー部の女子。彼女はもしかしたら心矢に気があるのかもしれない。
 新しい春の風が、心矢に舞い込むのでは? と思いつつ、いやいや俺は田舎の厄介な老人かよと肩をすくめた。
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