奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏

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『河東の乱編』 天文六年(一五三七年)

第43話 松井宗信って知ってる?

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 二俣城に静と仙がやってきた。
 輿入れでは無いので、懸川城の家人に付き添われ徒歩で。馬でも中々の距離があるというに、あのめんどくさがりの友ちゃんが徒歩で来るとは。

 色々とやんごとなき事情により妾を迎える事になったと、すずなには正直に話した。一瞬ムッとした顔をされたが、その後すぐに笑顔に戻った。正直、冷や汗をかくほど怯んだが、どうやらわかってはくれた様子。

 ほっとしたのも束の間、翌日花月院に呼び出されしこたま叱られた。

「五郎八郎殿、事前に奥方に何の相談も無く新しい妾を囲うとか、いかなる了見なのですか?」

 同じ事を家人の藤四郎に指摘されたから、菘に報告したのだが……

「そもそも! 菘様が懐妊された時に、妾なら用意して差し上げたではありませんか! 器量器量とうるさい五郎八郎殿の目に叶うようにと、菘様と一緒になって見つけた『まい』の、何がそんなに気に入らなかったのか、手も付ずに放置して」

 いやそれは……妻が妊娠中だからと別の女子に横恋慕するのもと思ったからであって……

「それが何ですか! ちょっと戦に行ったら、相手の姫君を戦利品かの如く連れて帰ってくるとか。どこの賊の所業ですか!」

 それはさすがに誤解だと反論しようとも思ったのだが……だまらっしゃいと怒鳴られるのが目に見えている。例え話の言葉尻をとらえるなと。

「あの……帰ってから舞殿の姿が見えぬのですが……」

 花月院はじろりと五郎八郎を睨み、はあと呆れたようにため息をついた。

「舞でしたら和田八郎二郎に下げ渡しました。手も付けなかったのですから構わないでしょ?」

 正直悔しさで涙が出そうだった。
 なんであそこまでの美女を八郎二郎なんぞに!
 で、なんでこっちは友江なんだよ!
 くそっ!

「今回はもう過ぎてしまった事だからやむを得ませんが、次回からはかような事の無きよう!」

 渋々「はい」と返事をすると、声が小さいと叱られてしまったのであった。


 やってきた静と仙を見て、どう扱ったものだろうと頭を抱えた。友ちゃんの性格からして、絶対大人しくしていてくれるわけがない。菘と喧嘩でもされたらどうしよう。
 思わずため息が漏れる。

 静は人の顔を見て悪戯っぽい顔をし、しおらしく「お世話になります」などと言ってきた。
 そんな事を言われても、飢えない程度に食事の世話くらいしかしてやる気はない。大体、妾と言ったって友ちゃんとそんな関係になれるわけがない。そもそもこちらは家庭のある身なわけで。

 色々な意味で何でこんな事になったのやら……

「部屋は又六に案内させるから、落ち着いたら花月院殿とうちの内儀に挨拶を頼むよ」

 そう言ってそそくさとその場を逃げ出したのだった。


「へえ。本当に宗太が松井宗信だったんだ。凄いじゃん! 今川家のNo.4なんでしょ。歴史の流れを知ってるからって言ってもさ、よく上手い事流れに乗れたよね」

 静こと友江は、先日兄備中守の持ってきた茶葉でお茶を淹れている。
 すでに花月院と菘には挨拶を済ませてきたようで、仙は菘の侍女の露草に城内を案内してもらっている。ちなみに露草は、先日家人の篠瀬藤三郎と夫婦になっている。

「昔、プレステ2で発売された織田軍の部隊を動かすってレトロゲーム、飽きるほどやってたからね。ところでさ、友ちゃんは松井宗信って人の事知ってる? 僕、知らないんだよね」

 すると友江は茶碗を差し出し「多少は知っている」と回答。この辺りが有名人の伝記とゲームから歴史に詳しくなっていった僕と、広く歴史への興味からゲームにも興味を示していった友江との差だろうか。

 友江の話によると、今川家中ではかなりの戦上手な人物で今川義元の側近だったらしい。桶狭間の戦いで義元の本陣の前に陣取っていて義元より先に討死してしまった。残念ながら友江も知ってる知識の全てがそれらしい。

「マイナー武将には違いないよね。ドが付くレベルの。宗太がよくやってた会社のゲームには出て無かったけど、私がハマってたカード使うゲームには出てたよ。今川のデッキだと低コストのわりに制圧持ちで使えるカードだったんだよね。(玉砕スキル持ちだから囮に最適……)」

 その説明で思い出した。一時期三人でドハマリしてた、ゲームセンターのあのカードを前後させるやつだ。
 そういえば友江は今川デッキだったな。僕は上杉デッキだったんだよね。

「つまりは、このままいくと待っているのは桶狭間での討死エンドって事か。何とかして矯正力を乗り越えてバッドエンディングを回避しないとなあ」

 「矯正力って何の事?」とたずねる友江に、先日の義元の命名の話をし、どうやら歴史を捻じ曲げようとしても本来の歴史に引き戻そうとする強い力が働くらしいと説明した。

「ふぅん。じゃあさ、この間の花倉の乱って、全部史実通りだったって事? 実際に私みたいな変な姫様が朝比奈家にいて、北条綱成つなしげの奥さんになってたって事?」

 『変な姫様』って……自分でそれを言うかなあ。
 そもそも花倉の乱の詳細なんて知らないし、史実通りかどうか問われてもわかるわけがない。

 ……え?

「今何て? 北条綱成? 何でここに北条綱成が出てくるの?」

 意味が分からないと言う宗太に友江は逆に驚いている。結構有名な話だと思うのにと。

「『地黄じき八幡はちまん』で有名な玉縄たまなわ城主の北条綱成って福島正成の子なんだよ。まさか四人もいるとは思わなかったけど、でもうちの一人は綱成のはず。恐らく私の夫だった孫九郎って人がその人だと思うんだよね」

 宗太のやってたゲームの伝記には書いていなかったかもしれないけど、自分のやってたカードゲームにはちゃんと書いてあったと友江は説明。
 どういう経緯かまではわからないけど、北条家に身を寄せる事になり、当主の北条氏綱に気に入られ、氏綱の娘を娶って北条姓を名乗る事になる。その後、北条家が一大勢力を築く事になる『川越夜戦よいくさ』で大活躍するんだと。

 もしそれが正しいとするなら、色々と考えさせられる事がある。

 福島正成の子が北条家を頼って落ち延びるという事は、恐らく花倉の乱は北条氏綱が裏で糸を引いていたという事になるだろう。だとすれば最初の近侍の五人の中に氏綱の命を受けていた者がいるという事になる。
 恐らくその人物は、福島安房守の弟の福島弥四郎。

 最初からどこか話が通らないと感じてはいたのだ。遠江衆の領地替えの話から、どうして駿河衆まで領地替えという話に発展してしまったのか。
 考えてみればそこの話の飛躍が無ければ、先代のお館様を殺害などという事態には発展しなかったはずなのだ。だが、それを煽った者がいるとなれば合点がいく。
 だとすれば、きっと第二幕がある。

「もしも僕が北条綱成を召し抱えたらどうなるんだろう? 例え成功したとしてもやっぱり矯正力で出て行かれちゃうのかな?」

 「そうねえ」と言って、友江は少し冷めてしまった茶を啜った。あれがこうなって、これがそうなってと何やらぶつぶつと独り言を言い始める。

「試してみたら面白いかもね、もしかすると北条家は川越夜戦で負ける事になるかも。そうなったら関東管領と古河公方でまた争う事になって、今川家は三河、尾張に手が出しづらくなるかも。そうなれば桶狭間は無くなるかもね」

 ……それだと単に三河を織田家に取られてじり貧になるだけだったりしないのだろうか?
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