奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏

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『河東の乱編』 天文六年(一五三七年)

第46話 五郎八郎の首を取れ!

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「弥三、大至急、出立の準備をせよ!」

 そう命じると五郎八郎は自身も出立の準備を行った。
 さすがにここで駿府城の城兵を引き抜くわけにはいかないので、二人だけで迎撃に向かうしかない。

「待たれよ、五郎八郎殿。そなたは駿府城の留守居ぞ? いづこに参られるつもりなのだ?」

 恰幅の良い体でおろおろとする瀬名陸奥守に向かって「駿府城はお願いする」と短く述べて、五郎八郎は部屋を出ようとした。「せめてどこに行くか言い置いてくれ」と陸奥守は嘆願。

「天方城に行きます。既に二俣城には軍勢を率いて天方城に向かうようにお願いしてあります。ですので、何かあったら天方城にお願いします。時は一刻を争いますので、これにて御免」

****

 ここまで五郎八郎は事前に五人の城主にそれぞれ異なる手紙を出している。
 恐らく今回反旗を翻すのは見附城と井伊谷城のみと五郎八郎は読んでいた。前回の花倉の乱の結果を鑑みれば、駿府に矛を向けるのはどの家も躊躇うはず。それでも、どこか近隣の城が落とせれば次々となびく家が出ると敵は計算しているはず。

 近隣の城。恐らくは、まだ先の内戦の痛手から全く回復できていない久野城であろう。そこで密かに天方城に久野城へ増援を派遣するように依頼をかけておいた。
 先の内乱で土方城を攻めたのが体力的に厳しかったようで、山城守は城に帰った後すぐに家督を嫡男の民部少輔に譲って隠居してしまっている。
 あくまで民部少輔の判断如何ではあるのだが、堀越軍が久野城に殺到する前に入城できているはず。

 なお、久野城の方には、必ず援軍に駆けつける故、何としてでも死守してくれと書状に書いておいた。

 問題は堤城の松井軍、懸川城の朝比奈軍、馬伏塚城の小笠原軍が河東郡の方に行ってしまっている事である。迎撃のために動かせる兵が非常に限られてしまっている。
 兵数的に見れば、曳馬軍が見附軍と同程度いる。だが、前回のように一軍を差し向けるだけならまだしも、全力で攻略となると三河からの侵攻への備えが心許無くなると感じられてしまうだろう。

 さらに懸念点はもう一点。恐らく今回久野城を攻める兵を率いるのはあの者たちだという事。


 二俣城からは和田八郎二郎、魚松弥次郎、篠瀬藤三郎の三名が兵を率いてやってきた。
 天野軍と合流し、一旦二俣城の南東の杜山もりやま城に入り、その後天方城の南西にある飯田いいだ城へ入城し天方軍とも合流。
 飯田城は天方氏と同族の山内やまのうち対馬守という人物の居城である。申し訳ないが、対馬守は今回否応無しに巻き込まれたという事になる。

「久野城はかなり激しく堀越軍に攻めたてられておるようですな。民部を行かせはしたが、いつまで耐えられる事やら」

 隠居の天方山城守が不安そうな顔で五郎八郎に報告した。

 久野城は小高い台地を利用した城で、それなりに攻めづらい作りになっているのだそうだ。だが難攻不落というほどでは無く、早めに救援に向かうべきというのが対馬守の意見であった。

「このまま久野城に向かって後詰ごづめ決戦に持ち込むのが定石だとは思いますが……」

 敵の兵を率いている者が誰なのか、天野小四郎も何となく察しているようで、どこか歯切れが悪い。土方城で福島軍の精強さを味わった小四郎はその恐ろしさが骨身に沁みてしまっていると見える。

 確かに小四郎の言うように、飯田城にいる兵を持って、攻城戦で少なからず疲弊している福島軍を久野城で挟撃するという後詰決戦は、定石中の定石だろう。だがそんな事は堀越軍たちも織り込み済みで攻城をしているはず。
 できれば、そんな敵の裏をかいてやりたい。

 五郎八郎は目の前に置かれた周辺の地図をじっと見つめた。
 ふっと顔を上げると、天方山城守に久野城はどのくらい持ちそうかとたずねた。それに対し、一週間が限度だろうと山城守の家人が回答。すると五郎八郎は小さく頷き、紙と筆を取り出してすらすらと書状を書いた。

「藤三郎、今すぐこれを持って匂坂城へ向かってくれ」


****


 久野城を攻城している福島孫九郎は、陣幕に戻って来ると、大将である兄孫二郎に「見附の兵は弱兵でかなわん」と悪態をついて自らの膝を叩いた。

「訓練もまともにされておらず、おまけに実戦経験も乏しい。土方の精鋭であればこの程度の城、とうの昔に落ちているであろうに」

 それは孫二郎も感じている事ではある。だが先の内乱でその精鋭の半数は花倉城で散ってしまい、残りの半数は土方城と運命を共にしてしまった。孫二郎たちと花倉城を脱した僅かに残った精鋭は、今弟の伊賀守が率いて天方城からの救援軍の迎撃に備えている。

 率いる兵がいるだけ有難い。それ以上は言っても詮無い事と孫二郎は憤る弟をなだめた。

 するとそこに斥候がやってきて、飯田城からこちらに向けて救援軍が進軍中と報告した。しかもその旗印は「竹輪に九枚笹」。

「松井五郎八郎自らお出ましか! そのそっ首掻き切って父上と兄上の墓前に供えてくれん!」

 孫九郎は兄孫二郎に不敵に笑いかけ、すたと立ち上がり愛用の朱槍を手にし、石突で何度も地面を叩いて気合を入れた。

 すると続けて別の斥候が敵の続報を入れてきた。内容は松井軍のおよその兵数。だが報告された兵数が思った以上に少ない。
 孫二郎は顎を撫で「罠かもしれぬ」と孫九郎に言った。

「やつらも土方城で痛手を被ったと聞く。恐らくまだそこから回復できていないのだろう。兄者、今こそ好機ぞ! ここで松井軍を踏みつぶせば、遠江の国衆たちが雪崩を打ってこちらになびくかもしれぬ」

 先の内乱の功績で松井五郎八郎は遠江衆の顔役のように扱われていると聞く。なればそれを倒す事ができれば、遠江衆と今川家の綱が切れる事になる。そうなれば、孫九郎の言うように戦況は一気にこちらに傾くだろう。
 孫九郎のその見解に孫二郎も同意した。

 孫二郎と孫九郎は陣幕を引き払い、全軍を率いて伊賀守に合流。救援軍たる松井軍の迎撃に向かったのだった。


 孫二郎たちの目の前に松井軍が現れる。敵は緩い坂の上に陣取っている。報告通り数が少ない。どう見ても自分たちの三分の一にも満たない兵数しかいない。

「天は我らに味方した! 敵は寡兵だ! 踏みつぶせ! 踏みつぶして父上と兄上の仇を討て!」

 左翼の孫九郎が攻撃を指示すると、兵たちは一斉に目の前の松井軍に襲い掛かった。
 だが緩い坂を上っての進軍であり、どうにも勢いが鈍い。少なくともその進軍の勢いは、孫九郎が期待したものには遠く及ばないものであった。

「兄者が足止めしている敵の脇腹を突く! かかれ!!」

 右翼の伊賀守が軍配を振って進軍を指示。自らも槍を手に松井軍目がけて坂道を上って行く。
 こちらは元々土方城の精鋭が主であり孫九郎隊と異なり圧倒的に行軍速度が早い。

 伊賀守隊の進軍を前に松井軍は後退を開始。
 だが後退というよりも潰走という感じで、我先にと坂を上って行く。

「敵は逃げ腰だ! かかれ! かかれ! 一兵たりとも逃すな!」

 孫九郎隊も松井軍を追って坂を上って行った。

 血気に逸る弟二人を、本陣の孫二郎は冷静に観察していた。
 堀越家の家人から我らも追撃しましょうと進言を受けたのだが、果たして本当に追撃してしまっても良いものなのか悩んでいた。敵の罠かもしれないと。

「いや。我らはここに残る。やはり、どうにも敵の罠に感じる。弟たちはああなったら何を言っても聞きはしない。であればここに残って、挟撃を受けないように久野城を牽制し続けるが上策!」

 勝てば褒めればよいだけの話。そう言って孫二郎は迎撃準備を取るように兵たちに命じた。
 だが堀越家の家人たちは功績を目の前にそんな命は聞けないと言って、兵の半数を率いて孫九郎隊たちを追って進軍を開始してしまったのだった。


 久野城の北、中峰山なかみねさんは三叉の鉾のような地形をしている。西の谷に比べ東の谷はかなり深くまで切れ込んでいる。だが西の谷に比べると東の谷は道幅が広い。

 松井軍の囮部隊を率いた魚松弥次郎は、比較的道幅の狭い西の谷の奥へ我先にと撤退した。残念ながら途中追いつかれて福島軍の精鋭に討たれる者が続出。だが、間もなく谷の奥が見えてくる。

 追撃に夢中になり、孫九郎隊も伊賀守隊も部隊は雑然としていて隊列というものは崩れきっている。
 そんな彼らの目の前に、松井軍の本隊が現れた。

 ぶおおおおおお!

「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」

 谷の奥に布陣している松井軍から法螺貝が高らかに吹鳴らされる。それを合図に谷の脇の木陰から天方軍と天野軍、山内軍が現れた。

「しまった! 伏兵か!」

 孫九郎も伊賀守も敵に誘い込まれた事に気が付いた。三分の一と侮った敵兵はすでに自軍の倍以上に膨れ上がってしまっている。
 ところが、後方からも堀越軍が来てしまっており、味方に退路を塞がれ退くに退けない。

「怯むな! 怯むなあああ!」

 孫九郎の叫びも虚しく、見附の兵たちは次々に地に伏せていった。
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