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~転生の章~ 『元服編』 享禄元年(一五二八年)
第5話 烏帽子親が決まったぞ!
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二俣城での生活も一月が過ぎようというある日の事。
堤城から父上と母上が揃って二俣城にやってきた。
兄上には昨年生まれた千寿丸という嫡男がいる。
『嫡男』というのは正妻――兄上の場合夕様――の産んだ男児の事で、いわゆる『世継ぎ』の事。
母上は来る早々周りには目もくれず、千寿丸の下に向かい可愛がりまくった。
あまりに可愛がるので、千寿丸はむずかってしまい大泣き。それでもかまわず抱き上げて初孫にデレデレしている。
義姉上もその姿にかなり癒されているようで、終始顔をほころばせている。最近何をしても嫌がって困ると相談している。
父の兵庫助は山城守の下に行き、突然、「やっと話がまとまった」と言い出した。
山城守が藪から棒に何の話かと問うと、横で大人しく座っている明星丸の方を指さした。
「明星丸の元服の話に決まっておるでは無いか」
「まだお忘れじゃなかったのですね」と山城守が笑い出すと、兵庫助は「当たり前ではないか」と怒り出した。
ずずとお茶をすすると兵庫助は湯のみを床に置き、これまでの苦労を愚痴のように滔々と話し始めた。
――これまで何人かの国衆に烏帽子親をお願いした。
烏帽子親、つまり元服式で後見役を務めてくれる親族以外の大人である。
本来であれば遠江今川家である堀越治部少輔様にお願いしたいところではある。
だが明星丸は嫡男ではなく、さすがにそれは気が引ける。
そこで遠江国の国衆に誰か良き者がおらぬかと探していた。
まずは懸川の朝比奈備中守に目を付けた。
朝比奈備中守は今川家中でも、三浦次郎左衛門、承舜禅師と並び重臣中の重臣。その備中守と多少でも縁ができればさらなる活躍の場が得られるかもしれない。
だが自分は今川の宿老としての仕事が忙しく、駿府と往復の日々で、烏帽子親を務めるのはと言われてしまった。
それでもと頼み込んではみた。だが首を横に振られてしまった。
代わりに叔父の宇津山城の下野守はどうかと案内される事になった。
言われるがままに浜名湖西岸の宇津山城まで足を運んでみたのだが、三河(=愛知県東部)の情勢が芳しくなく、それどころでは無いと断られてしまった。
甥のたっての紹介であるから受けてやりたいところなのだが、式の最中に岡崎の松平家や、田原の戸田家が攻めてきて中止となっても恨まないでくれ。
さすがにそう言われてしまっては、申し訳なかったと言うしかなかった。
次に勾坂城の六右衛門に話を持っていった。
勾坂六右衛門殿といえば遠州では知らぬ者は無いという剛の者である。そのような猛者に烏帽子親になってもらえれば、これほど心強い事は無い。
だが結果的にはこれも断られる事になってしまった。
勾坂殿も烏帽子親となり共に遠江を盛り上げようと言ってくれてはいた。
だがどうやら家中で揉め事が起きたらしい。
現在勾坂殿は居城の改修を行っているのだが、その方針を巡って家中の者と対立している。
おそらくそれで烏帽子親どころでは無くなったのだろう。
その次に話を持っていったのは井伊谷の宮内少輔殿。
井伊家は遠江国でも匂坂家と並びかなり古い家である。家格としては申し分ないだろう。
何年か前に父の兵部少輔殿から家督を継ぎ、父の補佐を受けながら家中をうまくまとめあげている。
他家の子息の烏帽子親のような大役は当主になり初めての事だが、無事務めあげてみせると言ってもらえた――
ここまで父の話は実に長かった。
明星丸は途中で船を漕いでいたが、父は構わず話し続けていた。
山城守も途中ですっかり話に飽きていたようで、大きな欠伸を一つかました。その態度に兵庫助はこめかみに青筋をぴしりと走らせ、「わしの苦労も知らんと!」と言って怒り出してしまった。
「十分わかりましたよ。当の明星丸をご覧ください。話に飽きて寝てしまったではありませんか」
兵庫助は促されるままに明星丸の方を向いた。
明星丸は首を垂れ小さな寝息を立てている。
しばらく明星丸を見続けていた兵庫助は、すくっと立ち上がると脇差に手をかけた。その目は何かを覚悟した目である。
山城守はその目を見て余計な事を言ったと自省した。
「お待ちくだされ父上! お気を鎮めてくだされ! おい誰か、誰か! おい藤四郎! 権八!」
横見藤四郎と薮田権八が何事かと居間にやってくると、兵庫助は脇差を抜きその腰に山城守がしがみついていた。
その先には幸せそうに明星丸が座ったまま寝ている。
「この痴れ者を成敗してくれる!」と兵庫助が喚き散らしている。
「戦評定で話が長くて寝ていましたなどという事があらば松井家は終いじゃ! そうなる前に今ここで、この痴れ者を成敗してくれん!」
その手を離せと兵庫助は大暴れしている。
藤四郎と権八が兵庫助を取り押さえると、山城守は明星丸の頭を叩き「さっさと目を覚まさんか!」と怒鳴りつけた。
明星丸が目を覚ますと目の前がとんでもない修羅場になっていた。
山城守は拳を握りしめているし、父上は脇差を手に顔を真っ赤にして激怒している。
「あの、何かございましたでしょうか?」
明星丸の一言に、その場の四人は脱力し大きくため息をついた。
父上は刀を鞘に戻し、「こんな間の抜けた子であったかなあ」とぶつぶつ言っている。
「お前は大物になるよ」と山城守も呆れ口調で言った。
藤四郎と権八は「馬鹿馬鹿しい」と言い合って部屋を出て行った。
しばらくすると、「何事ですか、騒々しい」と言って居間に母上と義姉上が現れた。
父上は「ちょうど良いところに」と言って、母上に、今元服の話をしておったと告げた。「例の話をせねばならぬところだ」と言うと、母上はため息をつき「あの件ですか」と言って座り込んだ。
元服が終わればその次は祝言である。
だが残念ながら相手がまだ決まらないらしい。
厳密に言えば本当は決まっていた。
城東郡の土方城主、福島上総介の娘で紅葉という姫がいた。齢十。
明星丸は十三歳、良きつり合いだと福島殿も喜んでいた。
だが残念ながら昨年の末に病で世を去ってしまったのだった。
さすがに福島殿も引け目を感じたようで、代わりの姫をとあちこちに話をしてくれたらしい。
こうして一人の姫が候補にあがる事になった。
それが朝比奈備中守の末の妹。齢十三。
「ちょうど良い」と山城守は述べた。
だが母上のみならず義姉上まで難色を示している。
「よした方が良い」
二人そろってそう言って首を振った。
堤城から父上と母上が揃って二俣城にやってきた。
兄上には昨年生まれた千寿丸という嫡男がいる。
『嫡男』というのは正妻――兄上の場合夕様――の産んだ男児の事で、いわゆる『世継ぎ』の事。
母上は来る早々周りには目もくれず、千寿丸の下に向かい可愛がりまくった。
あまりに可愛がるので、千寿丸はむずかってしまい大泣き。それでもかまわず抱き上げて初孫にデレデレしている。
義姉上もその姿にかなり癒されているようで、終始顔をほころばせている。最近何をしても嫌がって困ると相談している。
父の兵庫助は山城守の下に行き、突然、「やっと話がまとまった」と言い出した。
山城守が藪から棒に何の話かと問うと、横で大人しく座っている明星丸の方を指さした。
「明星丸の元服の話に決まっておるでは無いか」
「まだお忘れじゃなかったのですね」と山城守が笑い出すと、兵庫助は「当たり前ではないか」と怒り出した。
ずずとお茶をすすると兵庫助は湯のみを床に置き、これまでの苦労を愚痴のように滔々と話し始めた。
――これまで何人かの国衆に烏帽子親をお願いした。
烏帽子親、つまり元服式で後見役を務めてくれる親族以外の大人である。
本来であれば遠江今川家である堀越治部少輔様にお願いしたいところではある。
だが明星丸は嫡男ではなく、さすがにそれは気が引ける。
そこで遠江国の国衆に誰か良き者がおらぬかと探していた。
まずは懸川の朝比奈備中守に目を付けた。
朝比奈備中守は今川家中でも、三浦次郎左衛門、承舜禅師と並び重臣中の重臣。その備中守と多少でも縁ができればさらなる活躍の場が得られるかもしれない。
だが自分は今川の宿老としての仕事が忙しく、駿府と往復の日々で、烏帽子親を務めるのはと言われてしまった。
それでもと頼み込んではみた。だが首を横に振られてしまった。
代わりに叔父の宇津山城の下野守はどうかと案内される事になった。
言われるがままに浜名湖西岸の宇津山城まで足を運んでみたのだが、三河(=愛知県東部)の情勢が芳しくなく、それどころでは無いと断られてしまった。
甥のたっての紹介であるから受けてやりたいところなのだが、式の最中に岡崎の松平家や、田原の戸田家が攻めてきて中止となっても恨まないでくれ。
さすがにそう言われてしまっては、申し訳なかったと言うしかなかった。
次に勾坂城の六右衛門に話を持っていった。
勾坂六右衛門殿といえば遠州では知らぬ者は無いという剛の者である。そのような猛者に烏帽子親になってもらえれば、これほど心強い事は無い。
だが結果的にはこれも断られる事になってしまった。
勾坂殿も烏帽子親となり共に遠江を盛り上げようと言ってくれてはいた。
だがどうやら家中で揉め事が起きたらしい。
現在勾坂殿は居城の改修を行っているのだが、その方針を巡って家中の者と対立している。
おそらくそれで烏帽子親どころでは無くなったのだろう。
その次に話を持っていったのは井伊谷の宮内少輔殿。
井伊家は遠江国でも匂坂家と並びかなり古い家である。家格としては申し分ないだろう。
何年か前に父の兵部少輔殿から家督を継ぎ、父の補佐を受けながら家中をうまくまとめあげている。
他家の子息の烏帽子親のような大役は当主になり初めての事だが、無事務めあげてみせると言ってもらえた――
ここまで父の話は実に長かった。
明星丸は途中で船を漕いでいたが、父は構わず話し続けていた。
山城守も途中ですっかり話に飽きていたようで、大きな欠伸を一つかました。その態度に兵庫助はこめかみに青筋をぴしりと走らせ、「わしの苦労も知らんと!」と言って怒り出してしまった。
「十分わかりましたよ。当の明星丸をご覧ください。話に飽きて寝てしまったではありませんか」
兵庫助は促されるままに明星丸の方を向いた。
明星丸は首を垂れ小さな寝息を立てている。
しばらく明星丸を見続けていた兵庫助は、すくっと立ち上がると脇差に手をかけた。その目は何かを覚悟した目である。
山城守はその目を見て余計な事を言ったと自省した。
「お待ちくだされ父上! お気を鎮めてくだされ! おい誰か、誰か! おい藤四郎! 権八!」
横見藤四郎と薮田権八が何事かと居間にやってくると、兵庫助は脇差を抜きその腰に山城守がしがみついていた。
その先には幸せそうに明星丸が座ったまま寝ている。
「この痴れ者を成敗してくれる!」と兵庫助が喚き散らしている。
「戦評定で話が長くて寝ていましたなどという事があらば松井家は終いじゃ! そうなる前に今ここで、この痴れ者を成敗してくれん!」
その手を離せと兵庫助は大暴れしている。
藤四郎と権八が兵庫助を取り押さえると、山城守は明星丸の頭を叩き「さっさと目を覚まさんか!」と怒鳴りつけた。
明星丸が目を覚ますと目の前がとんでもない修羅場になっていた。
山城守は拳を握りしめているし、父上は脇差を手に顔を真っ赤にして激怒している。
「あの、何かございましたでしょうか?」
明星丸の一言に、その場の四人は脱力し大きくため息をついた。
父上は刀を鞘に戻し、「こんな間の抜けた子であったかなあ」とぶつぶつ言っている。
「お前は大物になるよ」と山城守も呆れ口調で言った。
藤四郎と権八は「馬鹿馬鹿しい」と言い合って部屋を出て行った。
しばらくすると、「何事ですか、騒々しい」と言って居間に母上と義姉上が現れた。
父上は「ちょうど良いところに」と言って、母上に、今元服の話をしておったと告げた。「例の話をせねばならぬところだ」と言うと、母上はため息をつき「あの件ですか」と言って座り込んだ。
元服が終わればその次は祝言である。
だが残念ながら相手がまだ決まらないらしい。
厳密に言えば本当は決まっていた。
城東郡の土方城主、福島上総介の娘で紅葉という姫がいた。齢十。
明星丸は十三歳、良きつり合いだと福島殿も喜んでいた。
だが残念ながら昨年の末に病で世を去ってしまったのだった。
さすがに福島殿も引け目を感じたようで、代わりの姫をとあちこちに話をしてくれたらしい。
こうして一人の姫が候補にあがる事になった。
それが朝比奈備中守の末の妹。齢十三。
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