奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏

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『初陣編』 享禄元年(一五二八年)

第10話 いざ、初陣!

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 ……いやいやいや。
 普通に無理でしょ。
 だってここまで槍はおろか刀も振って来なかったんだよ?
 棚田まで馬に乗り、帰りに村人と喋って、城に帰ってきてただけだよ?

 ん?
 あれ?
 この地形。なんだかゲームのマップで見たことあるような……

「……あの兄上。先ほどここの地は両側が崖と言っていましたよね。しかも、この間ずっと狭隘きょうあいな地が続いていると」

 五郎八郎の問掛けに、山城守はそれがどうかしたのかとたずねた。
 それまでの二日酔いで弱った目ではなく、かなり鋭い眼光に変わっている。

「であればこの南領家村から、さらに敵を引っ張り出してはいかがでしょうか?」

 当初の決戦場よりさらに南の地点を五郎八郎は指差した。
 「引っ張り出してどうする気だ?」と山城守はたずねた。

「物を落として道を封鎖し敵味方を分断いたします。そして、元の決戦場の、この辺りにも物を落とします」

 説明しながら五郎八郎は白色の木の駒を二か所に置く。

「そうして袋の鼠になった敵に、崖上から矢を射かければ一方的に敵を攻撃する事ができたりはしないでしょうか?」

 五郎八郎の策に一同は静まり返ってしまった。皆、食い入るように地図を見ている。

「……やれるかもしれない。あの辺には倒木がそれなりにある。それをいくらか落とせば簡単に封鎖できるかもしれん」

 そう言って山城守は息を吞んだ。

「矢なら城に十分な量があります」

 横見藤四郎は帳面を見ながら、そう言って山城守を見た。

「父上と井伊殿はどう感じられますか?」

 山城守は父の兵庫助を見た。
 兵庫助は地図を見ながら顎を掻いて黙っている。

「良き案だが二点懸念がある。一つは、引き込む部隊と物を落とす部隊の連携が難しいという点。いま一つ、犬居城は奥山氏の高根城と共に国境の備えの城という点だ」

 もしここで犬居城の兵をすり潰してしまうと、北の信濃(長野県)からどこかの軍――例えば高遠たかとお氏や遠山氏――が大規模侵攻してきた際に対処が困難になる。
 当然そうなれば犬居城は戦わずに降伏するだろう。孤立する事になる高根城も降伏する事になるだろうし、敵は真っ直ぐ二俣に押し寄せることになる。
 そう井伊宮内少輔は指摘した。

「そこは矢を撃ちながら降伏を勧告すれば良いのではないでしょうか?」

 魚松弥次郎が指摘すると山城守は大きく頷いた。

 まだ敵の数はわからない。だがこの方針であれば大名家の大侵攻でもない限り確実に仕留められるだろう。
 山城守は五郎八郎を見て頷き決断した。

「先ほどの方針は撤回。五郎八郎の策を採用する。藤四郎、そなたは井伊殿の家人たちと大量の矢を持って先行し、封鎖の準備をせよ」

 「自分が行って工作の指示を出す」と井伊宮内少輔が申し出ると、山城守は「頼む」と言って頷いた。
 
「父上には城を守っていただく。北の封鎖は……五郎八郎、そなたに任せる」

 「やれるな」と言って山城守は五郎八郎の目をじっと見た。

「承知いたしました」

 五郎八郎が頷くと山城守も大きく頷いた。

 藤四郎が『かわらけ』を配り、弥次郎と二人で酒を注いでいく。
 山城守がぐっと酒を呑み、かわらけを床に叩きつけると、他の者も同様に叩きつけた。

「出陣!」

「「「おう!!!」」」


 まず真っ先に井伊隊が出陣し、それに続いて五郎八郎の隊が出発する事になった。

 初陣。
 これから命のやりとりをしなければならない。
 人が……大勢死ぬ……。
 そう考えたら手足の震えが止まらない。

「五郎八郎!」

 山城守が五郎八郎を呼んだ。

「逃げてくるやつは死兵だ。くれぐれも油断するな」

 山城守は心配そうな顔で馬上で固まっている五郎八郎を見続けた。

 何かを言わねば。言って兄上を安心させねば。
 そうは思うのだが声が出ない。
 せめて笑おう。そう思ったのだがその笑顔も引きつった。

 五郎八郎が極度の緊張にあると察した弥次郎が、五郎八郎の代わりに『進め』と号令をかけた。


 二俣を発し天竜川の河原を北上。
 船明ふなぎらを過ぎるととたんに河原は細くなる。

 大川村に差し掛かったところで、弥次郎が持っていた槍の柄で和田八郎二郎の尻を思い切り引っぱたいた。

「痛いじゃないですか! 何をするんですか」

 八郎二郎は槍を構えて弥次郎を睨みつけた。

「おんしは近侍では無いのか! おんしがかように緊張しておるゆえ、五郎八郎様まで緊張しておるではないか! そのせいで敵に気後れしたらどうする気だ! 我らは全滅だぞ?」

 弥次郎の叱責に、八郎二郎は「何と無体な言いようだ」と怒り出した。
 八郎二郎も初陣なのだから緊張するに決まっているではないか。

「じゃあ敵にそう言うてこい。それがしは初陣ゆえ手加減お願いしますってな!」

 弥八郎は八郎二郎に言ってるわけじゃない、自分に言っているんだと五郎八郎は理解した。

「弥次郎。兄上の進軍路と我らの進軍路、どの程度距離が違うかわかるかな?」

 五郎八郎の突然の問掛けに弥次郎は、やっと覚悟ができたかという顔をした。

「純粋な距離であれば、こちらの方がかなり大回りです。ただ向こうは二俣川沿いを行くとはいえ道が狭く、それに比べると、こちらは広い河原を行く分行軍は楽です。時間という意味ではあまり変わらぬかもしれません」

 弥次郎の回答に五郎八郎は少し考え込んだ。

「兄上には権八が現場の状況を報告するけど、こちらにはそれが無い。できれば誰かを斥候に出したいな。それと、比較的安全なうちは疲労を気にせず強行で行きたいんだけど、どうかな?」

 五郎八郎の提案に弥次郎は少し戸惑った。
 この状況である。行軍速度については気づくかもと思っていた。
 だが情報収集については弥次郎も失念していたのだった。

「良き案かと。すぐに斥候を放ちましょう。それと、相津そうづ村を過ぎたら小川村まで一気に走り抜けそこの河原で一旦休憩といたしましょう」


 五郎八郎は弥次郎が連れてきた斥候を呼び寄せた。

「どんな事でも良い。なるべく多くを早急に正確に報告して欲しい。そなたたちの情報こそが戦の勝敗を決める、それくらいの気構えで臨んで欲しい」

 五郎八郎に発破をかけられ、斥候は気負って領家村へと向かって行った。
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