奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏

文字の大きさ
16 / 71
『家督相続』 享禄元年(一五二八年)

第16話 誰が兄上を?

しおりを挟む
 義姉上を安心させ戸を閉めると、八郎二郎が廊下に座っていた。

「五郎八郎様、兵庫助様がお呼びです」

 恐らくは家督の件であろう。

 五郎八郎の心は決まっている。
 当主は千寿丸。
 まだ赤子ではあるが、元服まで自分が名代としてしっかりと二俣城を守り、家人たちに稽古をつけさせ、立派な城主に仕立て上げる。千寿を頼むと遺言した兄への、それが恩返しというものであろうから。


 兵庫助のいる部屋の前に行き、「お呼びでしょうか」と声をかける。
 「入れ」と兵庫助は静かに命じた。

 戸を開けて驚いたのは、兵庫助の隣に藤四郎がいた事だった。
 静かに戸を閉め、五郎八郎は兵庫助の前に座った。

「五郎八郎、そなた山城から何か聞かなかったか? その……遺言とか」

 あの時、権八も遺言を聞いたはずである。それなのに、藤四郎がここにいて父上がこう言うという事は、権八は黙っているのであろうか?

「亡くなる数日前に千寿君と義姉上を頼むと。それと二俣も頼むとおっしゃっていました」

 五郎八郎の報告に兵庫助は短くそうかと呟いた。

「そなたはその遺言を聞いてどう感じた? ここには三人しかおらん。正直なところを申してみよ」

 正直、父が何を言いたいのか五郎八郎にはよくわからなかった。
 だがそこでふと、先ほどからの皆の態度を思い出した。

 ……違う。恐らく権八は黙っているのではない。
 山城守が五郎八郎に家督を譲ると遺言したと報告したんだ。

「千寿君に後を継いでいただき、私は後見になろうと考えています。それが兄上の遺言でもありますし、正しき順番かと」

 五郎八郎は毅然とした態度をとった。
 だが兵庫助は何か釈然としないという顔で黙っている。

「葬儀にはご隠居、つまりそなたの祖父が来る。その時にもう一度、多くの者を交えて考えよう。それまでは遺言の事、家督の事については口外せぬようにな」


 通夜が終わると山城守の亡骸は天龍院へと運び込まれた。
 葬儀は天龍院の伽藍で行い、経は源信の兄弟子が読んでくれる事になったらしい。
 五郎八郎が代表して天龍院に泊まり込み、源信と共に亡骸の守をする事になった。

 朝、義姉上が千寿丸と共にやってきて線香をあげた。
 義姉上は二人分の線香を立てると、千寿丸に一緒に手を合わせるように促す。その瞳からは、今にも雫が溢れ出しそうである。

 帰り際に、五郎八郎は権八に顔を出すように伝言を頼んだ。
 義姉上は「確かに承りました」と言って、千寿丸の手を引き二俣城へと帰って行った。

 それから程なくして、権八が天龍院にやってきた。
 権八は突然自分一人が呼び出され、かなり不安がっている。天龍院の門を入ってから、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロとしている。

 五郎八郎は源信に立ち会いをお願いした。ここで今二人だけで密談したら、お家乗っ取りのあらぬ嫌疑をかけられると感じたからである。だが、できれば密談という形で話を聞きたいとも思っている。
 ならばと源信は、自分の部屋に二人を呼び寄せる事にした。

「権八、正直なところを聞きたい。そなたから見て、兄上を毒殺したのは誰だと考える?」

 五郎八郎の問いかけに、源信が腰を抜かさんばかりに驚いている。
 権八は酷く怯えた顔をして、それがしでは無いと何度も首を横に振る。

「そなたでは無い事はわかっておる。あの日の前日、それも午後、そこで兄上と面会した人物だ」

 五郎八郎に報告するため権八は、目の前の水を飲んで変に乾いた喉を潤そうとする。だが、あまりにも慌てて飲んだせいで豪快にむせてた。
 源信が「大丈夫か」と声をかけ権八を落ち着かせる。

「あの日の午後、殿はお二方のお招きを受けております」

 権八の話によると、夕方、山城守の元に話があると言って駿東すんとう郡の葛山かつらやま城主、葛山かつらやま中務少輔なかつかさのしょうゆうという者の呼び出しを受けたのだそうだ。
 葛山城は富士山の東、甲斐からの東の侵攻路を遮るように設けられた城で、対武田戦線の最重要拠点と言っても良い城である。

 帰ってきた山城守はかなりご機嫌斜めだったようで、どうやら何か揉めたらしいと権八は感じた。

 暫くすると今度は堀越治部少輔様から晩酌のお誘いがあった。権八も呼ばれて行った。
 ただ山城守は少し酒を呑むと、どうにも体調が芳しくないと言って退出することになった。
 自室に戻ると体がだるいと言ってそのまま寝てしまわれた。

「その堀越様の酒宴に誰がいたのか思い出せるかな? それとできればどのような話をしていたか」

 必死に思い出そうと試みたのだが、いかんせん権八もそこまで家中の方々に詳しいわけではない。
 思い出せる範囲で言えば、堀越治部少輔、福島くしま上総介、大沢左衛門佐、天方あまがた山城守、それに井伊宮内少輔、天野安芸守、天野小四郎。

 どのような話までかは覚えていないが、堀越様がしきりに遠江衆への扱いが悪すぎるという話をし、それに一同が賛同していた。

 それを聞き、五郎八郎は黙ってしまった。
 水を一口飲み、腕を組み部屋のあちこちを見て何かを考え込んでいる。

「五郎八郎、兄上が毒殺というのは真なのか?」

 話がひと段落したところで源信が五郎八郎にたずねた。

「私も病に詳しいわけではありませんが、普通、風邪で大量に血を吐いたりはしない気がするのです。遅効性の毒物か何かじゃないかなと」

 五郎八郎が源信に説明すると、枕元に血痰を吐いた跡があったと源八も源信に説明した。

「では、葛山様か堀越様か、どちらかが兄上に毒を盛ったというのか……。そなたはどちらだと思うのだ?」

 源信にたずねられて、五郎八郎は二人から視線を外し考え込んだ。
 以前の天野安芸守の話からすれば、疑わしいのは堀越治部少輔の方であろう。
 だが葛山中務少輔という人物の事がわからないので、いまいち確信が持てずにいる。

 五郎八郎は無言で源信を見て首を傾げた。


 今川家中に、この二俣城、もしくは松井家を快く思っていない者がいるという事にはなるのだろう。兄上を毒殺してでも排除したいと思うような。
 これからそういった人たちを相手にしていかねばならないと思うと、五郎八郎は気が重くなるのを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天城の夢幻ダンジョン攻略と無限の神空間で超絶レベリング ~ガチャスキルに目覚めた俺は無職だけどダンジョンを攻略してトップの探索士を目指す~

仮実谷 望
ファンタジー
無職になってしまった摩廻天重郎はある日ガチャを引くスキルを得る。ガチャで得た鍛錬の神鍵で無限の神空間にたどり着く。そこで色々な異世界の住人との出会いもある。神空間で色んなユニットを配置できるようになり自分自身だけレベリングが可能になりどんどんレベルが上がっていく。可愛いヒロイン多数登場予定です。ガチャから出てくるユニットも可愛くて強いキャラが出てくる中、300年の時を生きる謎の少女が暗躍していた。ダンジョンが一般に知られるようになり動き出す政府の動向を観察しつつ我先へとダンジョンに入りたいと願う一般人たちを跳ね除けて天重郎はトップの探索士を目指して生きていく。次々と美少女の探索士が天重郎のところに集まってくる。天重郎は最強の探索士を目指していく。他の雑草のような奴らを跳ね除けて天重郎は最強への道を歩み続ける。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

断罪済み悪役令嬢に憑依したけど、ネトゲの自キャラ能力が使えたので逃げ出しました

八華
ファンタジー
断罪済みの牢の中で悪役令嬢と意識が融合してしまった主人公。 乙女ゲームストーリー上、待っているのは破滅のみ。 でも、なぜか地球でやっていたオンラインゲームキャラの能力が使えるみたいで……。 ゲームキャラチートを利用して、あっさり脱獄成功。 王都の街で色んな人と出会いながら、現実世界への帰還を目指します!

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

処理中です...