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28 ニコの旅5
しおりを挟む「ボク、生まれた場所に行ってみようかと思ってるんだ」
ベッドの上で膝を抱えるニコはラウラを見ないでそう言った。
「ニコがそうしたいのなら止めないけど、嫌な思いをすることになるかもよ」
ニコは暫く考えるように目を瞑ってから、
「その時はラウラが慰めてくれるよね?」
と頼りなく笑った。
フォール村は最寄りの駅から馬車で小一時間かかる場所にあった。
駅で拾った馬車は雪道を進んで行った。
一帯に畑が広がっているのだろうが今は一面の雪原だ。
所々に果樹らしい畑もあるのだが、都会育ちのラウラにはそれが何の樹なのか分からなかった。
「この辺がフォール村のメインストリートだよ」
馭者に言われて降り立つと、そこにはかろうじて郵便局と店が数軒並ぶだけで他には何もなかった。
「1、2時間で戻るので待っていてもらえませんか。
料金は倍払いますから」
どうせ戻ったところで滅多に客にありつけない男は、
「じゃあ、そこのチャーリーで待たせてもらうわ。
この村に一軒しかない居酒屋兼定食屋さ」
と上機嫌になった。
「お代はこちらで持ちますから、お好きなものを召し上がって待っていてください。
ただしお酒以外でね」
ラウラとニコは馭者に地主の家の場所を聞くと、雪道を踏みしめて歩きだした。
ニコは立ち止まって辺りを見回すと、
「ミリーはこんな所で育ったんだね」
と感慨深げに呟いた。
ニコは雪を丸めてラウラにぶつけてきた。
ラウラも負けじと応戦する。
追いかけっこしながらキャーキャー騒いでいても、ラウラにはニコが無理にはしゃいでいるようにしか見えなかった。
農村だから家々はポツンポツンと離れて建っている。
やがて明らかに周囲の家とは違う大きな屋敷が見えてきた。
いかにも豪農といった風情のその館が近づくとニコの足が止まった。
顔には明らかな緊張が浮かんでいる。
ラウラはそっとニコの背中に手を置いた。
すると屋敷の方から子供の声がする。
見ると10才に満たないくらいの良く似た子供が二人、雪遊びをしている。
晴れた冬の日の青空の下で二人の子供達の笑顔はキラキラ輝いていた。
ニコはそれを眩しい物を見るような表情で眺めていた。
ふいに館から男性が現れて子供達に声をかける。
30代半ばと見える男は小さな橇を持っている。
子供達は男に駆け寄って甘えた声でなにか言っている。
ふとこちらを向いた男とニコの視線が合った。
ほんの2、3秒の間、二人は見つめ合った。
ニコは踵を返すと走りだした。
ラウラも慌てて後を追う。
橇を放り出して男が追いかけてきて、大声で呼び止めた。
「ニコラウス!!」
かつての地主のドラ息子は地主になっていた。
暖かい応接室で出されたお茶に手もつけずニコは黙って座っていた。
「アリーやミリーはどうしてる?」
一目見てニコだと分かったという男はおずおずと聞いた。
「ミリーは死んだよ。働きづめに働いて、身体を壊して死んだよ。
それからアリーは5才のボクを捨てて出ていったよ。
無理矢理襲われて出来た子供なんて愛せるわけがないからね!」
男は打ちのめされたようにガックリと肩を落とした。
「違うんだ。私はアリーを弄んでなんかいない。
本気で愛していたんだ」
当時16才だったこの男は父に逆らうことができなかった。
軟禁された男が生まれた子供に一目会わせる代わりにアリーとのことは遊びだったと言わされた、という男の言い分はニコにはふざけたものに聞こえた。
「そんな戯言を信じるもんか」
フンと笑ったニコに男は言った。
「私が名付けたんだ。ニコラウス。勝利って意味だ」
信じてくれなくてもいいから。
そう言って男はニコとラウラを二階の部屋に案内した。
水色の壁紙に白い家具。ベビーベッドに沢山の玩具。
「ニコラウス、お前の部屋だ」
「ボクは赤ちゃんじゃないよ」
「そうだな」
男は部屋の隅に飾られた立派なクリスマスツリーの側に歩いていって根本に重なるたくさんの箱を一つ一つ取り上げた。
「これが1才のプレゼント。これが2才のプレゼント・・・」
ニコの唇は震えていた。
「こんなことしてなんになるのさ?
アンタは贖罪のつもりかも知れないけど、アンタの奥さんはこれ見てどんな気持ちになると思ってんだよ!
あんたの子供達の気持ちはどうなんだよ!」
「妻はあの子達を生んですぐに亡くなったよ。
双子の出産で命を落としたんだ。
この部屋を作ったのはそのあとだ。
大切な双子の他に、私には不幸にした息子がもう一人いるから。
子供達には事情があって会えない兄がいると話してある。
お前達と同じように愛していると」
ニコは口を真一文字に結んでいる。
「信じてもらえないかもしれないけど、
愛してるんだ」
ニコの目に涙が滲んでいた。
男はリボンのかかった箱を差し出した。
「これは18才の。
メリークリスマス」
館を出たニコは橇で遊ぶ双子に近づいていった。
そして少しの間半分血の繋がった弟たちと遊んでやってからじゃあね、と別れた。
「お兄ちゃん、また来てね~!
また遊んでね~!」
ニコは何も答えずにただ笑顔で手を振って館を後にした。
帰りの馬車の中、ニコの顔は柔和になっていた。
「ボクね、クリスマスって嫌いだったんだ。
だって神の御子の誕生を世界中の人がお祝いするのに、ボクは誰にも歓迎されずに生まれてきたからさ。
でも、本当は誰だって望まれて生まれてくるんじゃないかなって。
たとえ親から望まれてなくても神様は全ての人の誕生を望んで喜んでくれてるのかなって、少しだけ信じられる気がするんだ。
今年のクリスマスは神様にお誕生日おめでとう、て言える気がするよ」
ニコはラウラの手を握りしめて、
「旅行に連れてきてくれてありがとう」
と涙をこぼしながら笑った。
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