惚れ薬をもらったけど使う相手がいない

おもちDX

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 念のために匂いを嗅いでみて、変化がないことを確かめる。ほんの少し口に含んで異様な味がしないこともわかった。シュエ好みのスパイシーでドライなミードは、僅かに甘みが足されたようにも感じる。
 大丈夫そうだ、と判断して木製の杯を一気に呷る。元々半分ほどしか残っていなかったので、全て飲み込むまでにそれほどの時間を要しなかった。

(身体には異常なし、と……。それでも最初に話しかけた相手に効果が出るなら、もう魔法をかけられる状態にあるってことだ)

 なんとも不思議な心地だった。自分自身も魔法にかかっているのかもしれない。期待で胸がトクトクと高鳴っている。

 ――どうしてこんな怪しい薬を信じる気になったのかは自分でも分からない。

 恋人はいないんだろう? と魔女は言った。恋人どころか、誰かに惚れた経験さえない。だから心の奥底では、一度くらい経験してみたいのかもしれなかった。
 誰とでも軽い付き合いしかしてこなかったシュエの知らない世界を垣間見てみたい。

 それなりに度数の高い酒を一気飲みしたことでカッと喉の奥から熱くなり、心地よい酔いを感じた。

 シュエは立ち上がって、小さなテーブル席にいた例の文官に近づく。パチッと目が合い、微笑まれる。目的を分かっている笑い方に、いっそう気が楽になった。

「君は確か、施療院の」
「こ……」

 こんばんは、と声を掛けようとしたときだった。
 背後からガシッと肩を掴まれ、「おい、シュエ」と呼ばれる。いつもの声にムカッと来た。思考より身体が先に動く。

「もうっ。なんなの、グラース!」
「…………」
「…………あ」

 振り返った先の顔を見て、ハッとする。やらかした。これはとっても……まずい状況では?

 もし惚れ薬が本物なら、グラースに魔法がかかってしまったことになる。最悪の間違いに、現実逃避の目眩が襲ってきて一瞬ふらと身体が傾いだ。
 細い肩を掴んだままの手が支える。

「飲みすぎだ。外に出たほうがいい」
「あ……うん。そうかも」

 予想外に、グラースの反応は普通だった。珍しく心配してくれているが、突飛な行動とはいえない。

 いつもいけ好かない態度だけれど、シュエが飲みすぎたときに文句を言いながらも家まで送ってくれたことがあるし、面倒な輩に絡まれたときは追い払ってもらったこともある。
 なんせ騎士様なので、基本的には品行方正なのだ。

 状況を判断するため、シュエはグラースと店の外に出た。外の通りにも人は多いが、店内の籠もった反響が消え去っただけで一気に静かになったように感じた。
 王都は季節の変わり目にあり、昼間は暖かかった空気も肌寒いものに変わっている。酒で火照った肌には心地よいけれど、醒めてくると途端に人肌恋しくなる気温だ。

 かといって、グラースは問題外である。たとえ惚れ薬の魔法にかかってしまったとしても、すげなく断って帰るつもりだ。
 魔女いわく魔法がかかっている間の記憶は残らないらしいから、明日の朝には全てを忘れているだろう。

「心配してくれたとこ悪いけど、そんなに酔ってないからもう帰るよ」
「いや、お前はひどく酔っ払っているように見える」
「そんなこと……」
「危ないから、うちに来い。俺の家のほうが近い」
「え゙」

 強い力で腕を引かれて、たたらを踏んだがグラースは止まらなかった。シュエがいくら酔っていないと申告しても、なぜか信じてもらえない。
 ただの一般市民が現役騎士の力に逆らえるはずもなく、グラースの進む方向へほぼ連行される形となった。

(……いや、なんか変だけど、これ惚れ薬とは違くない?)

 グラースは怒っているように見える。シュエの男漁りにいつも嫌悪の視線を向けてくるから、ついに堪忍袋の緒が切れたのだろうか。だからって彼には関係なくない?

 家で説教とか始まったら最悪だなぁ、とシュエは呑気に考えていた。惚れ薬の信憑性は急降下しているが、どんな効果をもたらしているのかはちょっとだけ知りたい。怒りん坊にさせるとか?

 だから、シュエが焦り始めたときにはすでに遅かった。
 グラースの住んでいるアパルトメントの一室に到着したときには、まだ「こんな部屋に住んでるんだ」と興味深くきょろきょろしていた。ずっとシュエを離さなかった手は、彼の体格に見合った大きな寝台の上にシュエを押し倒す。

「……え?」
「やっと、手に入った」
「ええ???」

 まさか、そういうこと……!? と目を白黒させたシュエは、今更になって身構える。

(強引に抱かれちゃったりしたら、どうしよう……準備はしてきてるけど!!)

 パニックに陥っていたシュエはカチ、という音を聞いた。音の源を探ると、いつの間にか手首に手枷が嵌められ寝台の支柱に繋がっている。
 抵抗する間もなく、グラースは手際よくシュエの四肢を枷によって寝台に繋げた。何度か理由を尋ねてみるも、彼に答える気はなさそうだ。

 多少動ける余地はあるし、肌に当たる部分には柔らかい布が当てられていた。本当に囚人用の枷などではなく、特殊な性癖の人用の道具でこんなものがあると聞いたことがある。

 (なんでこんなもの持ってるの? っていうか……この状況は、――想像できてなかったんですけど~~~!!!)
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