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しおりを挟むアネラは十四歳だった五年前まで、王都で暮らしていた。――第二王子リノエルの婚約者として。
公爵家の次男だったアネラは、親に決められた婚約者に心底惚れていた。自分のローズブロンドはよく人に褒められるけれど、リノエルの真っ黒で艶のある髪は他にないからこそ美しい。
三つ歳上のリノエルはアネラから見ればとても大人で、優しくて、憧れの人だった。彼に手を取ってエスコートされるたび、胸から心臓が飛び出すんじゃないかと本気で心配した。
しかし未来への夢が詰まった日々は、異世界の記憶を持つという少女が現れたことによって打ち砕かれた。
男爵家の生まれではあったが、可愛らしい容姿と変わった知識を持つ彼女が『聖女』だと持て囃され始めると、王家も蔑ろにはできない。
リノエルは次第に彼女と過ごす時間が増え、反対にアネラとの時間は減っていった。
幼い頃から王子妃教育ばかりで、限られた時間しかリノエルと会うことのできなかったアネラは、自由な彼女が羨ましくて仕方がなかった。だから、つい魔が差してしまったのだ。
彼女の目の前に庭で捕まえたカマキリを飛び出させたり、派手な色のドレスを似合わないと小馬鹿にしてみたり。
小さな嫌がらせをしたことは後になって反省したけれど、当時はそれくらいしか悲しみを発散できる方法が思いつかなかった。
そして、第二王子の十七歳を祝うパーティでアネラは断罪されたのである。覚えのないものもあったが、数々の嫌がらせを挙げ連ね少女は泣きながらリノエルに縋った。
アネラは状況を理解できずぽかんとしていたものの、彼はアネラを青い瞳で睥睨し、言い放った。
「今、この時点でアネラ・ウェリントンとの婚約を破棄し、私は聖女と婚約する!」
アネラは第二王子の婚約者に不敬を働いたという理由で貴族位を剥奪され、国外追放とされた。反論する余地も与えられず着の身着のまま馬車に乗せられ、王都を離れたのだ。
「ひぐっ、う、ぐす……リノエルさまぁ、なんで……っ」
ぼろぼろと泣きながら何日も運ばれ、明日にも国境を越えるというときだった。突然馬車が止まったかと思うと、アネラの乗った馬車は正体不明の無頼漢たちに襲撃を受けた。
「アネラ様、こちらに……!」
手を差し伸べてきた人の顔に覚えはなかったけど、混乱していたアネラは手を取って逃げた。周りの人がどんどん殺されて命の危険が迫る中、それ以外に選択肢はなかったと言っていい。
彼女はアネラの信奉者から指示を受けていると言い、辺境の家に匿ってくれた。アネラはその美貌で妖精と呼ばれ、全国各地に貴族の信奉者が多くいたのだ。
追放されたのだから、国内にいるべきではない。見つかったら今度こそ終わりだろう。
でも本当なら、アネラは襲撃を受けたときにあの場所で死ぬ運命だったに違いない。だから自分はもう死んだと考え、別人として国内にひっそりと留まっていてもいいのでは? それくらい許されるのでは?
助けてくれた女性ナールに国外は危険だと説得され、まだ現実を受け入れられていなかったアネラは辺境の村に留まった。
小さな屋敷を与えてもらい手厚い援助を受け、有り難いことにナールも使用人として傍にいてくれた。
アネラはまだ十四で、貴族位を失って行く場所もなく、何も持っていなかった。申し訳ないと思いつつ、優しさに縋るしか生きる術はなかったのだ。
ナールはしっかり者だったし、アネラも庶民の生活がどういうものかは王子妃教育で学んでいた。使用人と屋敷がある時点で庶民とは言い難いが、アネラは慎ましい生活を心がけた。
襲撃のさなかに飛び込んでくるほど脳筋のナールが使用人らしさを身に着けるまでには時間がかかったものの、アネラのことをよく支えてくれた。
しかしながら、主にアネラに関してのみ、彼女は浪費癖がある。そもそも彼女が仕えている貴族が湯水のように資金を与えるらしく、止めてもアネラの身の回りのものを豪華にしてしまうのだ。その一つが、アネラの下着だった。
王子妃となるべく教育を受けていたアネラは、十四歳の時点ですでにシルクやレースを使った下着を身につけていた。面積の少ない、紐状の際どいものも慣れたものである。
育ちのいいアネラ自身も、肌着くらいはいいものを身に着けたいという欲求を捨てきれなかった。したがってナールが用意するままに高級でセクシーな下着を身に着け続け、五年が経つ。
しかも彼女は頻繁に新しい下着を用意し、少しでも着古した下着は即座に処分してしまう。
アネラが気に入っていた黒いシルクの下着もそうだ。フィット感が良く他のものよりちょっとだけ頻繁に履いていたら洗濯から戻ってこなくなったのが、つい先日のこと。
――それが、なぜか王都へ送る荷物の中にある。
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