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しおりを挟む「ナール、どうして。どうして僕のパンティがこんなところに……?」
「アネラ様、違うのです。誤解しないでくださいませ。決してパンティを変態貴族に売りつけたり、悪用したりなんてしておりません!」
「えっ……。え?」
ナールは必死に弁明してくるが、アネラはどうしてここにあるのかを訊きたいのであって、下着の使い道を誤解しているのではない。
売りつけてなんになるのか、そもそも使用済みで売れるものじゃないだろうと混乱し、頭の中は疑問符だらけだ。
配達員の男性も突然目の前で始まったいざこざに目を白黒させている。ごめんね、と脳内で謝りつつアネラはバスケットを守るナールに対峙するが、彼女に引く気がなさそうなので非常に困っていた。
争っても確実に負ける。背は辛うじてアネラの方が高いものの、筋肉量では負けているのが現実だ。たまに付き合ってもらう腕相撲でも、駆けっこでも勝てたことがない。
命令しようにも、彼女には別の主人がいるものな……と考えを巡らせていると、パカラ、パカラッと軽快な蹄の音が近づいてくる。アネラはハッと顔を強張らせた。
辺境の奥地にあるこの村までやってくる人は滅多にいない。ふた月に一度配達員がやってくる以外は、近所に住むご老人の家族が年に一度里帰りしてくるかどうか。
一応アネラはお尋ね者のため、基本的に顔を見せないよう誰かが来たら家に籠もって隠れているのだ。
「アネラ!!」
(……まずい!)
背中の方から大声で自分の名前を呼ばれて、アネラはびくっと肩を揺らす。アネラの名を知っている人が外からやってくるのは初めてのことだ。
きっと、ちゃんと罪を償えていないアネラを断罪しにきたのだと思い、背中に冷や汗が伝う。ついにこの日が来てしまった。
今から逃げようにも、騎馬の人に勝てるはずもない。屋敷に逃げ込んだって、居場所がバレてしまった時点で追い詰められている。
「リノエル殿下! ついに……成し遂げたのですね!?」
突然、目の前の配達員が片膝をついた。胸に手を当て、誰かに敬礼している。立ち竦んでいたアネラは呆然と配達員を見下ろし、彼が口にした名前を小さく繰り返した。
「リノ、エル……?」
「アネラ、だろう? 私だ」
間近まで来ていた足音が止まり、ぽんと肩に手が置かれる。記憶にあるより低く、大人びた声。しかし懐かしさを孕んだ響きに、アネラはゆっくりと振り返った。
「ああ、やっと会えた! 私の……私の可愛い妖精!」
「りっ、リノエルさま。僕は、決して、逃げたわけじゃなくて……!」
秋風が漆黒の髪をさらりと揺らす。見間違えるはずもない、この国で唯一の色だ。
柔らかなスカイブルーの瞳と目が合って、アネラは自分の立場をもう一度思い出した。後ずさりながら慌てて言い訳を探すも、最後に見た氷のような視線と今の嬉しそうな表情が全く一致しないことに違和感を覚える。
その違和感はリノエルに抱きしめられたことによってさらに膨らんだ。背中に腕が回され、ぎゅうっと痛いくらい強く抱擁される。
昔よりも身長差は縮まっているはずなのに体格差は広がったようで、アネラはすっぽりと包まれてしまった。
戸惑いと焦りが大きいにもかかわらず、つい胸がときめいてしまう。だってこんな風に他人の匂いと体温を間近で感じること自体、大人になって初めてだ。
黙ってしまったアネラのつむじに、柔らかい何かが押し当てられた。リノエルの低い声が降ってくる。
「もういいんだ、アネラ。邪魔者は全て片付けてきた。一緒に王宮へ帰って、そして結婚しよう」
「……ざけるな」
「え?」
「人を……っ、振っておいて、ふざけるなって! 言ってるんですーーー!!」
最後に会ったときの悲しみ、空白と孤独の五年間……それら全てを無視して語られて、アネラはぷちっとキレた。飛び上がる勢いでかかとを上げると、ゴツンと頭頂部がリノエルの顎にぶつかる。
「っぅぐ!?」
顎を手で押さえ苦悶の表情を浮かべているリノエルから離れ、アネラは屋敷に向かって走った。ミントグリーンの瞳に溢れそうな涙を浮かべて。
(訳わかんないよ! リノエルさまのっ、馬鹿~~~っ!!!)
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