ぼくが風になるまえに――

まめ

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01 フロルというこども

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 フロル・セルフィーユは、自然に恵まれた豊かな大地を治める、セルフィーユ子爵家の三男として生まれた。

 この一族には、いにしえから土地を守る、善き精霊の血が流れていると伝えられており、時おり──先祖返りによって、人間でありながら精霊に近い性質を持つ男児『風守かざもり』が生まれる。
 その命は、大気に溶けてしまいそうに儚く、ほとんど意思のない人形のようだという。毎日を夢うつつで過ごしながら、風や植物の声を聴き、自然と心を通わせる。
 風守は、ただそこに在るだけで、土地を潤し豊かにするのだ。
 彼らは、例外なく短命であった。十歳を過ぎるころには、少しずつ身体が透けて希薄になり、やがて、風に溶けるようにしてセルフィーユの空へと還っていくのだった。

 フロルは、まさしく、その“風守”として生を受けた。
 家族や親族の誰にも似ていない、光に透けるようなペールブルーの長い髪。細く長い手足に華奢な体。こぼれ落ちそうに大きなペールグリーンの瞳は慎ましやかで、中性的な柔らかさを兼ね備えた、妖精のようなこどもだった。
 しかし、見かけこそそうであれ、フロルは今までの風守とはまったく違っていた。兄とお菓子を取り合って泣き、わけてもらえばすぐご機嫌になる――いたって普通の子供であり、家族、特にすぐ上の兄セージとは、すこぶる仲がよかった。
 風守ならではの繊細な感覚を持ちながらも、少々食い意地のはった風変わりなこの子を、家族は心から慈しんで育てた。

 ──いつか風の中に消えてしまうのだろう。
 そんなあきらめを胸の奥に抱きながらも、彼らは日々を大切に過ごしていた。

◇◇◇

 フロルが十歳の誕生日を迎えた日のこと。
 家族で朝食をとりながら、夜の誕生パーティーの計画を立てていると、日頃あまり自己主張をしないフロルが、珍しく真剣な表情で、話に参加してきた。
 
「……ぼく、……最後にバケツプリンが食べたいんだ!」
 
 両親も兄たちも、何が最後なのか、バケツプリンとは何なのか、突然のフロルの言葉に、頭の中が「?」でいっぱいになった。
 本人から聞き出そうとしたが、感極まってえぐえぐと泣いており、話をするのにずいぶん時間がかかった。
 
 フロルが風守という短命の存在であることは、本人には知らせていなかった。しかし、どこかでその話を耳にしたのだろう。家族の誰とも似ていない髪や目の色も、自分が特殊な存在だと気づかせる一因だったかもしれない。
 彼は、"十歳くらいで体が透け、風に消えてしまうという"、その定めをすでに知っていたのだ。
 
 先日、領民の一人から「髪が陽に透けてきれいですね」と言われたことで、フロルはついに自分の終わりが始まったと思ったそうだ。
 家族がたまに自分を見ながらさみしそうな顔をすること。愛情は感じているけれど、どこか遠慮がちで距離を感じること。そんな日々の積み重ねが、フロルの中に宿命を受け入れる準備をつくってしまっていた。
 
 そして、バケツプリンとは、昔王都で食べたプリンという冷菓の巨大なものらしい。プリン自体、数年前に食べたきりなのに、またいつか食べたいとずっと覚えていたそうだ。しかも、見たこともない大きなものを、作ってほしいという。
 
 なにから話をしようか悩みながら、父がゆっくり穏やかに、フロルに語りかけた。

「フロル、確かにおまえは風守の宿命を背負っている。しかし、おまえはいろいろと違うんだよ」

「違うって、なにが?」

「普通の風守はこんな風に話が出来ないし、おまえの大好きなお菓子だって食べない。兄とお菓子を取り合ってケンカする風守なんて、聞いたこともないぞ。
 そもそも風守には、ほとんど自分の意志が無いあいまいな存在なんだ。バケツプリンだなんて、当然言わない」

「そうなの?」

「ああ、そうだ。それにフロルはまったく透けてなんていないよ。髪の色が薄いから、透けてるように見えただけだ」

「ほ、ほんとにほんとっ?」

 そう言って目を輝かせると、フロルは家族の前で、ぱっぱと勢いよく服を脱ぎ始めた。薄い筋肉をまとった、十歳の線の細い少年の体があらわになる。
 彼は、あっけにとられた家族の前で、恥じらいもなく下着一枚になると、くるくるとあっちを向き、こっちを向き、体をねじって変なポーズをとった。

「あのさ、ぼくの見えない場所から透けたら、わかんないよね。ねぇ、見てよ!……パンツも脱いだほうがいい?」

 その声に両親と兄たちは、ようやくフロルのしたいことを理解し、突拍子のない行動に腹を抱えて笑った。
 そして、笑われて少しすねてしまったフロルの気が済むまで、足の小指の先から小さなおしりまで、どこも透けてないと確認してやった。
 ずっと不安を隠し、ひとりで我慢していたフロルが、健気でとても愛しかった。

 その夜、バケツプリンは無理だったが、大きなケーキを焼いてもらったフロルは、大はしゃぎしたあげく、食事中に電池がきれたように眠りに落ちてしまった。
 家族は、楽しみにしていたケーキまでたどりつけなかったフロルに苦笑しながら、彼をベッドに運び、今日一日で驚くほどいろんな顔を見せてくれたこの子の誕生日を、心から祝った。
 そして、いつかこの子が消えてしまうときまで、もう遠慮せず、風守という宿命を背負った愛しい我が子を、暑苦しいほどの愛で包んでやろうと思った。
 
 フロルは十五になっても、まったく体が透ける気配を見せなかった。
 あのころと変わらず元気で、少しずれてはいるが、相変わらず、あのやわらかな笑顔を浮かべていた。
 
◇◇◇

 そんなフロルには、まだ誰にも話したことのない秘密があった。
 実は──彼には、こことは別の世界で生き、二十代という若さで亡くなった前世の記憶があった。
 おぼろげではあるが、その記憶は彼の人格形成に、確かな影響を与えていた。

 フロルの前世は、ラノベやSF小説好きの、おとなしい青年。いわゆる陰キャだった。
 彼にとってこの異世界は、前世で読んだ小説のようで、好奇心をくすぐる最高の遊び場だった。とは言え、彼の精神は体にひっぱられる形で幼くなり、少し大人びたおとなしい子供と思われる程度に落ち着いたし、世界を揺るがす特別な知識なども持っていなかった。もちろん、転生チートで成り上がりの花道とは、前世も今世も無縁である。

 フロルはよく考えていた。
 もし風守という存在が、生存のための希薄な精神しか持たない“自然のエネルギー体”だとするなら──
自分は、その器に、ぽんと転がり込んでしまった“異世界転生者”なのではないかと。
 そして今こうして風守の平均寿命をとうに超えて生きているのは、きっとこの精神のせいなのだろう、と。

 
 ……ああ、それにしても、プリンが食べたい。
 前世で一度は食べてみたかった、あの『バケツプリン』。夢にまで見た、あの巨大冷菓。

 今世こそ、絶対に食べてやる。食べずに死ねるか。もし来世があるとしても──三代にわたってバケツプリンへの執着を持ち越すなんて、あまりにも食い意地が張りすぎている。むしろ、それ以外に執着がないのが、ちょっとせつなくないか。

 ……来世はもっと、大志を抱く男になるつもり、なのだよ。
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