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04 ちい兄ちゃんと帰郷
しおりを挟むダレンからの婚約解消の申し出を受けてから一週間後、フロルは実家から迎えに来た馬車に乗り、故郷セルフィーユ領に帰った。
あの日以来、フロルは、寮の部屋からほとんど出ることはなかった。学園を退学することを決め、授業も全て欠席した。
彼は薬草や植物の研究に熱心で、学園や図書館で学べることは、すでに隅々まで吸収していた。そして、念願のプリンのレシピも手に入れた今、王都に残る意味は感じなかった。
フロルは、ダレンと一緒に過ごすために、学園に入学した。――その彼との婚約がなくなり、共に生きる未来も消えてしまったことは、とても辛かった。
けれどフロルは、こうも思っていた。
「ぼくはたまたま長生きしちゃってるだけで、ほんとはもう風に消えてもおかしくない年齢なんだよね」
小さな頃、風守の宿命を知ったときから――未来を諦めることには、もう慣れすぎていた。
◇◇◇
「このプリンめっちゃ美味しいー! ね、ちい兄も食べなよー」
馬車の中、フロルと向かい合って座っているのは、次兄セージ。フロルから帰郷の連絡を受け、すぐさま馬車で駆けつけた――重度のブラコンである。
大柄でがっしりとした体は日焼けし、さっぱり刈り上げた黒髪に鋭い黒目。ひと目見れば、厳格な軍人と勘違いされそうな威圧感をまとっていた。
だが、それらはすべて日々の農作業で培われたもので、セージの関心ごとといえば、愛しい弟フロルと、畑を荒らす害獣・害虫の駆除くらいのものだった。
セージは、かわいい弟が失恋で落ち込んでいるだろう。兄ちゃんの広く分厚い胸で存分に涙を流すがよいと、フロルを心配しつつも、ちょっと期待もしたりして、いそいそと学園の寮まで来てみれば、意外にも弟は飄々とした態度で、さっそく荷物運びにこき使われた。
それでも、時折見せるさみしそうな表情に、つい好きなだけお菓子を買ってやると言ってしまい、フロルの思うつぼである。現在馬車の座席は色とりどりの大量のお菓子で埋まっている。席が狭い。
フロルの差し出すプリンを一口もらいながら、セージは遠い昔、ダレンに初めて会ったときのことを思い出していた。
縁はフロルの迷子から始まったが、毎年夏には我が家にひと月ほど滞在し、剣の訓練や勉強を共にするうちに、ダレンは“かわいい子犬枠”として自分の中に定着していった。
あれだけフロルを好いていたのに、あの単純で真っすぐなダレンの気持ちが変わってしまうなんて、信じられなかった。
しかし、セージは見たのだ。寮でフロルの荷物を運ぶ最中に、美しい子息に蕩けた目を向け、寄り添うように付き従うダレンを。ダレンに甘えるように腕を組む子息を。
フロルは昔からおとなしく、あまり自分の話をしない子供だった。
馬車の中、はしゃぎながらお菓子を食べ続けるかわいい弟は、多くを語ることこそなかったが、毎日のようにあんなダレンを目にしていたのだろう。きっと深く傷ついている。心配をかけないようにと振る舞う、空元気がかえって痛々しかった。
セージは、フロルが次々に差し出すお菓子を受け取りながら、自分の目からはらはらと涙がこぼれるのを止められなかった。
「ちい兄、なに泣いてんだよー!それはぼくの役目だろー!ばかー!」
「……だって、おまえ悲しいくせに泣かないし。また諦めてるとか言うんだろ」
「っ!人の心を読まないでよ!……ぐすっ……泣ける場所なんてどこにもなかったんだよ……」
「兄ちゃんの胸で泣け……ほら……」
セージが両手を広げると、フロルがきゅっと胸にすがりついた。そして、せきをきったようにわんわんと泣き始めた。
震える背中をそっと撫でてやれば、背骨が浮き出ているのがわかった。細くなったようには感じていたが、実際に触ってみると、フロルの体は骨の感触が伝わってくるくらいに痩せていた。言葉にしなくても、フロルがずっと苦しんでいたのがよくわかった。
一度流れだした涙は簡単には止まらない。セージは、フロルが涙といっしょに流れて消えてしまうのではないかと、しっかりと抱きしめた。
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