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17 精霊の伝承
しおりを挟むフロルは、屋敷にある薬草を調合する部屋で、領民に使う傷薬や解熱薬を作っていた。隣でダレンは、薬研でごりごりと薬草を粉末にしている。
今日は王都から客人が来ると聞いていたが、フロルの姿は見せないほうがよいとセージに言われ、部屋にこもることにしたのだ。
――コンコン
部屋の扉が軽くノックされると、セージと共に王都からの客人であろう――ナディクが部屋に足を踏み入れた。
紺色のローブを羽織り、眼鏡をかけた知的な男性だった。
彼は、フロルを目にするなり、物静かな顔に喜色を浮かべて、手を差し出した。
「フロル殿、お会いしたかった。あの薬を作った天才調合師。風守の名を持つ精霊の化身、伝説の存在……」
フロルは左手を出そうとしたが、ナディクから差し出されたのは右手。握手は、右手と左手では出来ないのだ。自分の事情はすでに知られているのだろうと、観念して右手を差し出した。
ナディクは、興味深そうにフロルの右手に触れ、ぎゅむぎゅむと軽く握り、大きく息を吐くと、興奮したように叫んだ。
「素晴らしいっ!このような状態になった手は初めてだっ!ああ、ここに来てよかった!あのですね、私はナディクと申します。王都で魔術師をしていまして、あの、あの、私、古くからの伝承や古文書を集めておりまして!今までにもいろんな精霊由来の土地に足を運んでは来たのですがっ!精霊の化身を名乗る人物のほとんどは偽物で、ずっと苦渋を飲んできたのですよ。こんなところに、本物が隠れているとは!ああ、ああ、申し訳ありません!もう興奮が止められないっ!」
セージは、ナディクの突然の豹変に驚き、フロルから引きはがした。ダレンも、二人の間に体を挟み、フロルをかばうように前に立った。
フロルは――肝心のフロルは、大笑いしていた。
(おお、見事なオタクだ!今世では初めて遭遇したけど、前世にはいっぱいたんだよね。こういうタイプ)
「あはははははっ!ナディクさん、初めまして!ぼくがフロルです。猛烈に感動していただいているようで、面白……いや、とても光栄です」
セージもダレンも、腹を抱えて笑うフロルに驚いた。ナディクはというと、頬を上気させ、息を弾ませている。
どうやら、二人は初対面にして通じるものがあったようだ。
「あはっ、笑っちゃって失礼しました。ナディクさんの雰囲気なんだか懐かしくって。今日はどのような要件でいらしたのですか?薬に興味があるのでしたら、ここで。ぼくに興味がおありでしたら、居間でお茶でもしながらいかがですか?」
「はっ、はい!すみません!フロル殿は心がお広い。……嫌われなくてよかったです!」
四人は居間に向かった。
ダレンは、すんなりとフロルに受け入れられた謎の男ナディクに、激しく嫉妬した。
居間までほんの少しの距離なのに、腰を抱こうとべたべたくっつくダレンのせいで、フロルはとても歩きづらかった。セージはそれを見て「駄犬……」と思った。
居間では、セージが話をした。ナディクの知る伝承に、フロルを助けるきっかけになりそうなものがあったこと。それで、二人を合わせようと部屋に向かったこと。
ナディクは静かにお茶を一口飲むと、自分から話してもよいですか?とセージに許可をとり、口を開いた。
「あ、あ、あ、あ、あのですねっ!緊張してすみませんっ!私が訪れた土地で聞いた、古い伝承の話をしますっ!昔、人間と精霊が恋をして、その結果、子供が生まれたそうです。それから、その子孫から、豊穣をもたらす精霊の化身が、時折生まれるようになったと聞きます。しかし化身は、人と精霊のはざまの姿を維持できず、どの子も二十歳を過ぎると消えてしまう。嘆いた家族に救いの手を伸ばしたのは、精霊王だと聞きます。そして、精霊王は精霊の化身が、この地に留まるための言葉を送ったそうです。
それが、先ほども、ご家族にお話しました言葉になります」
ナディクはペンと紙を取り出すと、すらすらと文字を書いた。
――精霊の子、世にとどまらんと欲する時、心を通わせし者の精を受くべし
其の身、花開きて実を結び、種をこぼす
種は大地に根づき、樹と成りて繁り、豊穣の役目を継がん。
精霊の子、命尽きるその時まで、共に在りて、共に果てるべし――
「この意味はですねっ!精霊の化身が生きたいと望んで、想い合う相手っ、ここで言う、フロル殿とダレン殿がセックスを!ええ、セックスをするんですよっ!ダレン殿の精をフロル殿が体内に受けることで、なんらかの花が咲くんです。私は、見たことはないのですがっ!その花が落とす種を蒔くと、精霊樹が生えます。えっと、この木は見てきました。見上げるほどの素晴らしい大樹でした!で!この話のとおりであれば、二人がセ、セ、セックスして、精霊樹に役目を引き継げば、フロル殿はダレン殿の命が尽きるまで、この世界で生きることが出来るんですっ!」
セックスを連呼するあたりで、セージがナディクの頭をぽかりとはたいたが、彼の話は止まらなかった。フロルは気恥ずかしさにもじもじしたし、ダレンは頭の中が妄想でいっぱいになった。
しかめっ面のセージが話を戻す。
「……こほん。という訳で、フロルのところに話をしに行ったのだが……、ナディクさん、わかりやすく噛み砕きすぎだ。この話は、フロルの手が戻ってきたのとも繋がるように思える」
「私は!花が見たいのですっ!ああっ!こんな機会、きっともう二度とないっ!役目を引き継いでしまえば、化身はもう生まれないっ!つまり、この花は引き継ぎのとき、一度咲くだけなんですっ!貴殿方一族の長い歴史の中で、たった一度の奇跡となるんですっ!まさに歴史的瞬間っ!お願いします!セックスしてくださいっ!」
ナディクは、駄々をこねるこどものように、主張を続け、ついには、業を煮やしたセージに口を塞がれた。
フロルは思った。
もしナディクさんの言う通りであれば、風守の役目は精霊樹が引き継ぐことになり、この家に悲しいこどもはもう生まれない。
ダレンと愛し合う行為に、いろんな思惑が挟まるのは、正直微妙な気分だけど……ぼくのタイムリミットも近そうだし、そんな乙女なこと言ってられないな。
ダレンは思った。
正直セックスはしたいし、フロルと死ぬまでずっと一緒にいられるなんて、都合のいいことばかりなんだけど、そんなに幸せでいいんだろうか。
そんなことがなくても、自分はフロルの最期まで一緒にいる気持ちは変わらない。
でも、でも、やっぱり……したいです。
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