ぼくが風になるまえに――

まめ

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20 愛の結晶かよ

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 フロルはダレンから鏡を受け取った。
 鏡をのぞきこむと、頭の上に、カボチャみたいな大きさの丸いつぼみが揺れている。その光景は、神秘的というより、ユーモラスで面白かった。

「お!妖怪花人間だ!……ん、髪も目も真っ黒になってる!」

「……ようかいって?」

「いや、こっちの話だよ」
 
 フロルがつぼみに触れると、ぽよんと風船のように弾力があった。

「このつぼみは、俺とフロルの愛の結晶だね!」

 なんか陽キャが恥ずかしいこと言ってる……フロルは、あえてそれには返事をせず、自分の観察を続けた。
 右手は、完全に元通りになっていた。黒々とした髪も、前のように透ける部分などなく、その色も相まって、実に存在感があった。
 フロルは、前世そのままの色を取り戻したことで、生まれ変わった気分になった。
 
 二人は、初めてのセックスをしたばかりなのに、余韻を感じる暇もなく、鏡を見たり、精霊樹のつぼみを観察したり、忘れないうちにつぼみが出来るまでの記録を付けたりと、たいそう忙しかった。ムードもへったくれもなかった。
 ダレンは、黒髪黒目になったフロルをまじまじと見た。さっきまで色素の薄い儚げな美少年だったのに、意思の強そうな瞳のいたずらっ子に変わってしまったのだ。色が変わるだけで、こんなに印象が変わるなんて。くるくるとよく動く瞳は、好奇心いっぱいの子猫みたいで、今までとは別の愛らしさがあった。

 ひととおり雑事が終わると、二人は向かいあった。

「ねえ、ダレン。ぼく、こんなに見た目変わっちゃったけど、大丈夫?」

「大丈夫? なんのことを言ってるの?」

「自分で言うのも変だけど、ちょっと前のぼくには、薄い色なりの上品さや儚さがあったと思うんだよ。みんなどこかに飛んでいってしまって、今のぼくはただの黒髪黒目の少年だ……こんなぼくでも、好き?」

 フロルが申し訳なさそうにうつむく。

「当たり前じゃないか。今のフロルは生き生きして、とてもかわいい。もちろん、前のフロルもかわいいが」

 ダレンは、フロルの頬を包むようにして、そっとキスをした。唇の隙間から舌を差し込んでみるが、フロルの反応はいまいちだった。

「ん?」

「もう、ちゅーちゅーしないぞ。ダレンが普通味になった」

「ふっ、やっとエロいキスが出来るな」

「つぼみが咲くまでは、おあずけだけどねっ!」

 二人はベッドにあがり、裸で抱き合って眠った。
 もうすぐ夜が明ける。

◇◇◇

 朝食の席に現れたフロルを、家族とナディクは、驚きと感動でむかえた。
 家族は、黒髪黒目のフロルに、セルフィーユ一族の色と同じになったと喜び、元通りになった右手で握手会が始まった。フロルを心配していた使用人たちもちゃっかりと列に並び、その中には料理長の姿もあった。

「……料理長、昨日はバケツプリンごめんね……いつもありがとう」

「いえいえ、プリンならいつでも作りますよ。今日は、新生坊っちゃんの誕生日ですね。おめでとうございます」

「そうだね!新しいぼくの誕生日だ!」
 
 ナディクは、みんなと和気あいあいと歓談するフロルに話しかけようとしたが、ダレンが昨日の夜に作った記録をすっと渡すと、嬉々として読みいった。つぼみが出来るまでの"歴史的瞬間"を目にしたのはダレンだけなので、今日はナディク担当だ。
 ダレンの話を聞きながら、真剣に記録していくナディクは、研究者の顔をしていた。彼がここに来なければ、フロルが助かることはなかっただろう。ダレンは、深く感謝した。

「――それでですね。ダレン殿がイってからどれくらいで、つぼみが上がったのでしょう? また、イったのは一回ですか?二回?三回?さすがに四回はないですよねえ?」

 ダレンは前言撤回して、ナディクに拳骨をお見舞いしたくなった。
 
◇◇◇

「ところでさ、なんでぼくの髪、こんなにながいの? ボリス兄も、ちい兄も、短いのに」

 朝食後のお茶の時間、フロルは今まで不思議に思っていたことを口にした。

「たぶん、ぼくが風守だったことと関係あると思ってたんだけど、みんな風守の話すると暗くなっちゃうから、今まで聞けなかったんだ」

 たしかにフロルの髪は長かった。結んでいても腰のあたりまであり、洗髪がとても面倒だった。
 父が静かに語り始めた。
 
「そうだな、フロルが風守だったからだよ。風守は、精霊としてこの地に消え行く存在で、おまえは、私達の息子だけれど、精霊のものでもあったんだ。髪を切ることは、精霊のものを奪うことになってしまう。だから、昔から風守の髪は、極力切らずに伸ばすことになっていたんだよ」

「じゃ、もう切ってもいいの? そうだなあ、この頭の上の花が咲いて、種が出来てからでいいや」

「はいっ!はいっ!」

 ダレンが勢いよく挙手した。

「ん? ダレン、どうかした?」

「俺は、フロルの長い髪が好きっ!」

 その言葉に、セージが笑う。

「そうだなあ、フロルは小さいから、髪を短くしたら、そのへんのガキと同じに見えるぞ」

「ぼくに大人の色気とかさー、……あるよね!ダレン!」

 フロルはダレンに助け船を求めた。
  
「ありません。子猫の愛らしさならあるけど」

「ぐっ!ひどい!じゃ、切るとしても肩までの長さにするよ」

 セージがニヤニヤして言った。

「ほうほう、やけに素直になったな」

「うん、ぼく、ダレンのこと愛してるからね。……ふたりの愛の……結晶も、出来たし」

「ぐはっ!」

 ダレンが胸をおさえて崩れ落ちた。
 (致死量の愛らしさ……うっ、かわい死ぬ……) 

 
 
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