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ウエディングドレス
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「こ…これ…」
ヒメリは渡された服を見て驚いてしまった。それはドレスのような形を模したタキシードだった。店主である初老の女性が目を細める。この店は彼女が一人で回している。今日はこの間採寸してもらった服を仕立て屋に取りに来た。
取りに来るだけだからとヒメリは一人だった。
「ヒメちゃん、クロードさんと式を挙げたら?」
「え…」
店主に言われてヒメリは困ってしまった。彼女はクロードと結婚したらと言っている。
同性同士の結婚は徐々に認知されてきているのは確かだ。
「俺が…結婚…」
「いいのよ、慌てなくて。ババアのお節介なんだから」
「そんなこと…」
ヒメリは改めてタキシードを見つめた。クロードと結婚…それが現実になったらそんなに嬉しいことはない。だが、彼とは最近恋人になったばかりだ。焦る必要はないとも思う。
「じゃ、こっちが頼まれた服ね」
「あ、ありがとうございます」
ヒメリは代金を支払った。
「また来て頂戴ね」
「あ、ありがとうございました」
包んでもらった服をバンに載せ、ヒメリは長屋に戻った。
「ただいま」
「お帰り、ヒメリ」
パン屋は相変わらず盛況である。新しくチョコレートドーナツをメニューに追加した所、とても好評だった。
そしてこんな意見が客から何件か来ている。
【買ったパンをその場で食べたい】と。
カフェスペースを作ろうかと、ヒメリはそれを受けて考えている。
店のスペースを考えれば出来ないこともない。皆が楽しめる憩いの場を提供できたらもっと嬉しくなるだろう。
「ただいま。クロードさん、お店を見てくださってありがとうございます」
「いや、服は出来たのか?」
「はい、あ…」
ヒメリはクロードにウエディングドレス風のタキシードを見せた。
「ヒメリ、結婚しようか?」
「へ?」
まだヒメリが何も言っていないのにも関わらずクロードが言う。ヒメリは彼の言葉に驚いて彼を真っ直ぐ見上げた。
「いや、ヒメリとならいいかなって」
クロードが優しく笑う。
「お、俺だってクロードさんとなら」
クロードに抱き締められる。
彼の逞しい背中に腕を回すとより、ぎゅっと抱きしめられた。
「とりあえず婚約だな。色々準備が要るだろ?」
「準備って?」
「そのー、ヒメリの両親に挨拶?とか?」
クロードは本気でヒメリと結婚してくれるつもりらしい。それが嬉しかった。
「俺、嬉しいです」
「俺もだよ」
二人は笑って唇を重ねた。
✢✢✢
片づけと明日の仕込みを済ませ、ヒメリはいつものように帳簿を付けている。
もちろん、人が増えたので、それだけ生活に金がかかるようになってきてはいるが、前より提供出来る商品も増えたので、売上は随分伸びた。
この前のフェスティバルの効果も大きく、ヒメリのパンが食べたいと言って、ここまで来る客も多い。
それと、クロード、スバル、オリオの存在はかなり大きい。スバルとオリオは店内業務をきちんとしてくれ、クロードは市場に並ばない、傷んでいる果物を安く仕入れて色とりどりのジャムを作ってくれる。そのジャムがまた好評で、よく売れる。
時々しか作れないので、毎日様子を見に来る客もいる。
また単純にクロードを見に来る女性客ももちろんいる。密かにだが、ファンクラブのようなものが出来ているらしい。
ヒメリがクラブの会長だと急に若い女性たちに囲まれ、手作りの会報を渡されて、ヒメリは驚いたのだ。会報にはクロードの身長体重に始まり、好きな食べ物や趣味まで書いてあった。つい食い入るように読んでしまったヒメリである。
一体どうやってこの情報を得たのか聞いてみたところ、本人に直接インタビューしたとのことだった。勇気があるな、と感心した。
こうして振り返ってみると色々な出来事があった。
「ヒメリ、数字は合ったか?」
クロードがマグカップを2つ持ってやってくる。彼は一つをヒメリに差し出した。中身はクロードがブレンドしたハーブティーだ。
リラックス効果をもたらすもので、ヒメリはこのお茶が大好きである。
「ありがとうございます。あと最後に確認だけして終わりです」
「お前、王子なんだってな?」
ヒメリはクロードの言葉に笑った。
「なんのことですか?」
「ヒメリ、お前城を追い出されたのか?」
「…」
ヒメリは何も返せなかった。
追い出されたわけではない。むしろ引き留められた。だが居られなかった。周りの声に耐えられなくなった。自分は国を棄て逃げ出したのだ。妹たちも後を追うように城を出ている。
今は王政が旧いと考える人も多い。
兄はヒメリがどこにいるか知ってもなにも言ってこない。自分に失望したのだろう。
「俺には双子の兄がいます。だから俺は要らなかった」
「ヒメリ」
いつの間にかクロードに抱き上げられていた。
彼の逞しい腕に腰掛けるようにさせられて、ヒメリはクロードの肩に頭をもたれかけさせた。
「最初から知ってたんですか?」
静かに聞くとクロードは笑う。
「最初は本当のお姫様だと思ったよ、正直な話」
「クロードさん、ふざけないでください」
むっとして彼を睨むと、クロードは笑いながら謝った。
「ヒメリ、お前の本当の名前はなんて言うんだ?」
「あれは棄てた名前ですから」
「そうか」
二人は深く口づけを交わした。ちゅ、じゅ、と濡れた音がする。
「ン…っつ」
最近キスの経験値が上がったのか、ヒメリは自分が苦しくならない方法を身につけている。
「んぅ…っ」
舌を絡ませられると快感で力が抜ける。いけないとヒメリはクロードの顔をむぎゅ、と押しやった。
「ダメです、クロードさん。まだ帳簿が終わってないから」
「俺に【待て】が出来るのはお前だけだよ、ヒメリ」
クロードに下に下ろしてもらい、ヒメリは帳簿を確認した。
数字も漏れはないようだ。
ホッとして、帳簿を閉じると野獣が待っていた。
ヒメリは渡された服を見て驚いてしまった。それはドレスのような形を模したタキシードだった。店主である初老の女性が目を細める。この店は彼女が一人で回している。今日はこの間採寸してもらった服を仕立て屋に取りに来た。
取りに来るだけだからとヒメリは一人だった。
「ヒメちゃん、クロードさんと式を挙げたら?」
「え…」
店主に言われてヒメリは困ってしまった。彼女はクロードと結婚したらと言っている。
同性同士の結婚は徐々に認知されてきているのは確かだ。
「俺が…結婚…」
「いいのよ、慌てなくて。ババアのお節介なんだから」
「そんなこと…」
ヒメリは改めてタキシードを見つめた。クロードと結婚…それが現実になったらそんなに嬉しいことはない。だが、彼とは最近恋人になったばかりだ。焦る必要はないとも思う。
「じゃ、こっちが頼まれた服ね」
「あ、ありがとうございます」
ヒメリは代金を支払った。
「また来て頂戴ね」
「あ、ありがとうございました」
包んでもらった服をバンに載せ、ヒメリは長屋に戻った。
「ただいま」
「お帰り、ヒメリ」
パン屋は相変わらず盛況である。新しくチョコレートドーナツをメニューに追加した所、とても好評だった。
そしてこんな意見が客から何件か来ている。
【買ったパンをその場で食べたい】と。
カフェスペースを作ろうかと、ヒメリはそれを受けて考えている。
店のスペースを考えれば出来ないこともない。皆が楽しめる憩いの場を提供できたらもっと嬉しくなるだろう。
「ただいま。クロードさん、お店を見てくださってありがとうございます」
「いや、服は出来たのか?」
「はい、あ…」
ヒメリはクロードにウエディングドレス風のタキシードを見せた。
「ヒメリ、結婚しようか?」
「へ?」
まだヒメリが何も言っていないのにも関わらずクロードが言う。ヒメリは彼の言葉に驚いて彼を真っ直ぐ見上げた。
「いや、ヒメリとならいいかなって」
クロードが優しく笑う。
「お、俺だってクロードさんとなら」
クロードに抱き締められる。
彼の逞しい背中に腕を回すとより、ぎゅっと抱きしめられた。
「とりあえず婚約だな。色々準備が要るだろ?」
「準備って?」
「そのー、ヒメリの両親に挨拶?とか?」
クロードは本気でヒメリと結婚してくれるつもりらしい。それが嬉しかった。
「俺、嬉しいです」
「俺もだよ」
二人は笑って唇を重ねた。
✢✢✢
片づけと明日の仕込みを済ませ、ヒメリはいつものように帳簿を付けている。
もちろん、人が増えたので、それだけ生活に金がかかるようになってきてはいるが、前より提供出来る商品も増えたので、売上は随分伸びた。
この前のフェスティバルの効果も大きく、ヒメリのパンが食べたいと言って、ここまで来る客も多い。
それと、クロード、スバル、オリオの存在はかなり大きい。スバルとオリオは店内業務をきちんとしてくれ、クロードは市場に並ばない、傷んでいる果物を安く仕入れて色とりどりのジャムを作ってくれる。そのジャムがまた好評で、よく売れる。
時々しか作れないので、毎日様子を見に来る客もいる。
また単純にクロードを見に来る女性客ももちろんいる。密かにだが、ファンクラブのようなものが出来ているらしい。
ヒメリがクラブの会長だと急に若い女性たちに囲まれ、手作りの会報を渡されて、ヒメリは驚いたのだ。会報にはクロードの身長体重に始まり、好きな食べ物や趣味まで書いてあった。つい食い入るように読んでしまったヒメリである。
一体どうやってこの情報を得たのか聞いてみたところ、本人に直接インタビューしたとのことだった。勇気があるな、と感心した。
こうして振り返ってみると色々な出来事があった。
「ヒメリ、数字は合ったか?」
クロードがマグカップを2つ持ってやってくる。彼は一つをヒメリに差し出した。中身はクロードがブレンドしたハーブティーだ。
リラックス効果をもたらすもので、ヒメリはこのお茶が大好きである。
「ありがとうございます。あと最後に確認だけして終わりです」
「お前、王子なんだってな?」
ヒメリはクロードの言葉に笑った。
「なんのことですか?」
「ヒメリ、お前城を追い出されたのか?」
「…」
ヒメリは何も返せなかった。
追い出されたわけではない。むしろ引き留められた。だが居られなかった。周りの声に耐えられなくなった。自分は国を棄て逃げ出したのだ。妹たちも後を追うように城を出ている。
今は王政が旧いと考える人も多い。
兄はヒメリがどこにいるか知ってもなにも言ってこない。自分に失望したのだろう。
「俺には双子の兄がいます。だから俺は要らなかった」
「ヒメリ」
いつの間にかクロードに抱き上げられていた。
彼の逞しい腕に腰掛けるようにさせられて、ヒメリはクロードの肩に頭をもたれかけさせた。
「最初から知ってたんですか?」
静かに聞くとクロードは笑う。
「最初は本当のお姫様だと思ったよ、正直な話」
「クロードさん、ふざけないでください」
むっとして彼を睨むと、クロードは笑いながら謝った。
「ヒメリ、お前の本当の名前はなんて言うんだ?」
「あれは棄てた名前ですから」
「そうか」
二人は深く口づけを交わした。ちゅ、じゅ、と濡れた音がする。
「ン…っつ」
最近キスの経験値が上がったのか、ヒメリは自分が苦しくならない方法を身につけている。
「んぅ…っ」
舌を絡ませられると快感で力が抜ける。いけないとヒメリはクロードの顔をむぎゅ、と押しやった。
「ダメです、クロードさん。まだ帳簿が終わってないから」
「俺に【待て】が出来るのはお前だけだよ、ヒメリ」
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