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第一章
52 -ルークside- ㉒
しおりを挟む再び目を開いたとき、頬が涙で濡れていた。どれくらい眠っていたのか分からず、窓の外に視線と移すと、遠くの空が白んでいるのが見えた。
思うように動かない身体を何とか起こすと、サイドテーブルに何かが置かれているのが視界に入った。そこには、小瓶が一本と俺が作った記録魔法具。そして小瓶のそばには『目が覚めたら飲め』と書かれたメモがあった。
小瓶を取って確認してみたら、それは上級ポーションだった。メモを書いた人は俺が目覚めたあと、運動機能が低下していることを見越して、準備してくれていたのだろう。
小瓶の蓋を外し、ポーションを飲み干すと、身体が軽くなった感覚が全身に広がった。手指を曲げ伸ばしたり腕を回して少しずつ身体を解しながら、問題なく動けるか確認した。
そして、上級ポーションと一緒に置いてあった記録魔法具を手に取った。教会の執務室で見た時と変わらず、嵌め込まれた魔石は紫色と青色の淡い光を放っていた。
ユイの魔力の色……。
紫の魔石の魔力を解放すると、ピアノの音が部屋の中に流れた。記録されたのは、どれもユイが夜の礼拝堂で奏でていた曲だった。
「……ユイ…。ごめん……ごめん…っ」
ユイは、ずっと俺のことを見てくれていた……。いつだって、名前を呼んでくれていた…。なのに俺は、魔法にかかっていたとはいえ、ユイに酷いことを言ってしまった。
あのとき、俺の言葉で深く傷ついた表情を見せたユイの顔が、瞼の裏に焼き付いて離れない。夜明け色の瞳から大粒の涙を零し、声を殺すように泣く姿も……。
ユイ……、会いたい。会って、謝って、抱きしめたい……。
頬を伝った涙が、魔法具の青い魔石に滲んだ。青色は俺の魔力の色だが、俺には何かを記録した覚えがない。
…そういえば、ユイにこれを渡すときには既に記録されていた。でも、ユイの記録が終わった後でいいかと、その記録内容を確認をしなかったんだ。
青い魔石に触れて魔力を解放した。すると、自分とユイの会話が流れ始めた。最初の一言二言を聞いて、ユイの誕生日の夜に部屋を訪れたときの会話だと分かった。
『……消えちゃったね』
『うん…。でもユイが今どんな顔をしているのか、よく分かるよ』
『へぇ?どんな顔?』
『……キスしたくて、たまらないって顔──』
その後の情事の様子も、最後まで鮮明に記録されていた。あの時のユイの肌の温もりも、甘い息遣いも、今では鮮明に思い出せる。身体は繋がっていなくても互いに求め合い、快楽と幸福感に満たされていた瞬間が俺の心に甦った。
『──待ってる』
最後にユイがそう言って、会話が途切れた。
ユイを少しでも感じたくて、魔法具を握りしめ、今はもう誰も使っていない部屋を訪れた。静まり返った部屋は、まるで最初から誰もいなかったかのように整然としている。
ついこの間まで、ここにいたのに……。
一緒に眠ったベッドに横たわって、俺は目を閉じた。うっすら埃の被ったベッドに、ユイがもうここにはいない現実を突きつけられた気がして、また涙が零れた。
『ルーク』
突然名前を呼ばれて、身体を起こした。だが、部屋のどこにもユイの姿はない。そこでようやく、持っていた魔法具から発せられている声だと気づいた。
記録が、まだ残ってる……?
『僕…、この世界で、ルークに出会えてよかった…』
『僕のことを、最初に見つけてくれて…ありがとう』
『愛してる』
その言葉を最後に、魔石に込められた魔力が尽きて光を失い、記録された音声が終わったことを示した。俺は魔法具を握りしめ、ユイの言葉を噛みしめるように胸に当てた。
「……たとえ遠く離れても、何度だって見つけるよ」
俺から離してしまった手を、ユイが再び取ってくれるかは分からない。それでも、このままでは終わらせない。
絶対に───
「──必ず、会いに行く。だから……待ってて、ユイ…」
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