【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

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 二人が経営する<ノクターナ>は、昼は食事やスイーツ、お茶を提供するダイニングカフェだが、夜になると、お酒とそれに合った肴を楽しめるバーへと変化する。初めて店内に入った時には気づかなかったが、この店には中庭があり、パラソルと一緒にテーブル席が2席設置されてある。ただし、中庭席はその日の天気や気温に応じて昼間のみ案内するらしい。
 カウンター以外のテーブルにはベル置かれており、カウンター奥にベルと同じ色の魔石が設置されている。客がベルを鳴らすと、対となる魔石が光る仕組みになっているそうだ。

「お客さんの中には、店員に声をかけずらいって人もいるからね。だから、こんな魔法具があればって思って、馴染みの工房に製作を依頼したんだ」
「すごくいいと思います」

 ディーンさんがホール内の説明をしているときに、そう教えてくれた。
 かくいう僕も、飲食店ではそういう部類の客に入る。だから、こういうシステムがあるお店は、本当にありがたいと思う。
 テラス席を確認しようと中庭に続くガラスドアに近づいたら、L字型カウンターのさらに奥に、ピアノが置かれているのが視界の端に映った。昨日は出入口に近い位置からしかホールを見ていなかったから、死角になって見えなかったんだ。

「お二人は、ピアノを弾かれるんですか?」

 ピアノから視線を外さず、僕はディーンさんに尋ねた。

「ああ、それ?実はこの店の開店祝に、元上司から頂いたんだ。俺もウィルも弾けないっていうのに…」

 ディーンさんが腕を組み、困った顔で言った。それでも折角の頂き物だからと、奏者を招いたこともあったらしい。でも、店の雰囲気にあった演奏をできる人がおらず、終いにはお客さんから苦情が出たそうだ。しかし、贈ってくれたその元上司がたまに店に来るものだから、処分することも別の場所に移動させることもできず、今ではすっかりオブジェと化しているのだとか。

 勿体ないなぁ…。でも、僕は給仕担当だから、演奏するヒマなんてないし。

 そう思いながら、ディーンさんの説明に耳を傾けた。


 店内のことや仕事内容を聞いているうちに、あっという間に開店時間となった。ドアの掛け看板を『営業中』に変えて間もなく、カランカランとドアベルが鳴り、最初のお客さんが入ってきた。
 王都に来るまでに少しだけ接客を経験をしたけど、やっぱりちょっと緊張する。ディーンさんは、「君は優しく微笑んで、声をかけていれば大丈夫」と言っていたけど、本当にそれで大丈夫なのか心配だ。とにかく、笑顔を心がけて対応すればいいということだろうか?

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 優しい口調を意識し、微笑みながら案内したら、二人組の女性客は固まっていた。

 あれ?ディーンさん、お客さん固まってますけど?

 そんな目線を、カウンターに入っているディーンさんにそっと向けたら、彼はなぜか満面の笑みで満足そうに頷いた。
 二人組の女性客はすっとカウンター席に座り、ディーンさんに何やら話しかけていた。どうやら常連さんのようだ。カウンター席のお客さんはディーンさんが対応することになっているから、あのお客さんたちは彼に任せよう。

「ちょっと、ディーンさん!なにあの美人さん!新しく入った人!?」
「そうだよ。ちょっと縁があってね。ここで働かないかって声掛けたんだ」
「ディーンさん身重なのに、前の人が辞めて大変だったもんね。でも、あんな美人さんが新しく入ったら、むしろ忙しくなるんじゃ……」

 ひそひそ話す女性客を遠くから眺めていると、次のお客さんが入ってきた。さっきと同じように対応すると、またしてもお客さんは固まっていた。次は何とかテーブル席に案内できたけど、どこか上の空で注文を聞いたときも、言葉を発するまで少し間があった。そんな風にお客さんが入ってくる度、みんな同じ反応をするものだから、4組目のお客さん以降はもう気にしなくなった。
 昼を過ぎると一気にお客さんが押し寄せ、店内はあっという間に満席になった。席が空いたと思ったら、次のお客さんが待っていたかのように入ってくる。そういう感じで、昼の営業時間が終わるまで、客足は途絶えることがなかった。



 ドアの掛け看板を『準備中』にして店内に戻ると、ふぅと思わず息をついてしまった。

「お疲れ様、ユイ君。初日からよく頑張ったね。仕事ぶりも上出来だったよ」
「ありがとうございます。ディーンさんこそ、お疲れ様です。身体は辛くないですか?」
「うん。たまに座りながら接客していたから大丈夫」

 カウンター越しにディーンさんと話していると、キッチンの方からウィルさんが顔を出した。

「二人ともお疲れ様!賄い作ったから、ダイニングにおいで」

 ウィルさんの呼びかけられて、二人でダイニングに向かうと、お皿いっぱいに盛った肉料理にサラダ、スープ、パンなどがテーブルに所狭しと並んでいた。たくさん動いてお腹も空いているから、いくらでも食べられそうな気がする。

「今日はまた随分と量が多いな」

 ディーンさんが並べられた料理を見ながら、呆れたように言った。確かに、昨日三人で食事をしたが、これほどの量は出されなかった。

「だって、今日はいつもより注文が多かったじゃない?だから、魔法をいっぱい使っちゃって、お腹すいたのよぉ」
「まあ、そうだろうな。ユイ君のおかげだ」
「えっ、僕ですか?」

 今日は初仕事だったから、ホールを行ったり来たりして、とにかく動き回っていた。だからテーブル席のお客さん以外は、気にかける余裕がなかった。

「カウンター席のお客さんたちから、ユイ君のことをいっぱい聞かれたよ。テーブル席の人も多分、君と話したくて注文数を増やしたんじゃないかな」

 そうだとすると、僕がいることで二人の負担が増えないかな?食事もそうだけど、お茶の追加注文も結構あったし…。

「負担になんてなってないわよ?むしろ、売り上げに貢献してくれてありがとうって感じ」

 ウィルさんは僕の思考を読んだように、肉料理を頬張りながら言った。その言葉に、ディーンさんも「うんうん」と深く頷いている。

「そうだな。俺は手を動かすばかりで、殆ど移動しないし。それに、これから物入りになるから、売り上げが多いに越したことはないよ」
「ほら、ユイも食べなさい!今日は夜も店開けるから、しっかり食べないと身が持たないわよ」
「はい、いただきます」

 何だか客寄せパンダみたいな存在になっているようだけど、僕の存在が少しでもお店の役に立っているなら、まぁいいか。早く慣れてもっとちゃんとお店の役に立てるように、今は目の前の仕事を頑張ろう。

 そう思いながら僕は、ウィルさんが作ってくれた賄いに舌鼓を打った。


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