【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

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 夜営業は、もともとお酒好きのウィルさんが趣味で始めたもので、料理と接客の両方を一人でこなしているらしい。ディーンさんが妊娠してからはしばらく営業を控えていたが、最近になって再開したそうだ。ただし、営業するペースは2日に1回で、カウンター席のみと限定している。

「メニューはお酒に合わせたものばかりで、その日のアタシの気分次第なの。お客も常連さんが殆どだし、昼ほどバタバタしないわ」

 食後のお茶を飲みながら、二人がそう話してくれた。僕もウィルさんと一緒に、カウンターで対応するらしい。お酒をメインに提供するようなお店に入るのは初めてだ。お酒で一度失敗しているから、もしお客さんに勧められたらと考えると、少し不安だ。

「客にお酒を勧められても、ハッキリ断るのよ?対応で困ったら、いつでも声を掛けて」
「ウィルが使いものにならないときは、俺を呼んで。こいつ、いくら飲んでも酔わないけど、それでもお客さんに誘われて飲むからさ」
「分かりました。ありがとうございます」

 二人にそう言ってもらえて、肩の力を抜くことができた。バーのカウンターに入るなんて、大人になった実感が湧いてワクワクする。できることは少ないけど、昼営業の時と同じように精一杯頑張ろう。


 昼間とは打って変わって、夜のお店は雰囲気をがらりと変えた。天井から吊るされた魔石の入ったガラスケースが、カウンター席を照らすように、やわらかく光を放っている。明るすぎず、暗すぎない灯りがカウンター全体を照らし、多種多様なラベルのお酒が並ぶその空間は、まるで隠れ家のようだ。

 来店するお客さんは、年齢層がばらばらで男女の割合も半々だった。着ている服も職人ぽい物から高そうな物まで幅広く、どんな職業に就いていて、どんな身分なのかとても気になった。その殆どが、ウィルさんの顔馴染みだというから驚きだ。もし料金が発生しなければ、ただの飲み会かと思うくらい、和気あいあいとしている。
 僕の仕事は、注文が入ったら開店前に準備されていた料理をお皿に盛り付け、エールを樽ジョッキに注ぐ、といった簡単な作業だった。そうやって、着かず離れずの位置に立っていたけど、ウィルさん以外の人間がカウンターに立つと、どうしても話題がこちらに来てしまう。

「おい、ウィリアム。こんな美人、一体どこから見つけてきたんだ?」
「アタシの奥さんと縁があってね。詳しくは内緒」
「ユイ君!もう一杯ちょうだい!」
「かしこまりました。でも、ほどほどにしてくださいね?」
「うぅ、ユイ君がやさしぃ…」

 お客さんたちはお酒の勢いで、仕事の愚痴や家庭の鬱憤などを口々に話していた。僕は話を聞いて相槌したり、当たり障りのないアドバイスしかできなかったけど、それでもお客さんたちは、言葉を掛けると嬉しそうにしてくれた。

「ユイ君に言われると、なんか元気出る」
「うんうん、分かる。明日も頑張ろうって思えるわ」

 閉店時間が近づくにつれ、お客さんたちは次々と帰路に就いた。来た時よりどこか晴れやかな表情だったのは、日々のストレスを吐き出し、明日の活力を蓄えられたからだろう。なんだかんだ愚痴をこぼしていたけど、お客さんたちはみんな根は気のいい人ばかりだった。

「気を付けてお帰りくださいね。またお待ちしております」

 最後のお客さんを見送ると、僕はカウンターテーブルの片付けを始めた。あと少しで閉店の時間だから、もうお客さんが来ることもないだろう。

「少し早いけど、もう閉めましょうか。ユイ、看板を変えて、戸締りしてくれる?」

 グラスや皿を片付け終わり、テーブルを拭いているとウィルさんが言った。ディーンさんの言っていたとおり、そこそこお酒を飲んでいたのに酔った様子がない。

 こういう人のことを、ザルっていうんだけ?

「分かりました」

 鍵を締めようとドアに向かおうとしたら、カランカランとドアベルが鳴り、20歳前半くらいの金髪碧眼の美しい女性が入ってきた。後ろには従者のような人を一人連れて、その身なりは明らかに平民のそれではない。コツコツとハイヒール特有の靴音を響かせ、女性はカウンター席に座った。

「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか?」

 ウィルさんは動じた様子もなく、上流階級の人に接するように恭しく声を掛けた。その姿は堂々としていて、身のこなしも優雅だ。それに、どこか板についているように見える。

「この店のおすすめを、お願いできるかしら?」

 女性がそう注文すると、ウィルさんはただ「かしこまりました」と応え、慣れた手つきでお酒を作り始めた。
 彼女の所作はとても美しく、店員に対する言葉遣いも丁寧だが、伏せられたその瞳はどこか悲しみを帯びていた。夜更けにお供がいるとはいえ、こんな店に来るなんて、何か辛いことがあったんだろう。

 想いを吐き出せれば、少しは気も楽になるかもしれないけど……。

 見るからに気位の高そうな彼女は、そう簡単に弱音を吐かないだろう。ストレートに聞くのも不躾だし、聞き出せるような話術も持ち合わせていない。どうしたものかとあぐねいていると、ウィルさんがお酒を作り終え、スッとグラスを差し出した。
 グラスには鮮やかな青が注がれ、縁にはくし切りにされたレモンが飾られる。そして、それに浮かんだ氷が魔石の照明でキラキラ輝いて、まるでグラスの中に星空があるようだ。

「<ムタティオ=カエロ>でございます。青いハーブティーに、蒸留酒を掛け合わせたものです」

 女性はグラスを光にあてるように持ち上げ、一口含んだ。

「美しい上に、とても美味ね」
「更にレモンの果汁を垂らすと、面白い変化がございますよ」

 女性は訝し気にレモンを絞り垂らした。すると、夜空のような青が紫、そしてピンクとグラスの底に向かって鮮やかなグラデーションを作り出した。

「……星空が、暁に変化したわ…」
「どんなに闇夜の中にいようとも、頭上で星は瞬き、必ず夜明けが訪れます」

 その一言に、女性が僅かに目を見開いた。

「不肖ながら私共は、あなた様の心が少しでも暁の方へ向かう、手助けができればと存じております」

 ウィルさんが笑顔でそう言うと、女性は何か思案するように宙に視線を向け、やがて自嘲するように微笑んだ。

「酔った相手をするのも大変ね」
「それもまた、この商いをする楽しみの1つでございますから」

 沈黙が続いた後、女性は浅く溜息をつき、ぽつりぽつりと語り始めた。


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