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第二章
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しおりを挟む「ユイ?あなた大丈夫?」
押し黙っていた僕の顔を、心配そうな表情をしたナイトレイ様が覗き込んできた。話を終えたモルゲン侯爵家の二人がいつの間にか退室し、休憩室には僕とナイトレイ様、そしてクイントス姉弟だけになっていた。
「顔色が悪いわ。すぐに今朝の準備部屋に案内させるから」
「だっ、大丈夫です!退室をお許しくださるのなら、一人で行けます。クイントス伯爵令嬢、クイントス伯爵令息。申し訳ございませんが、これで失礼いたします」
僕はできるだけルークの顔を見ないように、俯きながら廊下に出た。どこに向かうでもなく、ただルークから逃げたくてひたすら歩いた。でも、そんな僕の思惑は脆くも崩れ去った。
「ユイ!待って!」
名前を呼ぶルークの声に、また心臓が跳ねた。僕の腕を掴む力は1年前よりも強く、声も心なしか低く聞こえる。僕が村を出た後に成人して、それから更に1年経っている。今年で19歳になった彼が、大人の男性になったことを実感した。
「……いかがなさいましたか?クイントス伯爵子息」
泣きそうになるのをぐっと堪え、振り返らず平静を装って彼に問いかけた。貴族に対してこんな態度を取ったらまずいなんてこと、今は考える余裕がない。
「…っ!ねぇユイ、こっちを向いて?」
以前のような優しい口調で話しかけられると、ますます泣きたくなる。声が震えないように静かに息を吐き、ルークの顔が視界に入らないように俯いたまま、ゆっくり振り返った。
「…今日は、奥様はご一緒ではないのですか?私と一緒にいるところを見られたら、あらぬ誤解をされるかもしれ───」
言い終わる前に腕を引き寄せられ、息が止まりそうなほど強く抱きしめられた。ルークの身体の熱が伝わってきて、全身が熱くなって動悸が激しくなる。
「ユイ、あのときは、本当にごめん…。言い訳にしかならないけど、話を聞いてほしい」
あれから1年以上経っているのに、今更どんな話があるっていうんだ……。
怒りと悲しみが同時に湧き上がってきた。それなのに、ルークに抱きしめられて、胸の奥で喜びを感じる愚かな自分がいる。そのことに心底辟易した。
動悸は落ち着かず身体の熱がだんだん増して、なぜか息も上がってきた。そんな本格的な身体の異常を感じながら、僕は力をふり絞って抱き寄せられたルークの身体を押し返した。
「その必要はありません。どうか、奥様と末永くお幸せに。あなたの幸福を心より願っております」
意を決して顔を上げ、ルークの目を見て精一杯の笑顔を向けた。でもルークは眉を寄せ、苦しみに耐えるような表情をしていた。そこで僕は、自分がちゃんと笑えていないのだと悟った。
これ以上そばにいることに耐えられなくなって、何も言わないルークに再び背を向けると宛てもなく邸内を徘徊した。ルークが追ってくる気配はなく、ほっとしたら身体の力が一気に抜けて、その場に膝から崩れ落ちた。
「ユイ君、大丈夫!?」
「……ラトスさん?」
壁に手をついて立ち上がろうとしていたら、サロンにいるはずのラトスさんが近寄ってきて、腰に手を回して支えてくれた。そのとき突然、ゾクゾクとした悪寒が全身を巡って、思わず「んぁっ…」と変な声が漏れてしまった。慌てて口を塞いだおかげか、ラトスさんが気にする様子はなかった。
「…顔、赤いよ?」
「ちょっと…体調が、悪くて……」
「だったら、近くに使用人用の休憩室があるから、そこで休もう?」
そう言うとラトスさんは僕の肩を抱き寄せ、力の入りにくくなった身体を半ば引きずるように、使用人用の休憩室に向かった。
その部屋はローテーブルと一人掛けソファが2脚、大人の男性が寝そべるくらいの大きさのソファが1台置かれた、簡易的な休憩室だった。窓際にはお茶を淹れられるように、ミニキッチンが設置されていた。
ラトスさんは僕を先に中に入れると鍵を閉め、僕の正面に立つとジャケットとベスト、クラバットを手際よく脱がせ、一人掛けソファに丁寧に置いた。
身体が楽になるように、脱がせてくれたのかな…?
「ありがとうござい──」
お礼を言おうとしたら、急に強い力で抱き寄せられた。その拍子に足元がもつれてしまい、力が入らなかった僕は、倒れ込むようにラトスさんに身体を傾けた。訳が分からず混乱していると、ラトスさんは僕に頬を擦り寄せ、耳元で囁いてきた。
「やっと、二人きりになれたね……」
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