【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

79 -ルークside- ㉛

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「ルクス様」

 根が張ったように、俺がその場にしばらく立ち尽くしていると、ロイドが背後から声をかけてきた。いつも影のように姉さんに付き従うこの男がここにいるということは、それなりに重要な用件なのだろう。

「ルナシス様より、急ぎ伝えよと伝言を預かって参りました」
「…なんだ?」

 どうせ、さっきの態度に対する苦言だろう。ユイが去っていった方を見つめ、上の空で返事をした。

「『彼はもしかしたら、媚薬を飲んでいる可能性がある』と、ルナシス様はおっしゃっておりました」
「…なんだと?」
「彼から媚薬特有の匂いが微かにしたとのことです。服用して時間が経過しているものと思われ、そろそろ効果が出てくる頃合いかと」

 それを聞いて、俺は鳩尾の辺りがヒヤリとする感覚に襲われた。そして、感情を出さず淡々とそれを語るロイドが、無機質で冷たい人間に思えた。しかし、今はそんなことはどうでもいい。確かに、さっきユイを抱きしめたとき、微かだが独特な甘い匂いがした。あの香りは、媚薬のものだったのか?
 俺は急いでユイが去った方に向かって走り出した。こんな場で、ユイ自ら媚薬を飲むなんてあり得ない。きっとユイに下心を持った誰かが、関係を迫るために飲み物に仕込んだんだ。
 追いかけた先は通路が入り組んでいて、ユイの姿を見つけ出すことができなかった。俺は立ち止まり、藁にも縋る思いで追跡魔法を発動させた。

 さっきユイと向き合ったとき、彼の耳にイヤーカフがなかった。いつ外したかは分からないが、今朝発動させたときは、確かにユイの魔力を感じた。もしナイトレイ邸に来たときに外したなら、魔力の残滓を感じられるかもしれない。

 焦りを抑えながら目を閉じて集中すると、僅かにユイの魔力を感じ、そう遠くない場所にいることが分かった。集中を途切れさせないように、俺は周囲を見回しながら邸内を歩いた。


 〝ルーク〟


 ……ユイ?


 ある部屋の前にさしかかったとき、俺を呼ぶ声が聞こえたような気がした。俺は目の前の部屋が気になり、ドアに手を当てて風魔法で中の音や振動を探ってみた。

 …中に、誰かいる。

『た…すけ…て…っ!』

 その声が聞こえた瞬間、俺は圧縮した風をドアに向けて放った。風を受けたドアは木っ端微塵に吹き飛び、粉々になった木片と木屑が舞い上がっている。

「ユイ!」

 舞い上がった粉塵の中を進み、部屋の中を見渡すと、ソファに横たわるユイの上に男がし掛かっている光景が目に入った。手首を縛られ、唇には血が滲み、あられもない姿で涙を流している。
 その姿を見た瞬間、頭の中でブツリと何かが切れる音が聞こえた。意識はあるものの思考が完全に停止し、それとは裏腹に、身体は勝手にユイに圧し掛かる男の首を掴んで後ろに投げ飛ばしていた。まるで、俺の意識と身体が切り離されたような、奇妙な感覚だった。
 男は俺に対して何かを喚いているようだが、何も聞こえなず、俺の身体は床に倒れ込む男を何度も踏みつけた。

「おやめください、ルクス様。それ以上は、この者が死んでしまいます」

 俺の後をついてきたであろうロイドに肩を強く掴まれ、ようやく意識と身体が繋がった。気が付けば、ユイに圧し掛かっていた男は、俺の足元で血まみれになっていた。

「……ユイ…っ!」

 ハッとしてユイのそばに駆け寄って様子を窺うと、ユイは意識を失ってぐったりしていた。俺は自分の上着をそっとかけながら、再び湧き上がってきたあの男への憎悪を歯を食いしばって抑えた。そして、ユイの縛られた手首を解いて抱き上げると、転移魔法陣を展開させた。

「ロイド、俺はこのまま邸に戻る。姉さんに報告と、後始末を頼む」

 男の処置をしているロイドに向かって、振り返らず指示を飛ばした。そして、彼の返事を聞くより前に転移魔法を発動させ、クイントス邸の自室に転移した。



 自室にふわりと降り立つと、すぐに備え付けの浴室に向かった。中に入ってユイが身に着けている物を全て取り払い、浴槽に湯を半分ほど張ってユイをゆっくりと湯船に浸からせた。温かいお湯に浸かっても、ユイは目覚める気配がない。
 俺は身体を支えながら、ユイの全身を丹念かつ丁寧に洗った。うっ血痕や歯形が至るところにあり、あの男の唾液とユイの体液が重なった部分を見ると、はらわたが煮えくり返って奥歯を嚙みしめた。ユイの顔に残る涙の跡と唇の痛々しい傷は、その身に受けた屈辱と嫌悪感を必死で耐えた証だろう。

 ユイを洗い終えると、優しく身体を拭いてナイトガウンを着せた。そして、起こさないようにそっとベッドに寝かせると、錬成室にあるポーションを取りに行った。

 …少なくとも、身体についた傷は治る。できれば、ユイが目覚めるまでに消しておきたい。

 ポーションを手にして部屋に戻っても、ユイはまだ目覚めていなかった。俺はベッドの傍らに腰を下ろし、ユイの上体を起こした。そしてポーションを口に含むと、傷に触れないようにそっとユイの唇に指を這わせ、唇を重ねてポーションをゆっくり押し流した。するとユイは微かに意識を取り戻したのか、抵抗することなくそれを飲み込んだ。何度か同じやり方でポーションを飲ませると、唇や身体の傷はみるみるうちに消えていった。

「んっ…はぁ…」

 最後の一口を飲み込むと、ユイの甘い吐息が漏れた。
 久しぶりのユイの唇に夢中になって、全て飲み終えても離れることができない。あんな目に遭ったユイを慮らず求めてしまうなんて、我ながら倫理観に欠けている。3年前の収穫祭で、酔ったユイの戯言たわごとに乗じて深く口づけを交わした時のことを思い出した。あのときは、戯言とはいえユイから求めてきてくれたが、今回は状況が全く違う。

 これじゃあ、あの男と変わらない。いや、意識のないときに好き勝手するなんて、奴より質が悪い。

 名残惜しかったが、俺はユイの柔らかい唇を離し、上体をベッドにゆっくり横たわらせた。ユイはポーションを飲み終えたあと、再び意識を手放したようだった。頬が紅潮して少し息が乱れているところを見ると、もしかしたら媚薬の効果がまだ持続しているのかもしれない。

「待ってて、ユイ」

 俺はユイの額にキスを落として頬を一撫ですると、媚薬の中和剤を作るために再び錬成室に向かった。


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